6. デートと依頼
☆
デート。
男女で出かければそれはもうデートだと言う人がいる。俺も昔はそう思っていたが、紫衣さんや陽ノ崎と出かけるようになって意見は覆った。
男女であっても、そこに"先生と生徒"や"先輩と後輩"のような関係が挟まるとデートではなくなるのだ。
「火花君! うふふ、デートですよデート!」
「……そっすね」
子供のようにルンルンとスキップする紫衣さん。それを見送る俺。
「え、えと。私がいても……いいのでしょうか?」
と、陽ノ崎。
「いいんじゃねえの。紫衣さんが楽しそうだからいいんだろ」
「せ、先輩は……いいん、ですか?」
「別にいいよ」
もう諦めた。紫衣さんに「デートしましょう」と誘われてから、ほんの数十分前までの俺なら……それなりには思うことがあった。俺とて健全な思春期男子だ。デートの単語一つにトキメキドキドキもする。
だが今は何もない。俺の心にあるのは空虚な穴だけ……。
「でも先輩……紫衣さんのこと、好き、ですよね?」
「う"ぇ!?!?」
「え、えへへ。先輩、驚き過ぎです」
「い、いやいや。俺が? 紫衣さんを?」
「はい。だって先輩、いつも紫衣さんのこと目で追ってるじゃないですか」
「そりゃおまえ……そりゃ…………」
……。え。俺、紫衣さんのこと好きなのか?
「……いや。先生と生徒だろ。そういう好きじゃねえよ」
「? 先生だからって恋をしてはいけない理由にはならないと、思います、けど……」
立ち止まり、見つめ合う。陽ノ崎は一切の動揺なく真面目な顔をしていた。
「……」
反論は見つからなかった。
親しい先生を好きになる。それはよくあることだ。まさか自分が例外であると己惚れるつもりはない。でも……。
「? 先輩。えと、どうかしましたか?」
「あぁいや。何も」
「でも……寂しそうな顔してました」
自分の顔を触る。ランランと一人先に行ってしまい、今まさに振り向いて早く早くと急かしてくる美人を見ながら苦笑いする。
そうか、俺は寂しそうな顔をしていたのか。
「この話はまたそのうちな。今は紫衣さんのところ行こうぜ。あの人こそ寂しがりだろ?」
「は、い……はいっ」
陽ノ崎と二人、子供のような大人美人の下へ急ぐ。紫衣さんは腰に手を当てムッとした顔で待っていた。
「まったく、勝手に迷子になろうとしないでくださいね、二人とも」
「紫衣さんが置いてったんですけど」
「迷子は皆そう言うんです」
「はいはい。わかりましたから行きましょうよ。今度は迷子にならないよう手でも繋いどきます?」
一応はデートという体裁なのだからと、軽い意趣返しも込めて言ってみた。陽ノ崎のせいでちょっと……いやかなり意識させられているのもあったかもしれない。まあ紫衣さんのことだから軽く笑い飛ばして――。
「――……えい!」
紫衣さんは妙に考え込んでから、ぺいっと手を取ってきた。ぎゅっと手のひらを合わせ握ってくる。ほんのり頬が染まっているのは照れているからだろうか。……俺も人のことは言えねえ。
「……い、いや。マジで繋ぎますか?」
「ふふーん、デート、ですからね! デートっぽく行きますよ! それとも何ですか? 私と手を繋ぐのは嫌ですか?」
「……嫌じゃ、ないっすけ、ど」
「ふふ、うふふ、ならいいです。さ、小冬ちゃんも!」
「えぅ、わ、私もですか?」
「はいっ!」
「わ、私はえとえと……ど、どちらに行けばいいんで、しょうか……」
俺が頑張って動悸を抑えようとして全然抑えきれていない間に、陽ノ崎がまごまごと視線を行ったり来たりさせていた。最後にぎゅっと目をつむり、そっと手を伸ばしたのは……俺の方だった。
「め、迷惑だったらすぐに離れるの、で……!」
「迷惑じゃねえけど……俺でいいのかよ」
「むしろ先輩がいいです!……えへへ」
幸せそうに笑まれたら何も言えなくなる。片手に先生、片手に後輩と両手に花だ。
