死闘 11
あー、さっぱりした。
汗も汚れも綺麗に洗い流されたおかげで、非常に爽やか。
気分がいい。
肌がベタついてると気持ち悪くて仕方ないからね。
温泉ほど熱くはないが、外気よりはよほど暖かい。
ちょうどぬくいぐらいの水温である。
このまま川の流れに任せてゆらゆらと流されていくのも、それはそれで素晴らしきことの様に思えるが。
流石にだな。
そういう訳にもいかない。
残念ながら、んなことをしている時間はないのだ。
頭の隅に浮かんだ誘惑を振り切り、岸へ上がる。
普段ならともかく、今回は巨大猪の亡骸を森の中に置いてきちゃってるし。
あまりのんびりともしてられない。
その割にはさっきまで獣っ娘と2人で遊んでたって?
……いや、遊んでた訳じゃなくだな。
うん。
あれはそう!
単に、構ってあげてただけ。
そもそも、そんな長い事やってた訳でもないですし。
獣っ娘が水かけてきたからね。
こう、軽くわからせてやったまでよ。
大人気ないとか何とか文句言われた気もするが。
子供をわからせるのは大人、更に言うなら主におっさんの嗜みである。
決して俺が大人気ない訳ではない。
その後は水かけの応酬に発展。
水掛け論よろしく、決着のつかない何なら普段から気力の低い俺のほうがだいぶ不利な勝負が始まったのだが。
獣っ娘もなんだかんだで疲労が溜まっていたらしい。
彼女が先に根を上げた。
ふっ、大人の力を思い知ったか!
なんて戯言は置いておくとして……
別に本気じゃないよ?
まぁ、この歳になっての水遊びというのもちょっと楽しかったけどね。
川から上がった獣っ娘は、ほとりの岩に腰掛けぼーっとしている。
一度スイッチが切れたからかお疲れモード全開。
「ほら、こっちおいで」
数泊遅れて、俺の方に視線が向いた。
が、動く様子はなし。
ったく。
ほんの少し前まであんな元気だったくせに。
ほっといたら湯冷めして風邪でもひきそうだ。
早いこと乾かしてやろう。
タオルを広げて獣っ娘を包み込む。
ただ、真夏でもないのにこれだけで乾かすのは無謀が過ぎるので。
バレない様に魔法で補助。
なんか眠そうにしてるし、結構雑に使っても気づかなそうだな。
体を拭いてる内にうとうとし始め。
このまま、寝落ちでもするんじゃないかって雰囲気。
あ、今びくってなった。
「大丈夫か?」
「……はい」
異常なほど早く乾かし終わったのだが、そこに疑問を抱いてる様子はない。
眠気の限界で、途中途中記憶が飛んだりしてた説ある。
あまり大丈夫ではなさそうだな。
仕方ない。
おぶってやるか。
昨日もこんな感じだった気がする。
狩りが楽しくて、ついついはしゃぎすぎてしまうのだろう。
奴隷としてはどうかと思うけど。
ま、ずっと頑張ってるっぽいしね。
人間根を詰めすぎても良いことなんて無いし、偶にハメを外すぐらいがちょうどいい。
街道を進む。
温泉街からそう遠くまで来た訳じゃない。
少し歩くだけだ。
背中に、獣っ娘のぬくもりを感じる。
柔らかな感触も。
ぐー
会話もなく、彼女を背負ったままのんびりと歩いていた所に予想外の音が響いた。
お腹すいたのか?
背負われたまま恥ずかしそうにお腹に手を当てる獣っ娘。
眠いんだか、空腹なんだか。
人間の三大欲求の2つが同時に襲ってきた様子。
らしいと言ったら怒られるかな?
「お腹すいたなら、宿帰る前に何か食べてくか」
俺の言葉にこくりと頷く獣っ娘。
背負ってる状態で頷かれても見えないのだが……、まぁ何となく雰囲気で分かったから良いけど。
巨大猪との激戦もあったし。
何より、今日朝食も食べて無いもんな。
そりゃ腹も減るか。
「何食べたい?」
「……何でも大丈夫です」
その返事が一番困る。
こだわりないのか。
いや、そもそもそういう経験自体が薄いのかもしれない。
普段、獣っ娘が食べてるのは賄いだろう。
宿で用意するものだ。
女将さんの事だし、しっかりした物を用意してそうな気はするが。
客の分も含め纏めて仕入れと調理をこなすのが効率的。
そこに選択の余地はあまり無いのかもしれない。
それ以前だと、奴隷なんてまともに食べられる物があるだけありがたいみたいな環境。
獣っ娘は売れ残ってた事もあって特に劣悪だったし。
その前はどうだったのか。
口減しで奴隷商に売られたのか、それとも攫われたのか。
仮に売られたならその時代も期待はできない。
選択するって経験すらあまりない可能性。
否定は出来ないんだよね。
奴隷って境遇だと、特に。
よし、おまかせってんならいい店連れてってやろうじゃないか。
そんなこんなで温泉街へと戻って来た。
お昼の前に、まずは巨大猪の方を済ませなければ……
相談先は市場で良いかな?
個人の肉屋とかだと人手が足りないっていう俺と同じ問題に直面するだけだろうし。
「あのー、すいません」
「はい。いかがなさいましたか?」
普段、薬草採取ばかりなのだ。
討伐依頼すらまともに受けない俺がこの手の事情に詳しいはずもなく。
取り敢えず、受付っぽい方に話しかけた。
「買取をお願いしたくて。何処に行けばいいですかね?」
「でしたら、あちらのカウンターになります」
案内に従い別カウンターへ移る。
やけに視線を感じるが、十中八九獣っ娘をおぶってるせいだろう。
仕方ない。
こんなの気にしてもしょうがないしね。
「買取をお願いしたくて」
「はい。こちらにお持ちいただければ買取いたしますよ」
「それが難しくて」
「……はい?」
この反応から察するに、あまりある事では無いらしい。
今更ながらこの話が通るのか不安になってきた。
「ちょっと見て欲しいんですけど」
とは言え、何か出来ることがある訳でもない。
予定通り。
用意した品で説得を試みる。
「これは……。牙、ですよね?」
「後、耳も切り取って来たのですが。仕留めたはいいものの大き過ぎてとても街まで運べそうに無くて」
「なるほど。少々お待ちください」
大丈夫そうだな、この牙と耳で十分証拠になったらしい。
わざわざ持ってきて良かったわ。
しばらくしてスタッフが戻って来た。
おそらく、上司への相談にでも行っていたのだろう。
無事買い取ってもらえるとの事。
希望通り巨大猪の運搬も請け負ってくれるとか。
いやー、助かった。
これにて一件落着だな。
大雑把ではあるが、場所を伝えておく。
幸い、源泉での採掘を終えた後の帰路だったからね。
森の奥地とかじゃない。
こういうの、本来俺が案内するべきなのだろうが疲労と戦闘のダメージを理由に丸投げ。
仲間も背負ってるから多少の説得力はあるはず。
でも、寝てるだけだしなぁ。
やっぱり、おぶってるのが獣っ娘じゃ大した説得力はないかもしれない。
その分、手数料は増えるという話だけど。
金より面倒くさいって感情が勝った。
人の手配も済ませたし、後は任せておけば大丈夫なはず。
終わった終わった。
さて、獣っ娘もお腹すかせてる事だし遅めの昼食にでもしますか。




