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炎と水と〜黒竜池に眠る秘密〜僕達の推理道程【改訂完了版】  作者: シロクマシロウ子
転落編・空中

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パンドラの底1

ー登場人物紹介ー


桜田風晴さくらだかぜはる・・・田舎の農業高校2年。

桜田風子さくらだふうこ・・・風晴の母親。民宿を営む。

桜田晴臣さくらだはるおみ・・・風晴の父親。市議会議員。6年前から行方不明。


大道正火斗だいどうまさひと・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。

大道水樹だいどうみずき・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。

安西秀一あんざいしゅういち・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。

桂木慎かつらぎしん・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。

神宮寺清雅じんぐうじきよまさ・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。

椎名美鈴しいなみすず・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。


井原雪枝いはらゆきえ・・・風子に屋敷を貸すオーナー。

大河弓子おおかわゆみこ・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。


真淵耕平まぶちこうへい・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。

真淵実咲まぶちみさき・・・耕平の妻。

真淵聖まぶちひじり・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。

真淵和弥まぶちかずや・・・耕平と実咲の次男。


今井薫子いまいかおるこ・・・桜田晴臣の秘書。6年程前に自殺。

羽柴真吾はしばしんご・・・関光組組員。6年前から消息不明。

松下達男まつしたたつお・・・関光組組員。羽柴の舎弟。

緑川みどりかわまどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。

 



 桜田風子は話を続けた。


 彼女は、息子が"緑川まどか"に聞き覚えがあるとは思ってもいない。風晴はその名前が出てまさに崩れ落ちそうになっていたが、なんとかこらえた。

 母の話しはこれで終わりではない。

 まだパンドラの底があるのだ。


「2008年6月15日に、私は輪命回病院で風晴を産みました」


「6月15日……? 輪命回病院?」


 向かいに座って聞いていた真淵が初めて聞き返した。


「そうです。聖くんは6月16日ですよね?

 私と実咲さんは出産の時 病院が一緒だったんです。そこで知り合いました」


 そこで風子は聖を見つめた。


「あなたが産まれた時 実咲さんとても喜んでいた。13時間もかかったって笑って言っていたのよ。

 私達は病院内の母親学級が一緒で仲良くなった。風晴を実咲さんは抱いてくれたし、私はあなたを抱っこさせてもらったの」


 聖は何の反応もしなかったが風子を見ていた。

 聖と自分が産まれたばかりの頃出会っていたことに、風晴は不思議な感じがした。


「親しくなって産後の気持ちのゆるさもあってか、私は実咲さんに風晴が "卵子提供"で産まれた子供だと話してしまった。実咲さんは驚いてはいたけれども、"今の時代はそんなのもあるんですね。丈夫でなんでもできるような子に育つかも" なんて言ってくれていました」


