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【外伝】異世界私立探偵 〜 厄災の魔女篇 〜  作者: もちこみかん
Season 1 プロローグ 「目覚め The Big Wake-Up」
2/15

Scene-2 / ライセンス

 私は、崖にできた裂け目にたどり着いた。

 裂け目は上から下まで続いていた。中は暗く、奥にも裂け目が続いていて、どこまで続いているかは見えない。

 その裂け目に身体を滑り込ませ、空を仰いだ。クレバスからかすかに見える空は細長く、青かった。

 肩で呼吸をしているせいか、空が揺れている。

 クレバスの中は、冷たい風が吹いているようだった。裂け目の奥から微かに風の音が聞こえる。

 私は左手を眺めた。薬指と中指の爪が剥がれかかっている。出血はほとんどしていないようだ。

 森の獣たちが騒がしく鳴き声を上げるのが、遠くから聞こえた。

 自分の呼吸音がやたら大きく聞こえる。足元は脆く、いまにも崩れそうだが、肩幅ぐらいの平らな部分があり、それが奥に続いていた。

 私はゆっくりと、足元を確かめながら、前に進んだ。

 次第に光が届かなくなる。

 森の喧騒は聞こえなくなり、やがて私の息遣いだけが世界を支配した。

 この裂け目の中には生き物の気配はしないようだった。風以外の気配を何も感じない。


「禅だ。禅でいこう。」


 私は呟き、目を閉じた。腹式呼吸を意識し、100から数字を逆に数える。意識的に強張った身体の筋肉を弛緩させた。

 左手の指先、右手の指先、左手の手首、右手の手首、左腕の二頭筋、右腕の二頭筋。

 心臓から遠い順に筋肉を緩め、まるでそれが自分のものではなくなったように想像しながら、重い、石の塊になったようにイメージする。全身が銅像にでもなったかのように考えるようにした。

 100から数えた数字は0になった。更に1000から数字を逆に数えるようにした。

頭の中を無にし、数字を数えることに集中する。


 どれぐらいの時間が経過しただろうか。

 私は自分の中にある呼吸だけを見つめ、無意識の奥に潜るようにした。五感が心から離れていく。時折意識は浮上し、ぼんやりとした肌の感覚や、遠くに聞こえる風の音を感じた。

 無意識に潜り、時に意識が微かに覚醒し、また無意識に潜るという作業を繰り返した。幾度か作業を繰り返し、覚醒が強くなったタイミングでゆっくりと指先を動かした。心臓から遠い部位から順に意識を向け、指先、手のひら、肘、肩と、ゆっくりと動かす。しだいに身体の感覚を取り戻した。

 暗闇にすっかり慣れた私の目は暗いながらも周囲の様子を確認できた。

 下はどのぐらいまで裂け目があるのかは確認できない。

 一度足元がくずれそうになり、大きめの石が落下していったが、ずいぶんと長く岩肌に繰り返し衝突するような音が聞こえた。

 外から見える崖の高さより、もっと裂け目の底は深いのかも知れない。

 私は裂け目の奥から、入り口にゆっくりと戻ることにした。

 裂け目の入り口には陽が入り込み、十分に明るい。陽は少し傾き始めてきたようだ。

 岩陰から外の景色を眺めた。


 空を舞う獣の姿はそこにはもう無かった。

 美しい原生の森が眼下に拡がっていた。どうやら丘陵の中腹に居るらしい。遠くまでなだらかに下る斜面とともに森が拡がっている。

 確かではないが、森が切れているように見える箇所もあり、川があるのかもしれない。

 遠くには大小様々な起伏や山も見て取れる。

 大気が澄んでいるのか、地平線の際に浮かぶ山々を鮮明に見ることができる。

 太陽は、、それが太陽なら、陽は沈みかけていた。


「ここはどこだ?」


「俺は誰だ?」


 私は自分の身体を確かめた。

 トレンチコートを着ており、その下には濃紺のスーツ、革靴という姿だった。

 左胸のあたりには、トレンチコートから上着、シャツ、肌着に至るまで、同じ位置に鋭利な刃物で刺したためにできたような裂け目、切れ目があった。肌着とシャツには赤黒い大きな染みができている。

