親子 11
「それでは、失礼致します」
軽く頭を下げ。
どうやら、そろそろ仕事に戻るつもりらしい。
まぁ、そうだよね。
いつまでもここで話してる訳にもいかないと。
仕事中だし。
油売ってるみたいな物だからな。
長いことダラダラしてたら。
これ、実質誘いを受けたのと変わらないし。
示しがつかないってモノ。
その上、今日は早めに仕事を終わらせるってミッションも追加された訳で。
多少、名残惜しくはあるが。
仕方ないか。
空腹は最高のスパイスって言葉もあるし、同じ三大欲求なのだからそうなる可能性もなきにしもあらず。
こう考えれば悪くはない。
夜まで、もうしばらくの間お預けである。
なんて自制していたのだけど。
突然振り返ったと思ったら、抱き寄せられ頬にキスされた。
「……え!?」
急な出来事に、思わず声が漏れる。
随分気の抜けた音だ。
自分の出したものながらぼんやりした頭にそんな感想が浮かぶ。
って、危ない。
一瞬トリップしかけた。
何のつもりなのか。
女将さんの顔を見返すと、悪戯が成功したかの様な笑み。
それに、妖艶な雰囲気がまとわりつく。
揶揄われていたらしい。
俺が何かを言う前に、そのまま部屋を出て行ったしまった。
「えぇ……」
心臓がバクバク言ってるのを感じる。
何なら、その音がうっすらと耳で聞こえてる気すらしてきた。
胸に手を当てる。
視線は、誰もいないドアを写したまま。
ゆっくりと息を吸って吐く。
さっき、頬を染めていた女将さんの事を見て。
普通の女の子みたいなとこもあるんだな。
なんて感想を抱いていたのだけど。
これじゃ、俺の方が一般的な思春期男子である。
そもそも、あれは演技だったのだろうか?
……それとも今のが?
不明だ。
俺には分かりようない。
ただでさえ、表情から人の真意を読み取る様な事は苦手だと言うのに。
ま、そのどちらにしてもだ。
手のひらで転がされて、相変わらず女将さんには敵いそうにない。
でも、別にいっかなって気分にもなる。
どこかで聞いた話。
ミステリアスな女性は酷く魅力的だって。
確かに……
普段見せない表情を見せられた時も、そのギャップに萌えたのだけれど。
今の彼女もまた凄く良い。
……
ボケーっと。
窓の外に視線を向けて。
ただ、黄昏る。
断じて、別に骨抜きにされた訳ではない。
うん……
女将さんのイタズラっぽい笑みは、未だ俺の脳裏に強く刻み込まれているが。
うるさかった心臓も徐々に落ち着きを取り戻し。
至って平常である。
では、何をしているのかと問われれば暇を潰しているのだ。
ほら、獣っ娘が今任せられてる仕事終えたら休憩入るって話だったし?
どれぐらいかかるか知らないけど。
これで外出してて部屋にいなかったら、普通に泣かれる気がする。
女将さんには勿論、スタッフの娘にも怒られそう。
その光景が想像に難くない。
だから、何となく景色でも眺めて。
暇つぶし。
明らかに無為な時間だという自覚はありつつも。
こうやって貪るの。
実は、嫌いではなかったり。
特に、こういう場所だとね。
雰囲気も相まって。
その無駄な行為すらかなりの贅沢に昇華するのだ。
しかし、久々に会ったが。
獣っ娘はいいな。
元々見た目に惹かれた訳だし、それが良いのはもちろんだけど。
内面も。
あの、屈託のない笑顔は特に癒される。
それに、素直に甘えてきて。
抱きつかれ。
獣人だからなのか、背が低いからなのか。
暖かかった。
服越しではあるが温もりを感じた。
その感触だけで……
今日、温泉街まで来て良かったと思わせてくれる。
窓の外へと視線を戻す。
普段見るそれは冬の景色で、雪の積もった庭もいいのだが。
青々としたこれもなかなか乙なものである。




