絶望の報せ
恨むことで、怒りを行動の原動力にする手段もあるのかもしれませんが、でもやっぱり、私には誰かを恨むことも憎むこともできませんでした。
のんびりしていると周囲によく言われる通りに、自己主張することに似た怒りの感情を表に出す事が苦手なのかもしれません。
信頼しているジェシカさんやナターリヤさんが支えてくれていた事も大きいのかとは思いますが、くよくよせずに前を向こうと、そう思い始めていたのに、追放された母国が、帝国と魔王の連合軍に占領されたと、その報せが届いたのは、この国に来てすぐの事でした。
最後まで抵抗を見せたけど、圧倒的な戦力の差の前に蹂躙されたと。
それを聞いた時、最初、何を言われているのかわかりませんでした。
謁見の間に呼ばれて、そこにはジェシカさんも同席を許可されて、青ざめた様子のナターリヤさんを見て、少しずつ体が冷えていくのを感じていました。
アデラール兄様が、淡々とミドルイースの現状を知らせてくれる中、王太子を含めた王族は、みな、処刑され、その首は城門に晒されていると………
それは、告げられた中でも最悪の、胸が引き裂かれるような報せでした。
「国内の映像が届いているけど、できれば、見せたくはないものだ」
アデラール兄様はそう言いましたが、でも、実際に目にするまでは、信じられませんでした。
「お父様は……国民は、どうなったのですか……」
「逃げ遂せたものもいるかもしれないが、おそらくはそれも僅かだと思われる」
王族がすでに殺されているのなら、多くの国民の安否も希望はもてず、震える足で何とか立ち続けていられたのは、それを見せてもらうまででした。
魔道具の映写機で壁に映し出されたその光景は、見慣れたはずの王城近くの広場。
でも、国を出る時に目に焼きつけたものとは全く違っていました。
優しい木陰を作る街路樹。
茶色と赤茶色が混じり合っている、情緒ある煉瓦造りの道。
それらは破壊され、抉り取られ、薙ぎ倒され、中央にあった大きな噴水は、赤く染まっていました。
その噴水は、中央から水を噴き出して時々虹を作り出すので、幼い頃にアラステア様と一緒によく眺めていました。
噴水の近くにある雑貨屋は、私のお気に入りで、小物をお忍びで買いによく訪れていました。
そのお店でキャサリンとお揃いのブレスレットを買って、色違いでキャサリンはルビー。私はサファイア。
あの時にキャサリンとアラステア様と笑い合ったものは、まだ何の偽りもないものだったはずです。
そんな記憶がまだ色鮮やかに思い出せるのに、無残にも町の光景は一変していました。
町には不自然なほどに人の姿がありません。
多くの血痕が残されているだけで、人の姿が全く見当たりませんでした。
その疑問が解消される間も無く、そこからまた映像は動き、城門前が映し出されました。
違和感を抱かせる、どす黒い色をした歪な丸いものがいくつも並んでいました。
上空では、無数の黒い物体が眼下にあるものを狙うように飛び回っています。
視点は徐々に近付いていき、#それら__・__#が何かはっきりしました。
それは……
国王陛下
王妃様
アラステア様………
そこで、糸が切れたように力が抜けて、泣き崩れていました。
ナターリヤさんが私の肩を抱いて支えてくれますが、でも、涙は止まらなくて、自分の感情を制御する事ができませんでした。
婚約破棄をされたとしても、何を言われたとしても、アラステア様が好きでした。
それを自覚させられていました。
私のすすり泣く声だけが、広い謁見の間に響きます。
悲しんでいる相手はアラステア様達だけじゃない。
国民の皆さんは、誰もが穏やかで、隣人を愛する人ばかりでした。
こんな、無慈悲に蹂躙されていいわけがないのに。
どれだけの命が失われたのか。
それに、お父様……
ちゃんとした別れもしないまま、こんな事になるだなんて、どこかで、お父様にはまた会うことができるのだと思っていたのです。
私は、あの時に、きちんとお別れの挨拶ができていたのか。
伝えていない事がたくさんあったのに。
「まず、不可視の魔物を含めたアンデッド達が休む事もせずに駆け抜けて進軍し、王都、そして王城を取り囲んだ。それから、ゆっくりと人を国を蹂躙していった」
私が顔を覆っている間も、淡々と、アデラール兄様は事象を話しています。
無情にもその情報を耳は拾い続けました。
「真っ先に戦闘となったナターリヤの実家も、希望は抱かない方がいい」
冷たいわけではない。
アデラール兄様は、冷静に伝える事に徹しているようでした。
ナターリヤさんだって、ジェシカさんだって、泣きたいはずのに、私を慰めるように背中を支えて、寄り添ってくれていました。
二人に甘えている事を自覚していましたが、それでも、今は自分の足で立つことができません。
「おそらく、魔王と帝国は次にここを襲うだろう。開戦となるのも時間の問題だ」
顔を上げると、竜人族の王としての顔を見せる陛下が、眼光をさらに強めています。
この地も危険に……
帝国とミドルイースと陸続きであるここは、厳しい現実に直面することとなりました。




