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7. 冬と体温



 夏が終わり、秋を過ぎ、冬を迎える。

 半袖に腕を通していた時期も既に懐かしく、長袖にコートが必須の季節となった。学生の俺は制服(冬)を着るだけで済むが、カボス部のカウンセラー足る紫衣さんは違う。

 白のブラウスに紅茶色のスカートはそのまま、薄手のカーディガンを常用しブランケットを携えている。外出用のコートはファー付きだったりもこもこしていたりと、日によって異なる。普通そんな大量のコートは持っていないと思うが、当人曰く「ふふーん、お姉さんは念じればいくらでも服を出せるんですよ」とのこと。女性のファッションは沼だ。


 今日もカボス部は変わらず続く。

 カレー屋のアルバイトも継続中だ。年内で終わるとか終わらないとか。割とバイト自体も楽しくなってきたので、終わりが見えると少々寂しくもある。


 紫衣さんとのデートで得たバイト先輩二人への贈り物は決定した。現物も俺の手元にある。あとは渡すだけ。セッティング日は今日だ。


「――雪ですね!」

「嬉しそうっすね……」

「もちろんです! ホワイトクリスマスですよ!!」


 夕方である。雪である。別にクリスマスではない。


「まだ二十日以上ありますけどね……」


 めちゃくちゃに興奮している紫衣さんは、椅子から立ち上がり窓に寄ってそわそわしていた。俺を見て、外を見て、俺を見て外を見て。キラキラな目で見つめてくる。


「あー、外行きたいんですか?」

「ふふ、さすがは火花君ですね!」

「誰でもわかります。どうせカレー屋行く予定でしたし、少し早めに行きます?」


 地面を薄っすらと覆う雪。短い距離とはいえ電車を使うなら、交通機関が麻痺する前に行くのが吉だろう。

 ぱぁぁっと表情を輝かせ、ぶんぶん頷く紫衣さんに苦笑した。


「火花は紫衣に甘すぎまス」

「んなことねえよ」

「それはそれとしテ、私も連れていってくださイ」


 無表情の銀人形から目を逸らし美女を見る。ニッコリ頷いていた。いつものことだ。


「あいよ」


 今日もカボス部は平和である。

 モドを背負い、紫衣さんと三人で外に出る。最近のモドは俺への態度がより気安くなったので、背負った時は肩に顎を置くようになった。銀の髪が頬や首に触れてくすぐったい。それを言うと「照れているんですネ。私は美しいですかラ」などとドヤ顔(無表情)をしてくるから何も言わない。


「雪は冷たいですねー!」

「氷ですから」


 プレハブ校舎から出て、白く化粧を施された校庭を歩いていく。

 傘を畳んで雪を浴びる姿はいつにも増して子供らしく、大人の紫衣さんが数段幼く見えた。


「なぁモド。紫衣さんって箱入りなのかな」

「知りませんヨ。当人に聞けばよいのでハ?」

「……事情があるかもしれねえだろ」

「事情? あぁそういえばあなたもそうでしたネ」

「? 何のことだよ」

「いいエ。人とハ、雪のように儚いものだと思っただけでス」

「何の話だよ……」


 俺を見て、紫衣さんを見て。雪の校庭に焦点を合わせたモドは曖昧に言った。「ちっぽけな人類にはわからないことですヨ」と俺を嘲り、「着いたら起こしてくださイ」と目をつむってしまった。


「……はぁ。紫衣さん、風邪引きますよ」


 よくわからないアンドロイドはさておき、雪を踏んで拾って丸めていた紫衣さんに近づく。


「えい!」

「ぬぉ!? 制服濡れるんでやめてもらえません!?」

「うふふ、じゃあ後でにしてあげますね!」

「……まあ、はい。それなら」


 抗議が萎んでいく。笑顔の紫衣さんがあまりにも楽しそうで何も言えなくなってしまった。

 本日幼めな美人はルンルンと傘の柄をくるくるさせながら二歩先を進んでいく。回り続ける傘の生地が揺れ降りる雪に彩られ、万華鏡のように優美だった。


「火花君遅いですよー!」


 見惚れ足を止めていた俺に気づき、紫衣さんが振り返る。拗ねたような顔に胸の奥が弾む。ずんずんと戻ってきて、フリーだった俺の右手を掴む。


「行きますよ!」

「……うっす」


 デートでもないのに手を掴まれ繋がれるのが照れくさくて、冬の寒さのせいだと誤魔化せないくらいには顔が熱くなっていた。ちらと、紫衣さんの頬が赤らんでいるように見えたのは気のせいだろうか。気のせいでなければいいなと、そんなことを思った。