「ふふっ、火花君、両手に花ですね!」
「今言わないでください。めっちゃ恥ずかしいんですから」
「うふふー、ほっぺた真っ赤ですねー!」
「え、えへへ。先輩、リンゴみたいですっ」
「……紫衣さんも陽ノ崎も似たようなもんだろうが」
「ふ、ふふ! 私はお姉さんだからいいんですよー」
「わ、私も後輩だからいいんですっ」
「どんな理由だよ……まあ、行きましょう。デートしますか」
「はーい!」
「は、はいっ」
色々と引っかかるものはあるが、紫衣さん発端のデートとやらは和やかに始まった。
ウインドウショッピングをして、食事をして、買い物をして、食べて、見て、遊んで。
デートスポットである屋外モールはデート初心者に最適だった。飲食店があり、生活用品店は網羅され、軽食を取れるキッチンカーすらもいくつかある。
途中から頻りに「家族とお別れする時に渡すプレゼントはどんなのがいいですかねー」とわかりやすい棒読みが聞こえてきたので、ちょっと呆れてしまったが。まあ、そんなところも紫衣さんの可愛いところなので華麗にスルーしておいた。
一通りデートコースを回った後。「少しだけ、二人っきりで気持ちを確認してみてください」と告げた陽ノ崎のせいで、俺と紫衣さんは本当のデートらしく二人っきりにさせられた。
紫衣さんは「小冬ちゃん遅いですねー」などと呑気に呟いている。
「紫衣さん。陽ノ崎戻るまで座って待ってましょう」
「ん、そうですね。はいっ、行きましょうか」
スッと差し出してくる手に自分のそれを重ねる。この数時間で手を繋ぐことへの抵抗がなくなった。むしろ当たり前に求めてくる仕草を嬉しく感じる自分がいる。……確かに陽ノ崎の言った通り、俺は紫衣さんに好意を抱いているようだ。
階段を下り、丸型ベンチに腰掛ける。縦長広場には小川が流れており、人工的な景色ながら不思議と落ち着く雰囲気が漂っていた。
「……」
そっと隣を窺うと、繋いだ手に目を落として嬉しそうな悲しそうな、何とも言えない愁いを帯びた表情を浮かべる紫衣さんがいた。
この人は、時々こんな顔で俺を見る。どうしてと思う一方、他人のことは言えないなとも思う。俺だって今似たような顔をしているのだから聞けるわけがない。
"好意を伝えられないことが物悲しくて"、なんて言えるわけがないのだ。
はぁと胸の内で息を吐き、気持ちを切り替える。甘い気持ちは胸に仕舞っておこう。紫衣さんと俺はカウンセラーと患者。先生と生徒。姉と弟……は違うか。それくらいの関係でいい。充分だ。迷惑なんてかけられない。
「紫衣さん」
「はい?」
ぼんやりしていた赤茶色が俺に向けられる。本当に、綺麗な人だ。
「プレゼントって、離婚相手に渡すやつですか?」
「あら、えっと、な、何のお話でしょうか?」
「そういうのいいっす。露骨すぎて気づかない方がおかしいですよ。めっちゃプレゼント案求めてたじゃないですか」
「あー、あははー。……はい。ごめんなさい。で、でもですね? 大事なことなんです!」
「わかってますよ。俺のためでしょう?」
「……はい」
しょんぼりと肩を落とす美人だ。子犬みたいな人だな。愛くるしくて喜怒哀楽激しくて。わかりやすくて大変助かる。
「……怒ってます?」
ちらちらと上目遣いで見てくる。首を振った。
「いや別に」
「でも……私を信じてもらうためのデートだったのに……」
「紫衣さんのことは最初から信じてますよ」
「そ、そうなんですか?」
まん丸に目を見開く紫衣さんに苦笑した。まあ、言ってなかったからそりゃそう思うか。
「はい」
「じゃあデートしなくてよかったじゃないですかー……」
「してよかったですよ。手も繋げましたし」
軽く繋いだままの手を持ち上げると、ほんのり頬を染めて目を逸らす。そう意識されると俺の方まで気になってきてしまう。少しだけ、顔が熱く感じた。
