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異世界恋文屋 ―アナタの言の葉、代筆します―

作者: aec

 私の住む場所は、名前はあるけれど小さな集落と呼んでも問題のない村。

 牧歌的な雰囲気のある農村の朝の風景。

 田畑が広がる中、家畜達がゆったりとした時間を生きている様子が窺える。

 翻訳家として仕事をしていたあの頃は、外出はおろか、食事を取る暇も無いほど忙しい毎日を過ごしていたとは思えぬほどの穏やかさだ。

 しかし、今となってはそれも懐かしい……。


 あの日、私、『早瀬桜(はやせさくら)』は突然として異世界へ飛ばされ、この村からそう遠くない場所に倒れていたそうだ。

 それを偶然にも助けて下さった村の方達には、感謝をしてもし切れない程だ。


 村の暮らしにもすっかり慣れてしまったある日の事だった。

 私は村の女性からの頼みを受けることになった。

 内容は……なんとも可愛らしいものだと思ったよ。


「もう! サクラってば、私の話を聞いてたの?」

「ユナさんの彼に対しての想いがあまりに情熱的だったものだから、つい」


 ご近所に住む夫婦の娘さんであるユナは、何でも意中の人に告白をしたいらしい。

 しかし、彼女は彼の前に立つと極度に緊張してしまうらしく、なかなか気持ちを打ち明ける事ができないのだそうだ。

 そこで、私に相談に来たのだというわけだが、正直言ってどうしたら良いものだろうか?


「だってだって! こっちから仕掛けないと、いつまで経っても私の気持ちに気づいてくれないんだもん!」


 彼女の言葉を聞き、思わず頬が緩んでしまう。恋する女の子というのはこんな感じなのだろう。羨ましいよ。

 ……いけないいけない。つい微笑ましさが勝ってしまったようだ。今は相談に乗ってあげなくては。


「好きな人を目の前にすると、緊張するのは分かるわよ? でも大丈夫。ユナはとても魅力的だから。ほらっ。こうして笑顔を浮かべている姿は、とても素敵よ?」


 ユナは可愛い顔立ちをしている。それは間違いない事実なのだ。

 だからこそ自信を持って欲しいという事を伝えたかったのだけれども、彼女はどこか不服そうにしている。


「うぅ~、それはサクラや他の人の前だから出来るのであって、彼が居る時にそんな余裕なんかないよぉ……」


(これは思ったよりも重症なのかしら?)


「そっかぁ……それじゃあさ、ユナの想いを手紙に綴るのはどうかな? ただの手紙ではないわよ? 相手に自分の想いを伝える事が出来る手紙をね」

「想いを告げることが出来る手紙?」


 彼女は不思議そうな顔をして聞き返してきた。まだ意味が理解出来ないみたいだ。それも仕方の無いことかもしれない。

 書状は、基本的に貴族や商人といった者の間でのみ使われているものであるからだ。

 生まれた場所で育ち、生涯をそこで終える人も少なくないこの世界では、一般人がそういった知識に触れる機会は少ないのであろう。

 幸いなのが、私の居るこの国では学ぼうとする意志があれば、初歩的な読み書きを教えてくれる環境にある事か。


「うん。手紙は紙に書かれた文字だけじゃない。文章に想いを乗せて届ける手段でもあるんだよ」

「へぇー。そういえばそういう話を聞いたことがある気がする。貴族の人達だけが使っているって。でもどうやって?」


 ユナは、手紙を使う事を疑問に思っていた様だ。その質問は当然のことだと思う。

 彼女が想像している手紙とは、公文書などで使われている羊皮紙を用いたものでは無いかと思われるから。

 それであれば、確かに高価であるのと同時に貴重な素材を使って作られるため、庶民はお目にかかる事が殆どないだろうね。

 それに、そもそも書き慣れていない者に、手紙を書けと言って簡単にできるものでは無い。それは経験則で分かっている。


(でもね、最初の一歩を踏み出そうとする気持ちが大事なんだ)