 肩に顎を置いたモドが「体温上昇。火花。恋患いには気を付けるんですヨ」と呟いていて、今すぐ背中のアンドロイドを放り出して逃げたくなった。


 言うまでもないが、腹をホールドされているせいでモドからは逃げられなかった。羞恥プレイはしばらく続く。



 ――ボランティア先、カレー屋に着いて。



 予定より一時間以上早く着いたと言うのに、既にバイト先輩二人は揃っていた。

 今日は店が休みなので、店内はガランと広々している。先に居た二人がこちらに気づき手招きする。


「やぁカボス部の皆さん。君は初めましてかな。モドちゃん、だよね?」

「わぁ、可愛いっ。お人形さんみたい!!」

「はイ。私がカボス部の最かわマスコットのモドでス。よろしくお願いしまス」

「なんだその挨拶は……」


 俺のツッコミは流され、バイト先輩二人との簡単な自己紹介が始まる。


 優男な男先輩、肆峰(よつみね)甚吉(じんきち)さん。元気で明るい女先輩、五波(ごなみ)ミントさん。


「おう! 俺は大伍(だいご)陸次(ろくじ)ってんだ。よろしく頼むぜ」

「よろしくお願いしまス」

「店長、モドには照れないんすね」

「ガハハ! そりゃお嬢ちゃんには照れねえよ! 俺はこれでもダンディなカレー屋で通してるんだぜ?」


 決め顔の店長には「ははは」と愛想笑いをしておく。

 テーブル席に降ろしたモドはミントさんに可愛がられ、不服そうにむっすりしていた。表情変化はないので雰囲気だけだ。

 緩い歓談もそこそこに、先輩二人には並んで座ってもらう。


 今さらだが、陽ノ崎は今日も私用でいない。この頃"大事な用があるので……"と申し訳なさそうにして部活には顔を出していなかった。俺のような患者でもあるまいし、彼女には彼女の日常があるのだろう。


「――俺からお渡しするのはこれです」

「「……手紙?」」


 隣にはモド。紫衣さんはカウンター席に座ってカレーを食べていた。もぐもぐしながらも、俺と目が合うと親指を立ててサムズアップしてくる。食べるかエールするかどちらかにしてくれ。


 俺の視線で察したのか、もぐもぐ美人は食事に専念し始めた。食べるのかよ……。


「ええ。……はい。手紙です」


 気を取り直して説明していく。

 遠く離れても、手紙であれば時間はかかるが届けられる。押し花でも、物の同封でも、それぞれが互いの近況、環境を伝えられるようにすれば手紙は色鮮やかになる。

 俺と紫衣さんが渡したレターセットは白地でシンプルなものだ。たくさんのモノを詰め込めるように枚数多め、文字を多く書けて、空白も多い紙を選んだ。


「押し花か……そうだね。手紙にはそういう種類もあったね」

「うんっ。兄さん絵描くのも得意だし、景色描いて送ってよ!」

「はは。ミントも送り直してくれるんだろうね?」

「え? あ、あははーっ。あたしは得意じゃないからいいかなぁー!」

「なら僕が日本出るまでに特訓しようか」

「そ、それは……う~ん。わかった! 頑張ってあげる! 兄さんのためなんだからちゃんと教えてよね?」

「ふふ。もちろんだよ。僕が一から十まで絵のいろはを叩き込んであげよう」

「うぐぐ……うぅ、頑張るぅー」


 本当に単純な案で、下手すれば二人が最初に思い浮かべたようなものかもしれない。でもそれでいいと思った。

 手紙には、文字にはそれだけの力がある。人の想いを込められる、とても大きなものだ。


 しばらく先輩バイト二人と話し、一緒にカレーを食べてバイトの話で盛り上がって、店長の新作カレーを皆で食べて品評会して、外で雪遊びして、寒くなってカレーを食べて……。


