2話 かわいい妹との出会い
「どういうこと? まじでありえない!」
やらかしてしまった。面識の無い女子大学生の部屋に入っている。これだけでも十分やばいっていうのに、さらに勝手にタンスを開け下着を取り出していると来たら、どんな心優しい人でも間違いなく怒り狂うだろう。
「ちょっとそこに三人とも正座しないさい!」
普通は恐怖の方が勝ってまずは部屋から出すと思ったのだが、俺達を服装や身長から年下だと判断したのか、ただお姉さんの気が強いのかは分からないが、俺達三人はお姉さんの前に正座した。
「蓮。まずはどういうことか説明してもらおうか。あと、そこの人はなぜ私の下着を持っていたのかな?」
お姉さんはネズミを狩る猫のような鋭い眼差しで木村を睨みつけ、口を開いた。
一応大学生ということで言葉遣いはしっかりとしていたが、溢れ出る怒りのオーラは俺達三人を恐怖へと導いた。
「あのな姉貴。こいつら二人が姉貴の部屋を見たいって言うから、しょうがなく……入れてやったんだ……」
「ふーん。それだけで姉の許可なく勝手に見知らぬ男を入れたんだ。でも、入りたいって言ったのはあなた達だよね?」
最初は弟である平田蓮に矛先が向いたが、あいつは正直何も悪く無い。それに気づいたお姉さんは馬鹿そうな木村ではなく、未だ一言も発していない俺に矛先を向けてきた。
「本当にすいません。お姉さんの部屋に入らせてと頼んだのは俺です。バレなければ大丈夫だろうと、軽率な気持ちで頼みました。平田は何も悪くありません」
この状況に対し、俺は素直に謝ることにした。誰が悪い? となれば100パーセント俺と木村が悪いため、言い訳を考えるまでもなく謝罪の言葉がでてきた。あと、中三でありながら惨めなことをしたなと、ふと我に返って思ったからだ。
「中学生でしょ。もう少し大きかったら流石に警察に通報してたよ。次からは絶対にしないように」
若干頬を緩めながらお姉さんはこう言った。
流石大学生だ。こんな自分勝手なことをしたのにまだこちらを気にかけてくれている。もう絶対にこのような過ちを犯さないよう自分に言い聞かせて、若干空気が緩くなっていた頃、忘れていたあの件の話が俺の耳に聞こえて来た。
「それで。下着の件はただじゃすまないけど」
「すまない姉貴。こいつ本当にバカで……」
緩まった空気はお姉さんの発言で再び凍りだした。部屋に入った件は大目に見て貰えたようだが、こちらが下着を取り出したのは事実なのでどうしようもない。
「本当にありえない。小学校中学校で絶対にやってはいけないラインくらい学ばなかった?」
「すいませんでした……」
これは木村の自業自得だ。ここまではしゃがなくてよかったーと思ったのもつかの間。
お姉さんの鋭い瞳はこちらに向けて来た。
「あなたも……見たのよね……」
「注意する時に少しだけ……すいません」
その言葉を発するお姉さんの頬は一面赤く染まっていた。
なんと今度は恥ずかしがりながらこちらへ話しかけてきた。当たり前だろう。むしろ最初に下着が見えた時、恥ずかしがらなかったのがおかしいくらいだ。それよりも怒りの感情が勝ったのだろうか。
「あなた達二人とも見たなら共犯よ! もういいから出てって! 嫌い!」
ついに退場のホイッスルが鳴った。一人の女性の心を傷つけたことを悪いと思いながら、こんなにも美人な女性に嫌いと言われるのは少し心にくるものがあった。
もうこんな事があったわけだし、お姉さんとは今後一生会わないだろう。正しくは、俺なんか一生会いたくないと思われただろう。
お姉さんが叫ぶように忠告した後、俺と木村は少し頭を下げ、罪悪感に包まれながら雨上がりの晴れた道を歩いて帰った。
その翌年の四月、無事に俺は第一志望の高校に入学した。平田と木村とも一緒に入試を受けたが、無事に平田は合格。ろくに勉強してこなかった木村は落ちた。一緒の高校に行くのに、中学からの友達は平田だけになり少し不安だった。