「そ、そうですね! えっと……火花君に別れが必要なこともわかってもらえました?」
「それは意味不明ですけど……まあ、理解はしました。納得できなくても、紫衣さんを信じてみますよ。あなたは俺の……カウンセラーですから」
デートに誘われた時は、正直俺も動揺していて冷静じゃなかった。紫衣さんが全部わかっていて俺を別れに引き合わせようとしていることに、変な裏切りのようなものを感じてしまったのだ。
時間が経てばそんなこと被害妄想が過ぎると自己嫌悪したし、今日のデートのおかげで紫衣さんへの好意を自覚できたし……この人が、ちゃんと俺のことを見てくれていると改めてわかった。わからされた。
手を繋いでいるだけで何がと言う人もいるかもしれない。けど、手を繋いだ相手から伝わる様々な感情には言葉で言い表せない何かがあった。それこそ、これで信じられないのはよっぽどのひねくれ者か性格捻じ曲がった輩かというくらいに。俺はそこまで腐ってはいない。
「――うふふ、火花君は、火花君ですね!」
「なんすかそれ。俺は俺ですよ」
「ええ。知ってますよー。ふふふーっ」
急にご機嫌度が上がった紫衣さんは、何が楽しいのか繋いだ手をにぎにぎとしてきた。ドキドキするからやめてほしい。が、そんなことは口に出せず。
「ふふ、むっふふー!」
ニコニコと笑う紫衣さんに付き合うしかなかった。
その後さらに五分ほど経って、ようやく陽ノ崎が戻ってきた。
合流してすぐに紫衣さんのご機嫌度と俺の疲労度を悟ったのか「……エッチなことはしていませんよね?」と耳打ちしてきたので、「むっつりかよ。するわけねえだろ」と軽く耳を引っ張っておいた。涙目は無視だ。
紫衣さんからプレゼント話のネタバレがあるとのことで、場所を移し小洒落たカフェへ。テーブル席に先生一人と生徒二人の組み合わせで座った。
向かいには紫衣さん、隣に陽ノ崎がいる状況は地味に新鮮でおかしく感じる。
今日のカボス部、始まりである。
「――そこの火花君!」
「お、おう」
「今、"モドちゃんがいないぜ……"と思いましたね?」
「いや別に」
「思いましたね?」
「……はい」
何も言うまい。というか今の俺の真似か。そんな気障な言い方してねえだろ。……ないよな?
「モドちゃんは私の携帯端末から映すのでカボス部は勢揃いですよ」
コトッと机に置かれた携帯からホログラムが浮かぶ。部室のモドが人形フェイスで座っていた。無言である。
四人揃ったところで、改めてと紫衣さんが口火を切る。
「火花君のカレー屋さんには、二人のアルバイトさんがいます」
「急っすね。いますけど、それが? 店長と関係あるんですか?」
「実は今回のボランティアには二つの依頼が絡んでいるんです」
「二つ!?」
「ふ、二つですか……?」
ふふんと胸を張って指を二本立てる。作ったピースをちょきちょきしている。子供か? いや大人だ。
「一つは店長さんの離婚話です」
「それは知ってます。何するかは知らないですけど。プレゼントですか?」
「違います。そちらは店長さんの愚痴に付き合うだけの簡単なボランティアです」
「思ったよりすげえ俗的な理由でボランティア募集してたのかよ、あの店長……」
今までのボランティアとは比較にならない雑さだった。
「そしてもう一つのボランティアは、アルバイトさんお二人のご両親が離婚される際に贈る……互いへの贈り物選び?です」
「また離婚かよ」
「です」
「……当人同士じゃないなら、また会えばいいんじゃないっすか」
「国外です」
「……そりゃ無理っすね」
さすがに国を跨いじゃ気軽に会ったりはできないか。
「え、えと、電話やメールは、だめなんでしょうか?」
「海外へ行く子――兄の甚吉君は電波の届かないところで暮らすそうです」
「またすごいところ行くんですね」
「ね。すごいですね」
