前を向く理由
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
正火斗の問いに風晴は考え込んだ。
返事は決まっていた。
だが、彼にどう伝えることが自分の気持ちにより近いのかが難しかった。自分は、事件を追う覚悟はー
『覚悟は、、、、』
正火斗は待っている。風晴の答えを。
『ない。多分、覚悟なんてできてない。』
風晴は正直に答えた。
『だけど知りたいと思う。知れるところまで。』
朝日は完全に出た。空は水色になり、真っ白い雲が勢いよく伸びている。まだ早い時間だが、すでに今日も猛暑になることを予告しているかのようだ。
『なんかのドラマみたいに犯人を当てるとか、逃走犯を取り押さえるとか、、、そんなことは考えてない。って言うか、考えられない。逮捕されるべき人間がいるなら警察に任せる。』
そこでうつむき、頭をかきながら言った。
『怖いしさ。情けねぇけど。』
正火斗は彼を見つめる目を細めた。
『だけど、知れるところまででいい。知りたいって思うんだ。
何があったのか。どうしてそうなったのか。その時、父さんが、、、どう考えたんだろうって。
全てが分かるなんて思ってない。生きてたって、お互いが分かれる部分て、、、限られてるだろ?
でも知ろうとしなかったら、そこで終わりだ。
父さんは、、、もう死んでるから、こっちから知ろうとしてやらなきゃ 伝えにくることだってできない。
だから、オレは知る努力を今はしたい。』
正火斗はわずかに微笑んで、
『分かった。できる限り力になろう』
と言った。
風晴はどっと力が抜ける気がした。大きく息を吐き出す。
『正直、ま正火斗が(誤字ではありません。言い慣れてない)話してくれて助かった。
オレ、あの頃何が起こっていたかなんて全然分かっていなかった。今は少しは、分かれた気がする。』
正火斗は微笑んだ。
『小学生だったんだ、仕方ないさ。議会だの癒着だの調べだしたのは、僕だって高校になってからだ。』
『だとしても、すごい。頭いいんだな、ホントに。』
風晴は心の底からそう言った。
『そうじゃない。大道グループの子会社と、大倉度産業に繋がりがあった。だから情報が仕入れ易かったんだ。』
『あー、、、家って、大道グループって何やってるとこなんだ?』
『IT、電子機器事業、輸入家具雑貨、ホテル産業、土地開発事業とか、そんな感じかな。』
世界がちがう。風晴は眼前の畑を見ながら改めて思った。
(雨ざらしの縁側に座らせておいていい人間なんだろうか?)
真剣に自問自答する。だってー
『そういうの、いつか 正火斗が全部継ぐんだろう?』
その問いへの答えは、当然すぐ得られるものだと思っていた。だが、返ってきたのは沈黙だった。
それから、正火斗は顔を上げて空を見上げた。
『僕は義父の全てを潰すつもりなんだ。』
美しいとさえ言える笑顔で、彼はそう言った。
『ジャジャーーーーーーーン‼️』
水樹の大声に、寝起きの安西は辟易した。
『おはよう、水樹。なんなの?朝っぱらからその元気は』
2人は部屋を出た先の廊下で会った。
水樹は安西の眼前にスマートフォンを かざした。
『ご覧なさいな!真淵聖の連絡先手に入れたんだから!!
