徒然 4
好き嫌いって、まるで子供が我儘言ってるみたいな諭し方しやがって。
まぁ、この世界の常識に照らせばそういう認識になるのかもしれないけども。
「瀉血じゃねーよ。単に髪切りにきただけだ」
「なら初めからそう言うこった」
こんにゃろう。
はなっから分かってた癖に。
お好みは?とか、髪切る前提で聞いてきてたじゃねーか。
瀉血でそうは聞かんだろ、普通。
なんだ?
血の抜く量や場所をでも聞いてたってのか?
……
あり得なくはない、か。
うん。
仕方ない、そういうことで納得してやろう。
とりあえず髪を切ってくれるのなら文句はないのだ。
内装のせいでこの店主サイコに見えるものの、別にそういう訳でもないからな。
何がなんでも血を抜こうとかおかしな事をしてくる輩じゃない。
「にしても、なんで瀉血が先に出てきたんだよ。一応散髪の方が本業だろ?」
「見るからに体調悪そうだったからな」
「そうか?」
「あぁ。髪のセットすらままならないぐらい調子悪いんだろ?」
……皮肉か、この野郎。
確かにセットした覚えはないけども。
夕方だし?
流石に寝癖がついてるってことはないはずなのだが。
本職からみりゃ、色々言いたいこともあるか。
だからってそれはどうかと思うけど。
「大体、医者の指示もないのに店主の自己判断で血を抜こうとすんなよ」
「あんたの場合医者がいたってやらないだろ」
ま、それはそう。
「真面目な話。たまには瀉血した方がいいぞ」
「はいはい」
「もう若くないんだから、健康は大事だ」
悪意はないらしい。
いや、店主の発言に皮肉が込められていた可能性は大いにあるが。
それでも。
瀉血を進めるのは一応善意からではあるのだろう。
だからって血を抜くつもりはないけど。
四体液説だっけ?
この世界じゃ前世のそれとは若干異なるらしいが、どちらにしろ古くから信じられてきた学説が幅を利かせてるのは同じ。
血を抜けば、一緒に悪いものも抜ける。
病気だったり毒だったり。
様々なものに効果があると信じられているとか。
確かに、直感的に効果がありそうな気がするのは分かる。
物理的に抜いてる訳だしな。
前世も異世界もたどり着くとこは同じか。
街並みから中世ヨーロッパと似てるしね。
文化が似通るのも当然。
いや、逆か。
文化が似通ってるから街並みが近いものになるのだろう。
この世界は魔法があって、回復系統の魔法も当然存在する。
薬草もあるし。
そういう意味じゃ前世の中世よりはマシなのかもしれない。
でも、魔法には才能がいるし薬草は需要のせいで値段が高止まり。
どちらも庶民が気軽に手を出せる物じゃない。
まぁ、薬草の方は魔法に比べれば使えないこともないけど。
それでも、ね。
庶民は町医者に掛かって床屋で手術を受ける。
俺みたいな、庶民の立場じゃ前世の中世とそう変わらんってこった。
そもそも、物理的な怪我はともかく。
病や毒には効き目が薄いし。
金を持ってたとて、魔法や薬草以外への需要もそれなりに高いものがあるのだ。
だから、同じような文化が発展していったのだろう。
多分……
そういや、この世界って武器軟膏みたいな物もあるのかね?
この店主相手はいいとしても、受付嬢やらノアやら健康面で心配されて床屋まで引っ張られてかれても困るし。
その際、適当に何か受ければ納得するはず。
瀉血するぐらいなら、あっちを受けたいのだが。
少なくとも転生して36年、聞いた覚えはない。
有ってもおかしくはないと思うけど。
あ、ちなみに武器軟膏ってのは文字通り武器に塗る軟膏の事で。
怪我を負った時に患者の傷口じゃなくてその傷を付けた武器の方に軟膏を塗るのだ。
まじないの類ではなく、しっかりとした医療行為の一種。
中世ヨーロッパ。
大真面目に施された治療の一つである。
天才だよな、あの人。
衛生の概念も消毒の概念もない時代。
軟膏だって馬のフンやらワニのフンやら、現代から見れば明らかな毒を材料に作られていて。
そんなのを傷口に塗りたくっていたのだ。
それをやるぐらいならこのほうが何倍もマシだわな。
どこまで理解していたのかは知らないが、『人間には自然治癒力がある、患者には武器に塗る軟膏でも出しとけ』だっけ?
初めて知った時震えたよね。
現代並みとは言わないものの。
それに近い発想。
消毒液なんて無い時代なら確かに最善種である。
……あ、そもそも消毒もしない方がいいんだっけ?
俺が学生やってた頃は怪我すりゃ当たり前の様に保健室で消毒して貰っていたのだが、確か雑菌を殺す効果より組織を壊して傷口が治るのを遅らせるデメリットの方がデカいとかなんとか。
最近じゃ消毒って行為自体をあまりやらなくなったらしい。
ただ、それだと患者が不安になるから。
患者を納得させるために、精製水で消毒する“ふり”をする医者もいるんだとか。
現代の武器軟膏である。
「んで、短めでいいのか」
「覚えてるじゃねーか」
ったく……
常連じゃないって割に、前回の俺の注文は覚えているらしい。
ツンデレかな?
男のツンデレに需要なんてない。
ましてやおっさん。
が、ちょっと嬉しい気もしなくはないのは内緒だ。
「この店以外使ってないんだけどなぁ」
「伸び切った頭を見りゃわかる」
「それでも?」
「常連とは認めん」
「俺の片思いって事か」
「告白される方にも選ぶ権利ぐらいある」
まぁ、美容師の店主からしちゃ。
髪は伸ばしっぱなし。
セットもしない。
何なら、寝癖を治すかどうかすら気分次第。
仕事に誇りを持っているほど、クソ客なのだろうが。
興味がないのだから仕方がない。
「また数ヶ月は来ないつもりか?」
「だな」
「まったく……」
呆れ顔だ。
「整えればそれなりに見れると思うんだがな」
はいはい、そうかよ。
……ん?
今の俺は見れないらしい。
はて、これは単純なディスなのでは?
それに、おっさんが見た目整えたとてどうするよ。
多少頑張ったところで別にイケメンになる訳でもない。
なんなら手間が増えて。
外出する頻度も減り。
今の最低限度の生活すら維持しなくなるかも。
総合的に考えれば、俺の幸せのためにビジュアルには犠牲になってもらうのが正解である。
一応、風呂キャンとかはしないからさ。
多少の寝癖なんかは許してほしい。
「よし、完成!」
「あんがとさん」
カットを始めるとそこからはあっという間だった。
ま、伸びっぱなしとはいえ別に難しいカットは要求していない。
毛量の割には短時間でさくっと終わった。
頭を傾けると明らかに軽くなっているのを実感する。
髪ってのは結構重いのだ。
前世から、短めに切って貰っては数ヶ月開けてって事が多かったからな。
毎回、床屋を出ると妙な解放感を感じる。
あぁー、すっきりした。