陽ノ崎と紫衣さんが「かっこいいお名前です、ねっ」「妹ちゃんはミントちゃんって言うんですよ!」「可愛いです……!」「ふふー、二人とも良い名前ですねー。小冬ちゃんもとっても可愛い名前ですよ!」「わ、私はそんなっ……え、えへへ。紫衣さんもとっても可愛いお名前ですっ」と、女子っぽいトークを繰り広げている傍ら、少々居心地悪くも俺は瞑想に入る。
ボランティアは真面目にやろう。
「――」
電波の届かないところ。そうそう会えない相手。当人同士の関係自体は悪くない。親は……。
「紫衣さん、聞きたいんですけどいいですか?」
「ふふん、構いませんよ。先生がなんでも答えてあげます!」
「じゃあ遠慮なく。肆峰さんと五波さんの両親って仲悪いんですか?」
「悪くないですよ。とっても仲良しさんです」
「……そっすか。店長みたいなアレですか」
「はい。店長さんみたいなアレです」
「えと、あの、アレじゃあんまりわからないです……」
離婚話についての説明は紫衣さんに任せ、俺は再度思考の海に落ちる。
そもそも、バイト先輩二人は名字が違うので他人だと思っていた。しかし普通に兄と妹だったようだ。肆峰さんが甚吉君で五波さんがミントちゃんらしい。
命名についてはさておき、兄妹の仲も両親同士の仲も悪くないと言う。
それでも離婚するのは……何か、大人の理由があるのだろう。店長もそう言っていた。「愛し合っていてもなぁ。どうにもならねえもんが……世の中あるんだぜ。ままならねえもんだよなぁ、ったくよぉ……」と、寂しそうに笑っていた。
納得はできないが、理解はした。
そういうこともある。ある、らしい。
「……ふぅ」
沈みそうな気分を引き戻す。考えるべきは贈り物。
仲の良い家族へ贈る何か。二度と会えないわけではないが、気軽に会えず、話すこともできない。俺なら……。
「「手紙」」
「……陽ノ崎?」
「せ、先輩……?」
声に出したタイミングは陽ノ崎と同じで、台詞もまた同じだった。妙に気恥ずかしくなる。
「うふふ、仲良しですね。モドちゃん。何か案は思いつきましたか?」
『手紙、となればボイスレターはいかがでしょうカ。人はまず声を忘れると言いまス。であれバ、大切なものを忘れぬように声を届けるのは良いことかト』
「ボイスレターか。……悪くないな」
「素敵、ですっ。声を届けるのは……良い案だと思います」
これもう決定だろうと陽ノ崎と二人キャッキャする。
「残念ですが、甚吉君は録音のための保存ディスクを保持できる環境にいません」
「いやそれは……USBくらい持てますよね?」
「余分な物は持ち歩けない環境です」
「極寒の地か海上か何かですか……」
ふふりと意味深に笑われた。正解らしい。海外にしては過酷過ぎるだろ、肆峰さん……。
「えと、振り出し、ですね……」
「だな。ただ手紙ってのはアリだと思うぜ、やっぱ」
「はい……」
話は戻り、四人でああだこうだと話し合う。海なら釣竿だろうとか、山にも行くなら杖だとか、寒いなら防寒着とか。果ては携帯食料はどうかと、本来の趣旨からどんどん離れていく。
最終的に全部戻って、やっぱり手紙で決定となった。手紙は手紙でも、趣向を凝らした特別なものにすれば良いとの答えだ。
「――決まりですね! お手紙ごとにその土地所縁のものを同封する……ふふ、小冬ちゃんの素敵アイデア採用です!」
「俺もヒント出したんすけど」
「うふふー、わかってますから拗ねないでください」
「別に、拗ねてはないっすけど……」
「えへへ、先輩、顔赤いです」
「赤くねえ」
『液晶越しに火花の色彩変化を確認。体調不良ですカ? 火花』
「違えから」
女子三人対男一人は多勢に無勢だ。適当に話を逸らし、さっさと進める。
この会議……というより、カボス部の話し合いは落ち着いた。紫衣さんからボランティアについての説明は受けたし、そのボランティアのためにするべきことも決まった。
