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9. 疑問と疑問




 ぽつぽつとした俺の疑問に、モドは嘘偽りなく正確に答えてくれた。


 紫衣さんの寿命は――不明。早ければ今年。遅ければ来年の夏まで。

 皆知っていたのか――知っていた。

 皆、紫衣さんと知り合いだったのか――知り合いだった。

 カボス部は、全部俺のためなのか――その通り。

 紫衣さんは俺のための存在なのか――その通り。

 俺は、どうすればいいのか――悔いなく生きればいい。


「――だからモドは時間が有限って言ってたのか」

「はイ」


 こくりと頷く銀人形に、どうしようもなく苦笑いしてしまう。

 卒業だとか引っ越しだとか、そういう話だと思っていた。心のどこかで紫衣さん=アンドロイド説を唱えてはいたが、まさか本当にそうだとは思わなかった。


 あの時、ショッピングモールで買い物をした時。紫衣さんがアンドロイドの受付を見て考え込んでいたのは……そういうことだろう。


 寿命がわかっていて、それでもなお俺のために尽くしてくれていた。

 本当に……本当の意味で、正しく俺は"患者"だったってわけだ。紫衣さんは治療のための医療アンドロイド。そんなところか。


「……ままならねえもんだな」


 俺のためのアンドロイドを、俺は好きになった。

 ただの先生と生徒じゃない。カウンセラーと患者じゃない。……俺は、あの人を好きになってしまった。人として、女性として……好きになってしまったんだ。


「ままならなくとモ、人は生きていかなければなりませン」

「それが世界だって?」

「はイ。多くの人が違った何かを抱えて生きているのでス」

「……はは、そりゃ……生きるの、しんどくねえか」

「はイ。ですガ、しんどいだけですカ?」

「……」


 この半年を思い出す。

 紫衣さんとの出会い、なんでもない日々、夏、ボランティア、買い物、陽ノ崎との出会い、海、ボランティア、秋、デート、ボランティア、掃除、バイト、雪……。


「……なんだよ、くそ、楽しいことばっかりじゃねえか」


 視界が滲む。辛いことは多かった。両親との死別は受け入れられていない。離婚に反対して喧嘩してもやもやして、電車で事件に遭って病院送りにされて……目覚めたら親が死んでいた。碌に仲直りもできていないのに、最悪の後悔だ。

 こんな過去があったなら、そりゃ別れがトラウマになりもする。足りない記憶もきっと、何か別れに関するものなんだろう。


 でも、苦しくてしんどい過去があっても、それ以上に紫衣さんや陽ノ崎、モドとの日々は楽しかった。最高の時間だった。


「楽しかったよ、モド。しんどいだけじゃなかった」

「でしょウ」


 気のせいか、モドがふわりと微笑んだように見えた。今はもういつもの無表情だ。


「で、あれバ。火花、紫衣との時間をどうするカ、どうしたいのカ。わかっていますネ」

「……いいぜ。わかってる」

「そうですカ。なら明日、行きましょウ」

「明日!?!?」

「? 不服ですカ?」


 こてりと首を傾げるモドに、少々尻込みしそうな自分を鼓舞する。


「わかった。明日だな。……やってやる!!」

「はイ。私は特等席で見物していますネ」

「おうよ!……いや、俺の背中とか言わねえよな?」

「馬鹿ですカ?」

「そ、そうだよな。……今のは俺が悪い」

「今、ではなク、いつもでス」

「く、くそぉ……」


 もやっと感は残るが、やるべきことは定まった。

 話そう。紫衣さんとこれからの話をしよう。俺はあの人が好きだ。残り限られた時間しか一緒に居られないのなら……俺があの人の隣に居たい。先生とか生徒とか、カウンセラーとか患者とか。立場への引っ掛かりは残ってる。……それでも、好きなもんは好きだ。しょうがない。せめて気持ちを伝えるまではしよう。俺らしく、馬鹿な男らしく、な。


「……ていうかモド」

「はイ」

「お前、ずっと俺の手握ってくれるんだな」

「? はイ。私はカボス部の皆が好きですかラ」

「……はは、そうか。やっぱすげえ優しいアンドロイドだよな、モドって」

「今さら知ったのですカ?」


 毒舌で心優しいアンドロイドに見つめられながら、俺は心を休める。明日だ。明日決めよう。明日話そう。それで、それから……紫衣さんとの別れの日まで一緒に過ごそう。数え切れない思い出を作ろう。