ただ入学したはいいものの、その年は特に大きな出来事もないままあっという間に過ぎ去った。
強いて言えば、平田に彼女ができたことだろうか。あいつは俺とは違い、スポーツ出来る系の男だったため、野球部では一年生唯一のスタメンとして試合に出場していた。そんな奴は勿論彼女ができ、一年中彼女の自慢話を聞かされる羽目になった。
そして今日から高校二年生だ。俺もなんか特技があればなー、なんて考えつつクラス替えで名前が書かれていた教室へ向かう。どうやら平田とは同じクラスのようだ。一年の時は違うクラスだったため、気軽に話せる奴がいてホッとした。
初日はそのクラスの学級委員長決めや、委員会決めがあった。
俺の通っている学校は全員委員会強制参加のため、何かしらやらなければならない。勿論大変な仕事から、二か月に一回仕事するかしないかの楽な物まである。
一年の時は環境委員で、毎朝三十分早めに登校して花に水やりをしたり、花壇の草抜きをしていたため、今年はできるだけ楽なものがいい。
ただ楽なものはどんどん埋まっていき、じゃんけんもする気のない俺は、週二回朝と昼休みに図書室で貸し出しを行う図書委員に目を付けた。これなら本を読んでるだけで良さそうだし、まあ悪くないだろう。
こうして俺は図書委員になった。
一週間後、今日が図書委員の初めての仕事の日だ。どうやら各クラス二人いる図書委員の中、学年性別一切関係なしのランダムに二人当番が組まれ、さらに朝か昼か、曜日もランダムに決まるらしい。
そして俺は両方とも昼休みの当番に決まった。朝早く登校しないでいいため、これは嬉しかった。
あとは当番のもう一人だが、担当の先生からは曜日と時間だけで、他には何も聞いてない。
俺は別にコミュ症ってわけではないが、初対面の人と密接された空間で二人というのは流石に緊張する。
そして俺は心臓の鼓動を早めながら図書室のドアを開いた。するとそこには黒髪で整えた形跡が見られる綺麗なショートヘアの女の子が本を読んでいた。
「あっ。こんにちは! 私は一年の平田ありすと言います。笠井直人さんですよね。よろしくお願いします!」
驚いた。全く知らない女の子が俺の名前を知っていたのだ。俺はとっさに聞き返す。
「ああ、よろしく。ところで君、なんで俺の名前を知っているんだ?」
「あれ、私のこと聞いてませんか? 笠井さんの友達である平田連。あれは私のお兄ちゃんです! 兄からは笠井さんのお話をいっぱい聞いてましたよ?」
全てが繋がった。まさか、平田はお姉さんの次は妹まで隠していたとは。まあ、あんな事件があったから隠すのは当然か。でも一つ年下ってことは、中学も同じだったっていうことだよな。なぜ気づかなかったかは自分でも謎だ。
彼女は図書室に着いた際、当番表で俺の名前を見て気づいたようだ。
「まあでも、平田の妹となら気軽に話せそうで良かったよ。なんで平田は図書委員にしたんだ?」
「私も知っている方でよかったです! ところで笠井さん」
「なんだ?」
「私のことを平田と呼ぶと、兄との区別がつかなくなるのでは?」
「まあ確かにそうだな。でもいいだろ」
「いえダメです! 私を兄と同等に扱わないで下さい……」
照れくさそうに言う彼女の頬は赤めいていた。
「じゃあなんて呼べばいいんだ?」
「そうですね……それでは、『ありす』とお呼び下さい!」
友達の妹だが、実際に会うのは初めてだ。なのに彼女は初対面からぐいぐいくる。
「えぇ……」
「先輩なんですから何も気にすることありません。さあ直人さん、私を呼んでみて下さい!」
いつの間にか彼女が俺を呼ぶのも直人になっていた。距離の詰め方が上手いというか、何というか。
「ありす……」
「ふふふ。直人さん耳とほっぺた赤すぎ」
こんな時に最悪だ。名前を呼ぶだけで緊張してしまい、耳どころか頬まで赤く染まっていたらしい。
「私、直人さんとは息が合いそうです!」
後ろで手を組みながらそう言うありすの破壊力は半端じゃなかった。
ただ、付き合いたいとまでは思わなかった。この時は。