「ユナ、私が貴女の為に書いてあげる。初めての想いをね」

「……サクラに?」


 少しの間が空いたのは、ユナなりに葛藤があった為だと思う。

 だけど、私の気持ちを汲み取ってくれたのか、「お願いします」と答えてくれた。

 私はその返事を聞いて安心すると同時に嬉しくもあった。

 ユナに想い人が出来たのならば、是非とも応援をしてあげたい。

 その為に、自分が出来ることは精一杯力になってあげたいと思っているのだから。


「ユナは、私に彼への想いをありったけぶつけてきて欲しい。大切なのは伝えようとする強い意思だから。私はそれをしっかりと相手の心に響き渡らせる手紙を書いてみせるよ」


 私はユナの手を取って言った。すると彼女は頬を染めながら俯いてしまった。そして、小さくコクりと頭を縦に振ってくれた。

 恥ずかしがっているのかな? なんて思って声を掛けてみたけれど。そうではなくて……。


「あはは、ごめんなさい。実はちょっと怖くて……。彼に私の気持ちを打ち明けたらどう思われちゃうのかな……って、そう考えたら胸の奥がキュっとなっちゃったんです……」


 あぁ、そういうことなんだね。彼女の想いを聞けて良かった。

 勇気を出すというのはとても難しいものだから。

 ユナは本当に素敵な女性だと思うよ。彼女の様な女性から好かれる人は幸せ者である。

 だから私は彼女の不安を取り除くために言葉を紡いだ。それはもう真剣な眼差しでね。


「もし仮に、彼がユナの告白を断ったとしたなら、その時は遠慮なく私がユナに慰めの手紙を届けてあげるわよ!」

「……ぷっ、あはは! も、もうサクラってば。何を言い出すかと思ったら。いきなり変なこと言わないで! あはは、お腹が痛いよぉ!」


 私の想いが伝わってくれたようでなによりである。

 しかし、ここまで笑われると流石に傷付くものがあるよ……。

 とはいえ、ユナに元気が出た様子なのは間違い無いようだから、まぁよしとしましょう。


「ありがとうね、サクラ。私、きっと誰かに背中を押して欲しかったんだ。それが親友のサクラから背中を押して貰えたから、すごく嬉しかった。……だから、頑張ってみようと思う!」


 ユナの顔から先程までの暗さがすっかり無くなっていた。吹っ切れたようにも思える。

 よし! いい笑顔を見せてもらったところで、気合を入れて準備を始めますかね!

 私は引き出しから幾つもの便箋や封筒、封蝋を取り出す。そして、それらを机の上に広げていく。

 その様子をユナは目を輝かせて見つめていた。興味津々らしい。


 私は、その中からユナに相応しい色合いのものを選んでいく。

 赤を基調としたものやピンク色のものが似合うと思うけど、彼女の可愛らしさを表現するためには白が一番かもしれないなぁ……などと思いながらも、数ある中から二つほど候補を決めてみる。

 私はその中より選んだものを広げ、ユナに見せていった。


「うわぁ。どれも綺麗だね! こんなの初めて見るよ!」


 便箋や封筒に色を添えられた物は、こちらの世界では見かけた事が無い。

 手紙という物に、そこまでの手間を掛けるという発想が、まだ無いのかもしれない。

 花を添えるのは、貴族や裕福層では行われているみたいだし、上手く取り入れていければ流行になるかも……ってやめやめ、今はユナの事が最優先だ。


「私のお手製だよ。こういうのが好きでね、暇さえあれば色々と試しに作っていたりするんだ」

「え!? そうなの? サクラ凄いっ! まるで魔法使いみたい!」

「いやいや、本物の魔法使いさん達に怒られてしまうよ。でもユナに喜んでもらえたのなら、私は嬉しいよ。どれにするか決まったかな?」

「はい! 私、これがいいです! これじゃなければダメなの! ってぐらいのお気に入りが出来ました!」


 ユナが手にした封筒は、花びらが舞い散る風景を描いたもので、それは春をイメージして作られたものだ。

 私はそれを見て、彼女には春の暖かさを感じさせるものが似合っていると思った。


「桜が舞う景色を選ぶなんて、ユナは感性が鋭いね」

「この花もサクラって言うの?」

「そうだよ。私のいた国には、同じ名前の木が沢山咲いている所があってね、そこから名前を頂戴させて貰ったの」

「そうなんだぁ。この桜っていうのを見ていて思ったんだけれど、心が温かくなるような優しい感じがするんだ。だからこの封筒を選んだんだよ」


 彼女は、はにかみ笑いをしながらそう教えてくれた。

 自分の直感を信じて良かったって思えた瞬間だね。


「では、ご期待に沿える様、精一杯筆を執らせてもらうとしましょう」


 私はそう言ってから羽根ペンを手に取り、彼女の言葉を聞きながら文字を綴り始めた。

 まずは挨拶の言葉を書き記すところから始まる。この辺の決まり文句というのがあるが、ユナの場合、特に言葉遣いに厳しいという訳ではないみたいだから、あまり堅苦しいものは避けようと思う。