 血はすでに乾いているようだ。

 不思議なことに、左胸には傷は見当たらない。衣服に染みた血液の量と、切り裂かれた布地の状態から考えて、私の身体のどこにも傷口が存在しないのは不思議だった。

 持ち物を確かめた。銀色のシガレットケースが一つ。ケースを開くと整然と並んだタバコ、そしてマッチ箱、スミス&ウエッソンモデル10、ハンカチーフ。革製のの財布を見つけた。

 財布には紙幣と数枚のカードが入っていた。

 一枚のカードには顔写真が貼られ、上部には

「Private detective State of Los Angeles」

と書かれている。


「なるほど。私立探偵。」


 ライセンスの期限は1951年と記載されている。

 カードは古びた様子はなく、真新しく見える。まだ期限内だろう。

 どうやら、私の職業は私立探偵のようだ。

 ライセンスカードによれば、名前は「ジェームズ・ハートリー」だ。

 だいぶ前進だ。

 写真には、はっきりとした輪郭の白人の顔が写っている。鋭い目つきをしていて、堅気と考えるには無理があるようだ。


「さて、ジェームズ君、どうするかね?君はどうやら、自分に関する記憶が無いらしい。」


 私はカードに挟まれ、居心地悪そうにしている顔写真に向かって喋りかけた。


「しかし、君は自分が何者であるかに確信を持っているよう顔に見えるね。

眉根に刻まれた皺、脛骨から顎までのラインが意思の強さを伺わせるね。

いったいぜんたい、君はなんの事件に巻き込まれたんだい?

君は、ここにある草木に見覚えがないようだね。生き物にも見覚えがないようだ。

自分の名前も確かではないだろう?

過去の出来事が思い出せない。しかし、生活習慣などは覚えているようだ。

一時的な記憶喪失ということかい?」


「これからどうするかね?

人里があるようには見えない。

見た限り、村も街も何も見えなかった。

誰かの助けを呼べるようではない。

いや、仮に誰か、人と会うことが会っても、その人物が的か味方かさえ区別ができない。

だいたいここがどこだかわかっているかい。

森には危険な獣も居るようだ。

これからどこへ行くんだい?

計画はあるかい?

生き延びることができるのかい?

・・・・・

君は動揺しないね。

その何かを確信したような表情を崩さないようだ。

どういう神経なんだい?」


 私は写真をしばらく眺めていた。

 写真は何も答えなかった。

 私立探偵である私の鋭い尋問にも何も答えようとしない。立て続けに質問を繰り返し、同様を誘ったつもりだが、墓石のように落ち着いている。

 ピクリともしない。

 タフな男だ。

 私は肩をすくめた。

 指先でカードを軽く弾き、財布にしまった。

 財布を内ポケットにしまった。


 私は深く深呼吸をし、岩陰から森を再び眺めた。

 美しい景色だった。


「Uh-huh。森が拡がっている。

美しい森に見えるが、見たこともないような樹木、草木や花々だ。

水があるのかどうか、食べれる食物があるのかどうか。

・・・

炎を操る獣だとか、空を飛ぶ獣だとか、、

・・・

もう一度言うよ、ジム、君には危険な森のようだ。

いったい、全体、どうしたらいいんだい。」


 シガレットケースを開き、一本のタバコを取り出す。

 瀟洒なマッチ箱から、長く細いマッチ棒を取り出した。

 マッチを擦り、微かに火薬が弾けるような音、焦げた匂いを一瞬だけ愉しむ。

 咥えたタバコの先に火を近づけ、息を吸い込み、肺にニコチンを送り込む。

 しばらくぶりのニコチンだったのだろう。酩酊感が強い。

 少し血の気が引くような感覚があり、指先が少し冷たく、痺れるように感じた。

肺に溜めていた煙を、ゆっくりと静かに吐き出す。

 目の前に現れた煙は裂け目の奥から吹く風にすぐにかき消された。


「ステータス」


 無意識にそう呟いた。



 目の前が急に光り出し、空間に文字が現れた。





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