 風子は懐かしむかのような遠い目をした。


「私達は電話番号とアドレスを交換して別れました。退院した直後は よくメールもしていました。でも だんだんとお互いに忙しくなって回数が減って、途絶えていった……」


 そこまで話した時──広間に新たな人物が到着した。

 入り口から井原雪枝(いはらゆきえ)が入ってきた。井原の姿を見つけて、風子は椅子から立ち上がった。


「井原さん、こちらです」


 小柄で線の細い井原だが、しっかりとした足取りで風子達のいるテーブルまで行き、まず真淵に聞いた。


「真淵巡査部長、奥様のご容体は?」


「危険な状態は脱しました。2、3日中に意識も戻る見込みだと、今朝一般病棟に移れました」


 井原は何度もうなずいて、うなずきながら風子の隣りに座った。そして話しだそうとしたが──


「待って下さい。井原さんに飲み物を頼みますから。それに皆さんも 意識して水分補給した方がいいです。多分ほとんど 誰も口をつけていない」


 正火斗が立ち上がっていた。彼の指示で椎名は台所の大河さんの元へ行ってくれた。

 風晴が彼を見ると 目が合って、正火斗は(あご)を少しあげて風晴の前方を示していた。前に置かれた自分のグラスの"麦茶を飲め"ということのようだ。

 言われてみれば全く口をつけていなかった。喉は乾いていたが…………それに気づけていなかった。ショックで。


 風晴は一口、麦茶を飲んだ。香ばしさが今はひどく苦く感じた。

 見ると向かいの聖も飲んでいないようだったので


「聖、飲んだ方がいい。少しでも」


 と勧めた。

 聖は返事もこちらを見ることもなかったが 従ってくれた。麦茶のグラスを持って少しずつ飲んでいる。


 やがて椎名が台所から井原さんにも麦茶を持ってきた。

 井原さんは椎名に


「ありがとうね」


 と声をかけた。

 椅子に座って井原雪枝は麦茶のグラスに口をつけた。

 そうして一息つくと、彼女もまた話し始めた。誰もが予想だにしなかった話を──







「あれは2012年だったと思うわ。私は輪命回病院で不妊治療を受けていました」


 この言葉に真淵や風晴、ミステリー同好会メンバーは井原に視線を集めた。

 聖だけは うつむいていた。


「私の場合はとにかく体質が妊娠しづらいみたいで、"原因不明不妊"と呼ばれるものだった。タイミング療法が駄目で人口受精の治療になった時、医者に"ハイブリッド卵子"の話を聞きました」


 風晴はミステリー同好会メンバーが顔を合わせるのを遠目で見た。先程の風晴の母親の話と、田所高文(たどころたかふみ)の元妻の山岸結(やまぎしゆい)の話の両方に"ハイブリッド卵子"はすでに出てきている。


「健康で若い方の卵子を培養して、受精や成長がしやすいハイパワーな卵子だ……と。当時はこれ以上結果のでない不妊治療よりも、もう そういう確実なものがあるのなら──そちらにお金をかけた方がいいと思えたの。

 私達に提示された金額は1500万円だった」


 これまでの最高金額だった。

 カメラマンの妻、銀行員の主婦、そして地主夫妻と──

 提示金額が上がっている。明らかに詐欺のような行為だ。


「私達はそれを受け入れて契約書を書き、ハイブリッド卵子による人工受精の治療に変えました。そして私は2013年に息子を出産しました。でも……」


 井原雪枝の声は沈んだ。


「生まれた息子には生まれながらの心疾患があったんです。心臓に問題がありました」


 真淵はあからさま顔を歪めた。おそらく、その表情は真淵1人ではなかっただろう。


「病院側にすぐ"話が違う"と夫が訴えると、契約上こちらが負う責任はないと言われました。ただ 子供のための保険を勧められました。この先のためだと医療保険や生命保険を。

 私達は腑に落ちなかったけれど、病院側ははやくから入っていれば安く済むし、子供が一生助かることだから──と。そう言われていくつか夫はサインしてしまったんです」


 彼女の小さな肩がわずかに震えた。


「2015年に旅行に行った時、私が土産物屋に寄っている間に夫と子供は遊覧船に乗って──そして事故に遭いました。他の数名の乗客と一緒に、夫と……まだ2歳だった子供を失いました。その後は私はもう…………生きている意味も失っていました」


 誰も何も言えない。隣りの風子が、力づけるかのように自分の左手で 井原の右手を握りしめた。


「葬儀や何やらが終わってしまうと、あとは私は引きこもりのような生活をしていました。

 ある日、夫の雇っていた弁護士が来て 夫と息子の生命保険の話をしましたが、私はそんなこと どうでも良かった。そんなものより、彼らに帰ってきて欲しかったから……! でもそんなところに あの女が現れたんです」


「"あの女"?」


 真淵巡査部長が聞き返す。それは警察官の声だった。


今井薫子(いまいかおるこ)と言う女性です。

 輪命回病院の看護婦だと言っていました。私が輪命回病院にいるうちは会ったことはありませんでしたが、彼女は私と弁護士に向かって言ったんです」


 井原雪枝は息をついて、ハッキリと言った。


「自分が遺伝子上の井原優樹の母親だから、親が受け取りになっている子供の生命保険には、自分も受け取る権利があるはずだ。それを主張する────と」



 "今井薫子"──

 彼女もハイブリッド卵子提供ドナー……


 続く思いもよらない事実に、風晴は椅子に座っているのにどこかに漂っているかのような眩暈(めまい)を覚えた。







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― 新着の感想 ―
不妊に悩む夫婦に『特別』な治療と称して大金をせしめ、その上で『殺した』子どもの保険金を奪う? ん? 相続なら相続権内の話になるけど、保険金なら受取人を指定しているはずだよな? つまり、勝手に受取人を指…
今は色んな妊娠があるのですね。 金額が高すぎて検討すら難しいですけど。 (^~^;)ゞ 高額なのに先天性疾患があったりと、何やら詐欺の感じもしますね。保険を勧めるところも怪しいし。 どうなることやら…
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