 この言葉を頭の中で反覆させ、間違えないように丁寧に文字へと置き換える。

 書き終えた後に、少し考えて、次の行からは彼女の想いをそのまま文章として綴る事にする。



 ――拝啓

 突然ながら手紙を受け取ってくださり、ありがとうございます。

 私の名前はユナといいます。

 あなたにどうしてもお伝えたいことがあり、手紙という方法を選びました。

 どうか、私の言葉に耳を傾けてください。

 今、私の胸の内にある思い。それは、あなたにお伝えたくてたまらないのです。


 私はずっと前からあなたの事を見ていました。

 いつも自警団として村を守って下さるあなたが眩しく映ると同時に、その輝きに惹かれていきました。

 私はあなたの笑顔を見るたびに幸せな気分になれたのです。

 けれど、ある時から、その感情に変化が現れ始め、今では苦痛を伴うようになりました。

 そして、いつしかその感情を抑えられなくなってしまったんです。


 この気持ちを伝えたいという気持ちが抑えきれず、こうして想いをお伝えする次第です。

 勝手な言い分だと分かっています。

 それでも、どうか私の気持ちに嘘は無いことを、ここに書かさせていただきたいと思っております。


 私はあなたの事が好きです。

 誰よりも大好きです。

 私の全てをかけて、愛しています。

 例えどんな結果になろうとも、この想いが変わる事はありません。

 私の想いは、あなたと共に在る為だけに存在をし続けています。

 どうか、私の気持ちを受け入れてくれれば、幸いです。


 ユナより。



 彼女の想いが届くことを願って、一文字一文字に私からの願いを込めつつ書き上げた。

 後は彼女の想いの強さをどれだけ手紙で引き出せるか……。それだけである。

 手紙が完成したところで、内容を確認してもらうため、ユナへ渡してみたのだが……。


「ちょ!? ユ、ユナ! どうしたのっ?」


 ユナは涙を流していたのだ。


「ぐずっ……ひっく……だってぇ……手紙から私の彼への想いが全部伝わってくるからぁ……! 嬉しくて涙が出て止まらないよぉ……うぅ……」


 なんて純粋で素敵な女の子なのだろうか。

 彼女の笑顔を見ていたらこっちまで泣きそうになってきたよ。

 私は、泣き止まぬユナを優しく抱きしめた。

 彼女の気持ちが落ち着くまで。


「うぇ~ん……ありがどう……ざぐらぁ……ひぐっ……わたじ……頑張ってみようとおもいまじゅ……」

「うん。その意気だよ。きっと彼はユナの事を大切にしてくれるよ。自信を持って想いを打ち明けてきなよ!」


 暫くユナを落ち着かせるように頭を撫でていると、彼女が私の身体が離れていく。


「もう、恥ずかしいところを見られちゃったなぁ」


 ユナはそう言いながらも笑顔を見せてくれた。良かった。もう大丈夫みたいだね。


「それじゃあ便箋を封筒に入れて、おまじないを掛けましょうか」

「お、お願いします!」


 私は蝋燭に火を灯すと、便箋を入れた封筒をテーブルの上に置いた。

 隣にいるユナが息を飲み込む。緊張しているようだ。

 封筒に蝋を垂らし、その上に印を押し付ける。すると手紙の封に刻印が浮かぶ。

 本来ならば、刻印は家や個人を識別するものであるのだが、今回は『恋文』という意味合いを強く持たせるために利用をする。

 現れたのは、ハートを象った印。これが私のおまじない。

 私はそれをユナに手渡してから伝える。


「これはね、私の国の伝統的な恋の作法なの。想いの丈を詰め込んだ恋文に、こうやって印を付けるのよ。するとね……相手に伝わると言われているんだ。ユナなら必ず彼に届くと思うから。だから勇気を出してね」

「はい! 分かりました! 頑張ります!」


 彼女の瞳は輝いていた。そこには、これから運命に立ち向かう勇気が秘められている様にも思える。

 ユナは受け取った封筒をポケットに入れると立ち上がった。いよいよだね。


「私、これから彼に会ってきます! サクラ! 本当にありがとうね!」

「頑張れ、ユナ」


 ユナは私の言葉に元気良く答えると、駆け足気味に家を出ていった。

 私は彼女の姿が見えなくなるまで玄関口に立ち続けると、静かになった家の中に戻り、椅子に腰掛けてから手紙の内容をもう一度思い出していく。

 彼女は想いを届けに行く。私はユナを応援するだけだ。

 ユナは私にとって親友であり、恩人でもあるからね。幸せになってもらいたいんだ。

 そんな事を考えながら、物思いに耽っていく。


 *****


 後日譚とも言うべきなのだろうか、ユナは無事に彼とお付き合いを始めた。

 彼から話を聞く機会があり、手紙を渡す時のユナは、相当頑張っていたみたいだ。

 告白するまでは不安が尽きなかったと思うが、それが吹っ切れた瞬間に全てが上手く行ったのかもしれないなぁと思う。

 彼女の恋愛が実を結ぶことが出来たのは嬉しい事だけど、それに伴い幾つかの問題が発生した。


 一つは、ユナの惚気話だ。毎回の様に聞かされる。しかも惚気が止むことはないのである。

 ただの惚気であればまだ可愛いものだったが、その内容のほとんどが『愛の囁き合い』だったのは、ちょっと笑ってしまった。

 はいはい、ラブラブですね。


 二つ目が、この話を聞きつけて私に恋文の依頼をしてくる人達が、後を絶たなかったというものだ。

 これには苦笑いをしてしまった。

 ユナは、恋文屋を開けば良いと言っていたけれど、一時的なものだと思うんだよねぇ。

 ただ、せっかくなので依頼された仕事は、きちんとこなしていこうとは思う。

 私の力が、誰かの恋の応援になるのならね。



 ……これが後に、王家御用達となる『サクラ恋文録』の礎になるとは、まだこの時は誰も知る由はなかった。

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