一つ目のボランティア、カレー屋店長バイトは今後もバイトを続け愚痴を聞き店長に付き合えばいい。
二つ目のボランティア、兄妹お別れプレゼントは手紙を見繕えばいい。
「んで、だ。紫衣さん、バイトの二人には俺が言えばいいんですか?」
「はい。話自体はあちらにも通っているので、時間を合わせて渡してください」
「了解」
話を終え席を立つ。
モドは省エネモードに入り、陽ノ崎は「私も、えと、用事ができたので失礼しますっ」と言っていなくなってしまった。露骨に俺を見て「頑張ってくださいっ」とウインクしてきたのは……何も言うまい。後輩なりの善意だろう。
紫衣さんと二人、手紙探しと歩き始める。
「火花君はどんなお手紙が良いと思います?」
「どんなでしょうね。さっぱりっす」
「私もです。一緒に考えましょうね」
「うっす」
自然に俺の手を引き始めた紫衣さんに、気恥ずかしさと嬉しさと、苦みのようなものがこみ上げてくる。
目を輝かせて歩く紫衣さんは子供のようで、けれどその姿形はしっかりとした大人で。この人の本当はいったいどちらなんだと思う。すぐに、自分と彼女の関係性を思い出して"大人"だと決める。決めるも何も、先生だし大人だよ……。
「火花君、二人っきりのデート再開なので、どうせならデートらしいこともしましょうか」
「――……そういうの、意識してたんですね」
横顔に見惚れていた自分を振り捨て、紫衣さんの言葉に惑う。
「ふふっ。お姉さんですけど、女の子ですからね。私」
からかい混じりに笑う姿は確かに"お姉さん"のそれで。なのに頬を染めた表情は"少女"のようで。ちらりと繋いだ手に落とした視線が"手を繋ぐ"という行為そのものに向けられていると悟る。
急速に熱くなる顔をどうにかしようと、今度は紫衣さんを引く形で前に行く。
「……知ってますよ。紫衣さんはお姉さんで大人で、カウンセラーで、女の子でしょう」
「うふふー」
子供なのか大人なのかわからない美人は、心底楽しそうに笑っていた。
俺の心臓の音が繋いだ手から伝わらないようにと、馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「? ふふん、何ですか? 私に見惚れちゃいました?」
「それはいつもなんで今さらっすね」
「そっ……そういう台詞はデートの時は禁止です!」
「はは。何でですか。照れるからですか?」
「そ、そうですよ? 文句ありますか!」
「……いや、別に。なんでもないっす」
「あっ、もう早歩きしないでください。――はっ、火花君照れてますね? 顔赤くなってるんですね?」
「ノーコメント」
「なら顔見せてください。私も見せてあげるのでお相子ですよ!」
「ノーフェイス」
「なんですかノーフェイスって。中途半端な芸名みたいなの似合わないのでやめた方がいいですよ?」
「急に辛辣っすね……」
他愛ない会話が楽しくて、一緒にいる時間が嬉しくて。
毎日同じような会話をしているのに、"デート"と決めて手を繋いで歩いているだけでとても新鮮だった。
陽ノ崎の言うことすべてを信じるつもりはない。俺だって俺自身のすべてを信じ切れていないのだから、容易く鵜吞みにはできない。でも。
「……はぁ」
「むむ、溜め息ついてどうしました?」
「なんでもないです。手紙どうするか考えてたんですよ」
「そうですねぇ……じゃあ私たちも兄妹の立場に立ってみましょうか!」
「紫衣さんお姉さんなんで、姉と弟ですよね?」
「……今回だけ妹になってあげます!」
「遠慮します」
「どうして――なるほど」
「そのなるほどは嫌な予感しかしないので何も言わなくて」
「つまり火花君は姉フェチなんですね!」
「言わなくていいって言ったのに!!」
「うふふふ、聞こえませんでしたー!」
ニッコリと笑う紫衣さんを見ながら再びの溜め息を吐く。
どうにもやはり、俺は紫衣さんのことが好きらしい。