1日で友達よ!1日で!私の手腕を認めなさいよ!』
安西は眼鏡をかけ直して、スマートフォンのLINE画面を見た。確かに"真淵聖"の登録名のトークページだ。
昨日、お礼を言いに来た聖から、水樹は聞くことに成功していた。
彼は腕を組んだ。
『分かった。確かに凄いと思う。真淵くんは接するのに難しい相手だ。連絡先交換できてるのは、賞賛に値する。』
水樹は腰に手をあてて フフンと言う感じだ。だが、安西の言葉には続きがあった。
『だけど水樹の送った よろしく文に、返信どころか既読もないのはどうだろう?友達になれたとは言わないんじゃないかな。』
『昨日は誕生日会で盛り上がったんでしょうよ。あんなに頑張ったんだもの。スマホなんか、どこかに置き忘れてるのかも。既読スルーよりもマシよ。』
ガチャリ
と、安西が言葉を返そうとした時、階下の1番端の部屋の扉が開く音がした。2人はそちらに振り返った。
『くぁあ、、、』
と、あくびをしながら、ひげのある体格のいい中年男性が、スウェット姿で現れた。
((昨夜、風子さんが言っていたマスコミの人間だ))
安西も水樹も一瞬で分かった。
安西は、水樹が まとう その空気を変えるのを感じた。
『おはようございます。昨夜到着された方ですか?』
積極的にも、水樹の方から話しかける。
『ああ、おはよう。ここって何にもないんだね。コンビニも遠いからさ、驚いたよ。学生さん?』
水樹はニッコリと笑った。
『はい。東京の凰翔院学園です。』
相手も当然東京からだろう。
『凰翔院?名門エリートさん達がまた随分と田舎にきたもんだ。リゾートとか行かないの?お金あるでしょ、親御さん方』
『サークルの研究会で先生と来ているんです。お兄さんはどうして この何もないところに?』
"お兄さん"と呼ぶあたりが水樹らしい。安西は思った。
それに、彼女はすでに分かっていることを あえて聞いている。
『オレ?オレはジャーナリスト。フリーの、記者で北橋っていうの。オカルト系もやっててさ、ここの池のネタを拾いにきた。夏だし、怪談って結構ウケるんだよね。日本人はそういうの好きなんだよ、昔っから。』
ウンウンと水樹はさも興味あり気に聞き入る。
『にしても、君キレイだねぇ。スタイルも良いし、こんな田舎じゃ浮いてるくらいだよ。後で一枚撮らせてよ。カメラはあるんだ。芸能人も撮ってる一眼レフのヤツ。』
引っかかった。
『ありがとうございます。でも兄も来ていて、兄に聞かないと怒られてしまいます。兄は私を溺愛してて、T大の法学部も目指しているので、無断だと訴えかねません。』
(正火斗、だいぶ誇張されたぞ。いや、そうでもないかな。)安西は心の中で語りかけた。
『そりゃ怖いな。分かった、お兄さんの許可を待つよ。』
北橋と名乗った男は一階に降りようと廊下を歩いてきた。水樹とすれ違い様に、
『お小遣いはあげるよ。まあ、君達には はした金だろうが。』と
ニヤリと笑って過ぎて行った。
安西は見事なまでに無視された。
だが、彼は特に気にしてない。これも、良くある光景だった。
『典型的な"ジャーナリスト"って感じだね。』
見送ってから安西は口を開いた。
『エサはまいたわ。引き上げるのは後。もっと情報を得て肥えてからじゃないとね。』
『水樹、いつもみたいな学生相手じゃなくて大物だ。引き上げる時はみんなが手を貸す。1人でやったら、、、、君の方が引きずられる可能性がある。』
安西は警告した。また。
水樹は彼に振り返らずに言った。
『大丈夫。いざとなったら私は刺せるから。』
(義父の全てを潰す、、、、、?)
正火斗の返答の意味が、風晴は分からなかった。
正火斗はそれを察したのだろう。少し言葉を加える。
『真剣に狙ってる。だから、大学も法学部にするか経済学部にするか迷ってる。心理学も、、、いいかもしれない。』
『どうして?、、、その、若い父さんが嫌いなのか?』
正火斗はわずかに首をかしげた。
『そこはとっくに もう超えてると思う。殺人を犯してあいつのために牢獄に入るような真似はしない。そんな価値もない人間だから。
だが社会的抹殺はする。いつか。ーーー必ず。』
風晴は正火斗の中に炎を見た気がした。
灼熱の 燃え上がる 圧倒されるほどの怒りの炎。
『大道英之は水樹を壊した。』
その全てとは裏腹に、彼の口調は静かだった。
切ないほどに。
読んで頂きありがとうございます。
そろそろ登場人物紹介追加ですね。
引き続きよろしくお願いします。