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【外伝】異世界私立探偵 〜 厄災の魔女篇 〜  作者: もちこみかん
Season 1 プロローグ 「目覚め The Big Wake-Up」
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Scene-1 / The Big Wake-Up

 土の匂いがした。

 草木の匂いがした。

 鼻の上、左目の方向に何かが触れている。

 蟻だろうか。

 いや、蟻にしては、足の数が多い気がする。

 かなり遠方からなのか、小さな声が聞こえた。


「蜘蛛かムカデか。。」


 顔を這っていた何かは、声が聞こえた途端にどこかに去った。

 私は目を開けた。

 木々の隙間から青い空が見えた

 再び声が聞こえた。先程より、近づいているようだ。


「ここはどこだ?」


 誰かの声が聞こえた。


「いったい、、。」


 声はとうとう耳元で聞こえた。

 私の声だった。


「公園?」


 私は横たわったまま呟いた。

 ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見渡す。

 木々が見える。木々が視界を埋め尽くしている。森のようだ。しかし、見たことのない木々ばかりだと未だぼうっとした頭の中で考える。草木や花々も見たことがない。

 下生えはさほど多くはなく、落ち葉と土が見える。ところどころ隆起しているが、そこまで起伏はなく、私は少し開けた場所に居て、低い草花に囲まれている。

 もしもここが公園なら、よほど管理人がさぼっていると言える。草木は雑然として、少しも整ってはいない。


「見たこともない植物ばかりだ。といっても、植物学者でもなければ、知るも知らないもないのかもしれないが。いや、私は植物学者だっただろうか・・・。」


 呟きながら、立ち上がりかけたとき、左後ろから突風が吹いたような感覚を味わった

振り向くと大型の野犬か、狼のようなものが向かってきていた。獰猛な唸り声とともに、眼の前に迫っている。

 それが私に飛びかかろうとした刹那、とっさに仰向けに倒れる。頭上を超えていくそれの腹を力の限り蹴り上げた。蹴り上げた足の力を利用して、そのまま後転しながら、中腰で立ち上がる。

 体が勝手に動いた。

 中腰のまま素早く周囲を見回す。

 蹴り上げられ、私から距離を取ったのが一匹、その他に3匹が視界に見える。

さっきとは違う1匹が突進してきた。私はとっさに左の懐に右腕を伸ばし、ホルスターにある短銃のスミス&ウエッソンのグリップを握り、撃鉄を起こしながら引き抜くと同時に、むかってくるそれに向けて、発砲する。

 弾は外れる。

 犬歯を剥き出しにして、噛みつこうとするその横顔を銃底で右上から叩く。


 相変わらず射撃は得意ではないらしい。

(相変わらず?)


 打撃はクリーンヒットしたはずだが、まるでダメージを与えていないようだ。それは身体を回転させて私を威嚇する。まるで私が親の仇だと言わんばかりの剣幕だ。唇がめくりあがり、犬歯が、牙が、剥き出しになる。人間なら歯医者でしか見せないようなほど口角が上がっている。

 銃声が再び響く。私は反射的に発砲していた。

至近距離にもかかわらず、それは身を捩ってかわし、そのまま後ろに飛んで下がった。どこかのサーカスで仕込まれたのかというほどに見事な身のこなしだった。

後ろから近づく息遣いに気づき、しゃがみ込みながら、左に身体をを回転させ、勢いよく、両手で握った銃を振り回す。

 一匹が私の頭上をかすめて飛んでいく。

 一匹を運良く銃の底で叩くことができた。鉄骨の柱を殴ったような手応えと音がした。しばらくしたら両手の痺れに気がつくだろう。

 私はさきほどから視界の隅で木々の向こうに見える岩をとらえていた。岩に向けて走った。近づくと、それは切り立った崖のようなもので、高層ビルぐらいの高さがある。ところどころ木の根や蔦が垂れ下がっている。

 後ろから聞こえる彼らの唸り声を無視し、私は岩に指をかけ、蔦を掴み、上へ上へとよじ登った。

 アパートメントで言えば、2階か、3階分を素早く登ることができた。

 下からは唸り声や吠え声が聞こえる。

視線を向けると、2匹が崖に跳躍しては足がかりを捕まえることができずに岩肌をこするように落ちていく。それぞれが繰り返す姿が見える。かなり跳躍力がある。サーカス団の団長がいたら、彼らは大金に見えるだろう。犬や狼とは比べ物にならない身体能力を持った生き物だ。調教には苦労するだろうが。