 ――翌日



「紫衣さん」


 カボス部、部室。

 いつものように紫衣さんの斜め横へ。ケーキがどうなったのか定かではない。たぶん冷蔵庫にしまってくれたのだろう。紫衣さんからは何も言われなかった。今日は陽ノ崎にも来てくれるよう頼んだため、彼女も俺の正面に座っている。陽ノ崎からもまた、特に言及はなかった。

 モドも定位置に居る。久しぶりのカボス部勢揃いだ。


 昨日のモドも含め、こういう小さな気遣いを、皆いつもしてくれていたのだろう。申し訳無さと同時に、たくさんの感謝が溢れてくる。頬を緩め、改めて紫衣さんに向き直る。


「はい」

「俺、紫衣さんのことが好きです」

「へ、え、え、えっ」

「寿命のことは聞きました。紫衣さんがアンドロイドだって話も。長くは一緒に居られないってわかってます。だから……だからこそ俺は紫衣さんと一緒に居たいんです。別れが避けられないなら、別れの後も想えるように……俺と思い出を作ってくれませんか? カボス部での思い出も。……できれば、俺と二人の思い出も」


 真正面から全部告げて、視界の隅に陽ノ崎の驚いている顔が見えた。さらに後ろではモドが額に手を当てている。

 それらを気にする余裕がなく、紫衣さんは。


「火花君…………」


 紫衣さんは嬉しそうに、気恥ずかしそうに頬を染めて笑って。それから……ひどく悲しい顔をした。


「ごめんなさい。火花君。火花君の気持ちは嬉しいです。とっても、とっても……本当に、嬉しすぎて死んじゃいそうです」

「なら、これから俺と」

「だめなんです」


 俺の言葉を遮って紫衣さんは言う。


「だめ、なんですよ」


 悲しい顔で、今にも泣き出しそうな顔をして――はらりと、涙をこぼして。


「だめなんです、火花君」

「どうしてですか。時間がないのはわかってます! だからこそ俺はっ」

「わかっています。でも、だって……!」


 感情がこぼれてしまう。紫衣さんが何かを言おうとして言えていないとわかってしまったから。大事なことを隠しているとわかったから。


「俺が面倒なら、嫌ならそう言って」

「嫌なわけありません!!!」

「っ」

「私が火花君を嫌うわけないです!! 好きですよ! 大好きです! 人生を見て、聞いて、共感して祈って願って、私の心は火花君へのたくさんの同情と愛情でいっぱいです!! 会うまでどんな人なのかとワクワクしていました!! 本物はやっぱり火花君で、私がどれだけあなたの人生を想っていたか火花君は知らないでしょう!!?」

「知らないですよ! 俺は紫衣さんのこと全然知らないです!! だから知りたいって!!」

「無理なんですよ!! あなたも私と同じじゃないですか!!!」

「は。同、じ……?」

「ぁ……ごめ、ごめんなさいっ」


 紫衣さんは立ち上がって……走って出ていってしまった。呼び止める間もなく、ぽたりと机に落ちた雫だけがあの人の想いを訴えてくる。


 俺は……。


「……」


 同じって、なんだよ。

 視線を巡らせ、陽ノ崎を、モドを見る。モドはいつも通り無機質な目を、けれどどこか感傷のようなものを宿して。陽ノ崎は。


「……陽ノ崎?」


 痛ましいものを見るような目で、俺を見ていた。

 なんでそんな顔をするんだよ。俺が、俺が……。


「俺は、俺も……アンドロイドなのかよ」


 予兆がなかったとは言わない。けど、俺はだって……嘘だろ…………。


「いえ違いますガ」

「ち、違いますよ先輩!」

「はぁぁ? え、ち、違うのか?」


 いや違うのかよ。なんなんだいったい……。


「そう、ですよね。……ちゃんと説明します」


 もう何がなんだかわからなくなってしまった。

 深く息を吐き、真面目な顔の陽ノ崎に向き直る。本当は紫衣さんを追いかけたい。でも何を言えばいいのかわからなかった。俺がアンドロイドなら……紫衣さんの言う通り思い出作りも何もなかったからだ。


 陽ノ崎は、一つ一つ、俺の疑問を紐解くようにすべてを教えてくれた。



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