親子 17
女将さんも色々忙しいだろうに、風呂場への手引きまでして貰った。
この宿には毎年泊まりに来ているのだ。
冬だけだし、そこまで頻度が高いとは言えないものの。
当然、場所ぐらい把握している。
それでも、毎回丁寧に対応してくれていてちょっとした優越感を覚えてたり……
これも一種のおもてなしってやつなのだろう。
「わざわざありがとね」
「いえ。それではごゆっくりとお楽しみください」
女将さんと別れ、更衣室へ。
少し奥まった作りにこそなってはいるが、仕切りとしては扉を一枚隔てただけ。
なのに外とはまるっきり空気が違う。
暖かく。
そして、ものすごい湿気である。
これでも春に入って気温は大分上がっているのだけどね。
だからこそかな。
冬場以上に生暖かいそれをしっかり肌で感じた。
例えるなら、前世の猛暑日。
それも自然豊かな場所ではなく、コンクリートジャングルの中のような。
熱帯特有の気候。
日本のジメジメとした夏に非常に近い。
これが、本当に夏だったら。
多分、ベタついて不快でしかったのだろうけど。
……何故だろう?
温泉の熱気だと思うとそんな気分にはなりそうにない。
感覚としては非常に似通ってるとは思うのだが。
不思議なものだ。
これも、パブロフの犬ってやつなのかね?
刷り込みとは凄い。
不快どころか、むしろすく側にまで迫った温泉に体が勝手に歓喜してる雰囲気すらあって。
ただ……
酒を飲めないという事実がますます悔やまれる。
服を脱ぎ。
適当に、空いているかごに丸めて放り込んでおく。
俺の体型は相変わらずである。
だらしない生活をしてる割に腹が出る気配は無し。
有難い事だ。
浴室に入ると、ムワッとした熱気を感じた。
更衣室のドアを開けた瞬間以上。
ここまでくると夏とかそう言うレベルでは表せないな。
温度というよりは湿気が。
そして、同時に地下の鉱物由来であろう温泉地特有の香りが鼻腔を刺激。
少し遅れで木の匂いも薫る。
こっちは浴室の内装に使われてる木材からか。
……うん。
数ヶ月ぶりではあるがやはりここの宿の温泉はいいな。
まだ、風呂に入るには早い時間だと思うのだけど。
湯船にはそこそこ人影があった。
冬に比べればそもそもこの宿に泊まってる客の数自体が増えているのだからそりゃそうか。
湯煙のせいではっきり何人とは数えられないのだが。
ま、野郎の裸なんて見えても仕方ない。
浴槽から湯をすくい。
体を軽く流す、それを数回。
準備完了。
「よ、っと」
ゆっくりと足先からお湯につけ。
なるべく波を立てないように、そっと湯船につかる。
冬場ほどのインパクトはない。
外気温との差もそこまでではないし、正直氷点下近い所からの落差に適うはずがない。
ただ……
それでも心地がいいという事実に変わりもない。
あぁ〜、極楽極楽。
なんだかんだ言いつつ、結構満足だったり。
ぼんやりと周囲へと目線が向く。
他の客。
湯煙であまり見えてはいないのだが、どうも男ばかりの様子。
一応、混浴なんだけどね。
まぁ、流石に知っていたさ。
期待はしていない。
これまで十年以上通ってきて女性がいたことなんてほぼ無いのだし。
何なら、ここの風呂で女性客に鉢合わせた回数より。
余裕で女将さんと混浴した数の方が多い。
考えれば当然ではある。
この世界は男尊女卑の色が強く、旅行に行けるような人間なんてある程度余裕のあるやつばかりなのだから。
女連れでなんて人もいるかもしれないが。
特殊な趣味でも無い限り。
わざわざ、自分の女を他の男に見せつける理由も無い。
そもそも人を運ぶのって高いしな。
妻ならともかく、愛人をそこまでして連れて行くかは微妙な所ある。
そして、妻にしろ愛人にしろ。
そこまでするなら。
ヴィラを取るなり温泉を貸し切れる宿にするなり。
いくらでも方法はある。
結果、女性が利用することはほぼ無いのだ。
この街にも娼館はあるしね。
発散したいだけなら、そんなコストを掛けずとも普通にそこで楽しめばいい。
こんなどうでもいい事を思考しつつ。
湯を手ですくっては、反対側の肩にかけてみたり。
腕やら足を揉んでみたり。
……人の目もあるからね。
全身を思うがままに伸ばしたいって気分ではありつつも。
前やったみたいに。
湯船にぷかぷか浮かぶなんてわけにもいかず。
何となく周囲を見渡していたのだが。
一瞬、目が合った気がした。
気まずい。
どこを見るという訳でもなく。
ぼんやりと、天井へと視線を向けた。
あー
でもまぁ、足を軽く伸ばすぐらいは許されてもいいよな。
普段より湯船に浸かってる人数が多いとは言っても、まだまだキャパ的に余裕はあるし。
周りにはぶつからないように。
そして、勝手に浮こうとする浮力にも逆らうように。
うん、これでも十分かな。
なんだかんだ結構気持ちよくはある。
それにしても、獣っ娘楽しそうだったなぁ。
さっきまでの景色が思い浮かぶ。
体力有り余ってそうなイメージあったのに、その体力を使い果たすまで散々走り回って。
付き合った甲斐があったというものだ。
思い出すだけで微笑ましい。
ただ、少々心苦しくもある。
今までずっとお預けにしてしまっていたと言うのもそうなのだが。
狩なんて危険がつきものだからね。
あの森にも魔物は生息してるだろうし。
実際、今日は出会いこそしなかったが魔眼にはバリバリ反応あった。
つまりだ。
俺がいる時しか出来ないと。
普段は我慢して貰って、俺がこの街に来た時だけ一緒に行く形。
今日の姿を見るとちょっと申し訳ない。
かと言って1人で行かれるのもね。
それは困る。
これまで我慢してたし、獣っ娘も分かってるとは思うけど。
……一応。
改めて言い含めておいた方がいいかな?
なんだかんだ、獣っ娘には愛着が湧いているのだ。
あまり死んで欲しくはない。