 私は、崖の上を眺めた。岩の隙間に指を差し入れ、力を込める。同時に右足に力を込め、左手を右手とは違う隙間に差し入れ、身体を持ち上げた。左足を岩の突起に掛け、右足を上方の岩に掛け直す。右上方に、岩が大きく張り出した箇所があり、棚のようになっていると思われた。少しずつ、上によじ登る。

 下から、さきほどとは違う、どこか静かな唸りとも、口笛のような音が聞こえた。

 後頭部の延髄あたりがぴりぴりとした気がした。感じたことのないような刺激だった。

 少しだけ顔を捩った。視野の端で1匹の獰猛な生き物の口先に、光輝く球体が出来上がりつつあった。それは、周囲の空間を吸うような動きをする光の集約で、獣が放つ静かな唸りと呼応するかのように蠢いている。明らかにその光る球体を作り出しているのは眼の前の獣だ。思わず崖をよじ登る手が止まってしまう。

 その個体は他と様子が少し異なることに気づいた。その犬とも狼ともわからない生物の額に、陽の光を反射して煌めく水晶のようなものが見て取れる。その他の個体の額にはそのような石らしきものは存在しない。

 一瞬の間をおいて再び身体は素早く動き出していた。上方の突き出た岩に向けて、駆け上がるようにしてよじ登る。重心もバランスも何もあったものではない。出鱈目な身体の動かし方だ。危険を察知した小動物のように見えたかも知れない。

 圧倒的な圧力が私の身体の脇を通り過ぎ始めた。地下鉄が目の前を通り過ぎていく感覚に近い。ただし、この世のものとは思えないほどの熱風に煽られる。灼熱の炎が身体の脇をよぎっていた。

 私は突き出た岩棚の上に身体を放り投げ、仰向けになった。

 すぐそばで天に向かって吹き上がる炎の柱が見える。空に向かって火炎放射器を放っているようだ。火炎放射を行う獣など聞いたことがない。いや、聞いたことが無いと思う。記憶が曖昧だ。


 それは、数秒か、数十秒続き、不意に炎は消えた。さきほどまで私がよじのぼっていた崖の一部が広範囲に黒く焦げている。斜面にしがみつくようにして生えていた草木が燃え尽き、植物が焦げた匂いが充満していた。ところどころに未だ火が付き、燃えている灌木や蔦が見えた。

 岩棚の陰から、少しずつ顔を出し下を眺める。

さきほどと同じように、1匹の前に、再び白く輝く球体が現れ始めていた。そいつと目があった。よほど私を気に入っているようだ。あの球体が炎に変化するのだろうか。聞いたことがない。

 私は再び天を仰いだ。

 深呼吸を三度する。

 不意に、彼らのうちの1匹が警告を告げるような甲高い吠え声を放った。似たような吠え声が続く。かなり遠くからも呼応するかのような遠吠えが聞こえた。

 森がざわつくのを感じた。様々な小動物の甲高く鳴くような声、多くの鳥が一斉に飛び立つ羽ばたきが聞こえた。

 再び下に視線を向けようと、身体を起こしかける。不意に周囲が暗くなり、何者かの影が通り過ぎた。何か巨大なものが上方を通り過ぎた。

 視線を上げると、5体の巨大な鳥、もしくは翼竜のようなものが空を飛んでいた。

 それらは音もなく羽ばたき、さきほどまで私がいた森の上空を旋回し始めた。

 私は状況が把握できず、しばらく動けなかった。


 追うものが追われる側の立場になっていた。

 5体の空を飛ぶ獣は、地表の獲物をめがけて、何度も急降下を繰り返し始めた。

 時折、獲物をその脚で捉えて再び空へ舞い上がり、捉えたものを放り投げたかと思うと、器用に口先で咥えた。顎を上下に動かし、獲物の身体を砕いているようだった。

 あるときは、私を襲っていた1匹が捕まったようだった。仲間を取り戻そうとしたのか、牽制をしたのか。地表から炎の柱が上がるのを見かけた。

 ここがどこだかわからないが、弱肉強食の世界のようだ。強いものが弱いものを喰らい、弱いものはまた更に弱いものを喰らおうとする。

オーケー、いつものとおりだ。そう私の身体が言っている。そう私の身体が言っていると自分に言い聞かせて、極限まで上昇した心拍数が落ち着かせようとした。


無論、私はただ、目の前で繰り広げられる野生の営みをただずっと見ていたわけではなかった。

少し離れた場所に、影が縦に走るように見える場所を見つけていた。そこに向かって岩肌を水平に移動し始めていた。

思った通りそこには崖に出来た裂け目がある。人間が一人か二人、入れるような隙間が空いていた。


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