表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第3話 続・吸血鬼、隣人の世話になる

「……シンク」

「ふふっ、一缶だけ」

「なんか得意げに笑ってるけども」


 いつもの缶ビールを楽しもうとするシンクに、ツムギは唇を尖らせ抗議する。

 ツムギは、シンクがビールを飲もうとすると度々、こうして拗ねた態度を見せる。


 理由は単純。

 ツムギはまだ高校生でお酒が飲めない。

 だから、自慢されているようで気分が良くないのだ。


「飲んだくれ」

「失礼な。わたしはただビールが飲みたいんじゃない。いかにして最高の一杯を味わうか! 常にそれを追い求め、探求しているのさ」

「でも、今はおつまみなんてないじゃん」

「ふっふっふっ、ビールの味わいを高めるのは、何も食べ物だけじゃないよ」


 シンクはニヤッと笑い、ビールを持った手でツムギを指さす。


「言うなれば、今夜のオカズはツムギさ」

「はあっ!?」


 シンクの意味深な発言に顔を真っ赤にするツムギ。

 夢も広がる、知識も広がる高校一年生。たとえイマドキファッションで全身を武装したギャルと呼ばれる生態を取っていても、まだまだ育ち盛りで色々多感なお年頃である。


「な、何言ってんのさ……!?」

「つまり、わたしの為に料理を作ってくれている女の子の背中を眺めながらの一杯! ……って感じ?」

「……いや、マジで何言ってんの?」


 そんなのを眺めて、どうしてビールが美味しくなるのか。

 ビールを飲まないツムギはまったくピンとこない。


 とはいえ、シンクからしてもどこから仕入れたか分からない謎知識だ。

 それでビールが美味しくなる保証などまったく無いのだけれど。


「んで、ツムギさんや。いったいどんなお料理を作ってくれるんかえ」

「……ありものでだけど」


 殆どビールが詰められているばかりの冷蔵庫からなけなしの食材を取り出しつつ、ツムギはレシピを組み立てる。


「ペペロンチーノ、かな」

「ペペロンチーノ!」


 悠久の時を生きる吸血鬼。

 たとえ天敵のにんにく料理であっても当然知ってるか、とシンクは納得する。


「なんかエッチな響きだよね」

「……下品」


 しかし考えをすぐに改めた。

 悠久の時を生きようが、所詮酔っ払い。知能レベルは小学生をも下回っている。


「つか、シンクは食べたことないの? 結構メジャーなパスタ料理だと思うけど」

「どうだったかなー」


 惚けているのか、本気で覚えていないのか。

 分からない程度にふわふわした声で笑うシンク。


 シンクはあまり過去のことを話したがらない。

 ツムギにはそれも不満だった。


 別に聞き出してどうこうしようというんじゃない。ただ、知りたいだけなのだけれど。


「にんにく多めにいれてやろ」


 ツムギはムッとしつつ、さっさと料理してしまうことにした。

 まずはパスタを茹でるために、鍋に水を入れ、塩をひとつまみ加えた後、火に掛ける。

 そして次に、にんにくの皮を剥ぎ――。


「ちょっと待った」

「ひゃっ!? なにすんのさ、危ないから!?」

「だいじょぶだいじょぶ」


 包丁を手にしたツムギの腕を後ろから掴むシンク。

 体格の似通った二人だから、一見仲睦まじげな姉妹にも見える。

 人間と吸血鬼という種族に当てはめれば、今にも吸血しそうな距離感ではあるが。


「皮を剥くなら良い方法があるよ」

「え、なに?」

「ふふん。任せてごらん」


 シンクは得意げに鼻を鳴らしつつ、指をパチンと弾く。


――シュバッ!


 直後、まな板に置かれたにんにくの皮が剥げ、つるつるの鱗片が力なく倒れる。

 先の、征魔血界の領域下で見せた技、その応用版。曲芸と言ってもいい。


 以前のそれとは殺傷性という面で違いがあるし、領域も広げていない。

 ただ、ほんの少し空気の流れを弄くって、風の刃を作り出した程度のこと。

 さらに先の反省を活かし、皮をただバラバラにするのではなく、非常に細かく刻み、万が一口に入ってもあんまり気にならないようにする。


 下手をすれば傍にいるツムギを傷つけかねない行為ではあるが……そんな間抜けなミスは犯さない。

 この程度シンクになら、仮に酒樽に頭から突っ込んでブレイクダンスを踊っていたとしても問題無くこなせるのだ。


「こわ……」


 もちろん、人間の領域で考えれば、ファンタジーもいいところだが。

 突然外皮を失い素っ裸になるにんにくを見て、ツムギはリアルに引いていた。


 彼女が腰を抜かして泡を吐かずに済んだのは、既にシンクというファンタジーを現実として受け入れ終わっているからに他ならない。


「どう? 細かい皮むきとか面倒でしょ?」

「にんにくが皮むき必要っていうのは知ってるんだ」

「博識だからね」

「…………」


 これは人間の領域でも、ドヤ顔するほどの知識ではない。


 ツムギはシンクを無視しつつ、料理を続けることにした。

 まずは、なんでか分からないまま丸裸になったにんにくをみじん切りに。

 そして、フライパンにオリーブオイルを注ぎ、弱火にかけ……暖まったところで刻んだにんにくと、唐辛子を投入する。


 ペペロンチーノ。

 正式名称は、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ。

 日本語に直せば、にんにく・オリーブオイル・唐辛子、である。


 ちなみに、オリーブオイルは以前ツムギが料理に使い、そのまま置きっぱなしになっていたもの。

 唐辛子は、シンクがおつまみ代わりにそのままパリポリ囓るのに買ってきたもの。

 そしてスパゲッティは……なんかよくわからない内に戸棚の奥にあったやつだ。


 ツムギには当然心当たりが無い。

 それとなくシンクに聞いてみても、当然ピンともきていない顔を返される。


(……まあ、いっか)


 ツムギはこれについても、やっぱり深く考えないことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