にぎわいの道行
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
民宿に入って、風晴と正火斗は2人で朝食を食べた。
他の者はみんな終わっていた。時刻はもう9時半を過ぎていた。それでも風晴は、値がある会話だったと思えた。色々なことが分かったし、正火斗や水樹達への見え方も変わった気さえする。
だが、牛乳を注ぎに来た母には怒られた。
『あんたはねぇ、お客様を早朝からあんなボロ小屋に連れて行ってこの時間までって。、、全く何を考えてるんだか。
正火斗くん、本当にごめんなさいね。お腹空いてたわよね?沢山食べてね。
あんな所見られて恥ずかしいわ。おじいちゃんがいる時はね、もうちょっとは綺麗なのよ。結構、綺麗にしてたのよ。』
母はだいぶ無理がある話を始めた。
正火斗はだいぶ大人な対応をしてくれた。
『いえ、とても楽しめたんですよ。彼にトマトも頂いたので、そんなに空腹では無かったですし。僕はあんな風に自家栽培の野菜を食べる機会はないので、いい思い出になります。』
『だってさ。』
と、風晴が言ったので、母は一人息子の頭を はたいた。
『ってぇ!そっちの方が''お客様の前"だろ!?』
『このバカタレが。
正火斗くん、会話が合わなかったら無視していいからね。うちの息子、馬鹿なのよ。本当にごめんなさいね。』
母はそう言って、ホホホと台所に戻って行った。
『ひどいな。親の言うことかよ。』
母の後ろ姿を見ながら風晴は呟いた。
『親だから、言えてるんだろうな。』
正火斗の一言は、風晴を一瞬止めた。気づかれぬようにそのまま食事を口に運ぶ。
今朝の話を聞く前だったら、自分はこの言葉になんの反応も示さなかっただろう。人って不思議だ。何かを知ってしまうと、変わるものがある。そうしたらもう、知る前には戻れないのだろう、きっと。
朝から出かけていて顧問の桜田孝臣はいなかった。今朝から黒竜池の警察の捜索が始まる。黒竜池の水流や遺体発見地点に一番詳しいのはデータを取った孝臣だったので、協力要請が来ていたそうだ。孝臣が戻れば、池についてはまた新しい情報が手に入るかもしれない。
風晴と正火斗は食事を終えて2階に上がり、そこで声をかけてきた椎名からこの話を聞いた。
そして、3人でオープンスペースに行くと、そこでは、なんとも ややこしい事態が生じていた。
いつも通り目を惹く水樹は、水色のワンピースで、中年の短く無精髭を残した男の隣りにいた。椎名が正火斗に囁いた。
『フリージャーナリストの北橋と言う人です。さっきまでは私も一緒に話しを聞いていました。』
椎名は優しい。正火斗に配慮して一言を加えてくれている。正火斗はうなずいた。
もう片方には、桂木、神宮寺、安西がいた。そして、思いがけず、そこにはまた水樹とは違うタイプの美人がいた。
髪は後ろに緩いシニヨンでまとめているが、片サイドには後れ毛がカールして垂れている。ピシッとした黒系のパンツスーツで、スタイルが良いのも一目瞭然だった。
神宮寺が、正火斗を見つけて手招きした。激しく、だ。
風晴と正火斗は嫌な予感がしながら、近づいた。
『部長、こちら朝毎新報の記者さんで、安藤星那さん。T大の人文社会研究科ご卒業しているそうです。部長の先輩になるかもしれない人ですよ!!』
神宮寺は瞳をキラキラさせて彼女を紹介した。桂木は完全に安藤に見惚れるような顔になっており、あの安西ですら、チラリチラリと眼鏡に手をやりながら目線を動かしている。
人文社会研究科は、哲学、社会学、文学、芸術、心理学などを学ぶ研究室だ。T大は、正火斗も第一志望にしている一流大学。知的で颯爽とした大人の女性の魅力に、高校生男子達は完全にノックアウトされていた。
風晴も、確かに目は奪われた。もし今自分に、3億円の重積やら、謎の怪文書やら、父親の死の真相と言った、信じられない程のトラブルがなければ、心も奪われていただろう。だが、なんとか思いとどまれた。なんとか。
それにしても、この思わぬインテリ美人の伏兵の登場で、自分達は面倒くさいことには ならないだろうか?風晴は心配した。色々、心配した。
(水樹が心を削って北橋から情報を得る→安藤の魅力で桂木達が情報を抜き取られる では結局何もならない?いや、みんながプラスでウィンウィンなのか?
水樹が男に言い寄るのはいつもでも、安西が言い寄られるのは?水樹はどう思うんだろう?
今だってナイフがいるのに、そのうち草刈り鎌でも持って歩くんじゃ、、、いや、東京じゃ売ってないかもしれないが。そうだ、出刃包丁とか。桶とか。)
それではナマハゲである。風晴の妄想は、はつらつとした声にかき消された。
『この時期に優雅な夏休みを過ごしているなんて、すごく余裕がある部長さんなのね。』
安藤は手を差し出して握手を求めた。
正火斗は軽く握って応じた。
『とんでもない。持ってきた課題で肩が痛かったほどです。ただ僕は、家にこもって勉強するより、こうした中でやる方が はかどるタイプなので。みんなに無理を言って同席させてもらっています。』
『ふふっ。抜け目ない感じだね、君は。』
安藤は微笑んだ。その笑顔は素敵だった。
そして、その顔は風晴に向いた。
『君が民宿の息子さん?じゃあ、、、桜田晴臣さんの息子さんの?』
その一言で夢から醒めた。返事は返したが、それだけにした。安藤がまた何か風晴に言いかけた時、正火斗が一歩前に出た。
『失礼します。』彼は一言断って
『凰翔院学園の生徒はもう会合の予定時間が過ぎてる。部屋に戻ってくれ。』
と呼びかけた。
『風晴も一緒に』
正火斗に言われた時、階段の下から自分を呼ぶ声が2階に響いた。
『風晴ー!あんたの同級生来てるから、ちょっと降りて来て!ほら、駐在さんのところの!』
(真淵!?ホントに!?)
水樹が反応して振り返る。彼女の長い髪が舞う。
風晴は、いよいよ本気で思った。
(この事件、、、、一体どうなるんだ?)