 夜も良い時間になったところで、今日の集まりは解散となった。

 モドを背負い、紫衣さんと並んで歩く。足跡が残る歩道を、雪に降られながら行く。


「火花君。五つ目のボランティアお疲れ様でした」

「? 四つ目じゃなくて?」

「ふふ、甚吉君とミントちゃんで二人分なので、今日で四つ目五つ目クリアです」

「まあ……なんでもいいんすけど」

「はいっ」


 遠く、駅が見える。ちらつく雪が光を飛ばし、きらきらと花火のように輝いて見えた。

 隣を歩く紫衣さんとの距離は近い。寒さのせいだろうか。冬服のせいだろうか。分厚い生地は互いの距離を誤認させ、生地同士が触れ合っていることを感じさせない。


「……」


 とくり、と心臓が鳴る。

 街灯に照らされた紫衣さんの横顔が綺麗で、大人びた表情は儚げで、雪のように溶けていなくなってしまいそうで。


 一瞬手を伸ばし引っ込めた腕は――。


「――時は有限ですからネ」

「っ」


 ぽそりと呟いたモドにより強引に伸ばされた。


「わ、火花君?」

「あー……」


 急に手を掴まれたからか驚いた顔で俺を見てくる。誤魔化しに頬を撫でようとして、両の手が塞がっているのに気づいて。浅く呼吸を整え自分を正当化する。


「や、寒いし。雪じゃないですか。手、冷えてるし」

「? えっと……」


 あまりわかってくれていない紫衣さんは、困った顔で自身の手と俺とを交互に見つめる。ひらひらと舞った雪が肌に触れ、純白を薄め消えていく。冷たさは感じない。

 かっと熱くなる頬を無視し、息を吐く。やけに白む吐息が宙に溶けた。


「……手、繋いでもいいですか?」

「――……」


 紫衣さんは目を丸くして、次第に頬を紅潮させていく。

 何か言いたげに口を開け、一瞬、ひどく悲しげな顔をして。すぐに花開くような笑みを浮かべて。


「ふふっ、ええ、構いませんよ。手、冷えちゃうと困りますからね」


 ぎゅっと俺の手を握ってくれた。

 ドキドキと跳ねる心臓は壊れてしまいそうな気がして、やけに熱い手は自分の体温なのか紫衣さんのなのかわからなくて……。

 先の紫衣さんの表情を思考から振り払い、二人手を繋ぎ歩いていく。


「……暑いの、俺だけですか?」

「安心してください。私もです」

「……手、離します?」

「だめです。火花君からお願いしてきたんですから、カボス部に帰るまでずっと繋いでおきます」

「そ、れは……望むところです」

「ふふ、ええ。離してあげませんからねー」


 不安や戸惑いは紫衣さんの体温が溶かしてくれる。

 考えるのはやめよう。モドが言ったように時間は有限だ。紫衣さんと……好きな人と共に居られる時間は限られているのだから、その間を目一杯楽しんで生きよう。せめて、"その時"を後悔しないように。





「――そういえば火花君。甚吉君とミントちゃんのご両親について、お話されましたか?」

「めっちゃ急っすね」


 空気の冷え込んだ冬の日。天気は晴れ。

 先日降った雪は既に溶け消え、いつもの日常が戻ってきていた。天気予報では今週来週と降りそうになく、クリスマスも晴れの予定だ。いつ雪が降るのかと楽しみにしている紫衣さんには言わないでおこう。


 時は夕刻。太陽は冬風に追い立てられるよう早々逃げていく。沈みかけの夕日が差し込む部室は淡く橙色に染まっていた。


「聞いていなかったと思いまして」

「そっすね。……聞きはしましたよ」


 じっと見つめてくる紫衣さんに、頬を撫でながら返す。

 確かにそう、聞きはした。皆が集まったあの日に詳しく教えてもらった。


「どうでしたか?」

「どうも何も……お金って言ってましたよ。紫衣さんも知ってるんですよね?」

「ええ、はい。火花君の口から聞きたいなと思ったんです」

「……はいはい。わかりましたよ」


 これも治療の一環ですね、とぼやきながら話していく。


 肆峰さんと五波さんの兄妹は、両親の離婚により国の内外へ別れる。 

 離婚の原因はお金だ。倒産とか詐欺とか事故とか、いくつかの不幸が重なって経済的ににっちもさっちも行かなくてなってしまった。父親の新しい仕事は海外であり、本来は一人で行く予定だった。


 夫婦よりも単身の方が経済的に楽だということで、離婚を決めた。

 父親は割と抜けているから一人は心配だと兄妹で話し、海外には兄が同行することとなった。それが別離の経緯だ。


 店長と同じで仕方のない別れだった。

 仲が良くても、愛があっても、離れなければならないことはある。状況が許さないこともある。そういう話。それだけの、話。


「……そんなところです」

「そうですか。……世の中、大変な人もたくさんですね」

「……そうっすね」


 歯がゆい。ぎゅっと拳を握り、ままならない現実に溜め息を吐く。

 別れなんてクソだと思っているのは変わらないが、当人同士の気持ちだけではどうにもならないことも多いのだと思い知った。


 皆、こんな思いをたくさんして大人になっていくのだろうか。大人は……すごいな。


「火花君」

「はい」

「火花君のご両親については、どうですか?」

「――――――ぇ」


 頭が真っ白になった。紫衣さんの赤茶色の――淡い紫の瞳だけが俺を見つめている。


 両親。両親?

 そういえば全然、いや今朝も普通に……普通に? だって二人の葬式に出た――葬式?


「――っ、ぁあ」


 ジリジリと世界が焼かれる。ひどい頭痛と、ノイズ塗れの視界。

 紫衣さんは、紫衣さんは……。


「……大丈夫そうですね」


 紫衣さんは泣きそうな顔で優しく笑っていた。

 どうしてそんな顔をするんだ、と。頭痛よりも、両親のことよりも、ひたすらに紫衣さんのことだけが気がかりで……。脳裏に焼き付いた表情の理由を、聞きたかった。

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