追放
私は、16歳になったばかりのこの日、最愛の人から婚約破棄を言い渡されました。
突き付けられた現実から逃げるように会場を出て、ふらふらとした足取りで公爵家へ帰りましたが、突然の事にショックが大きすぎて、周りからどのような目で見られていたのか、気にする余裕もありませんでした。
夜会ではアラステア様と一緒に過ごせると思い、この日の為に久しぶりにドレスを新調したのに、それが重く纏わりついて、馬車に乗るまでの私の歩みをさらに遅いものにしていました。
そして追い討ちをかけるように、珍しく早く帰宅していたお父様からも他人をみるような冷たい視線を向けられていました。
もうすでに、夜会で起きた事が、お父様の耳に届いていたようです。
「我が公爵家の恥さらしが。お前には失望した」
厳しい眼差しでお父様はそれだけ言うと、私から視線を逸らしました。
御自分にも他者にも仕事にも厳しい父でしたが、やはり婚約破棄という決定的な失態は、許されるものではなかったようです。
私が言葉を発する間もなく、お前のような者をこの家に置いておけないと、今は亡きお母様の親戚の家に行くように言われました。
唯一の救いは、ナターリヤさんと、護衛としてジェシカさんが同行することが許されたことでした。
ナターリヤさんは、帝国領に接する辺境伯爵家の次女で、18歳になったばかりです。
行儀見習いとして私の側にいてくれる方であると共に、必要な教育を受ける為に、大切な客人として公爵家でお預かりしている方でもありました。
ジェシカさんは、私が10歳の頃から護衛をしてくれていた女性騎士で、歳は21。非常に腕の立つ方で、信頼を寄せています。
心許せる姉のような存在の2人が共に来てくれる事は、せめてものお父様の心遣いだと思いました。
「逃げ出さないように、必ずセレーナを連れて行け。夜が明ける前に屋敷を出ろ。それ以上は家に留まることは許さん」
そう、ジェシカさんに命じていたのだとしても。
言われた通り、残りのほんの短い時間を、家を出る準備にあて、夜が明ける前にに3人で家を出ました。
出立の時に、お父様は会ってはくれませんでした。
お母様が幼い頃に亡くなってからは、厳しいながらも、愛情を持って育ててくださりました。
アラステア様が成人した時に、二人で幸せになれと、私達に言ってくださったお父様の言葉を覚えています。
私が至らない為に、このような状況になったとしか思えませんでした。
大聖堂に篭ることの多い私は、政に疎く、社交界での交流も最小限にしか行ってきませんでした。
アラステア様の公務をお手伝いできなかった事も原因の一つかもしれません。
そのフォローを、いつもキャサリンがしてくれていました。
「ごめんなさい、ナターリヤさん。本来なら、こんな形で貴女がアルタウス王国へ行くはずがありませんのに」
居た堪れなくなって、隣を歩く彼女に声をかけると、
「セレーナ様、私の事は気になさらないで、元気を出して下さい」
逆に励まされてしまい、ますます申し訳なく思っていました。
市民と同じ装いで、私の目立つ黒い髪は帽子の中に隠して、まだ少し肌寒い空気を感じながら、雑踏に紛れるように歩きました。
早朝と言える時間なのに人が多く見られたのは、町に号外が配られていたからです。
その内容は、王家の婚約破棄を批判するものばかりで、私の国外追放にも触れており、同情の声が多く上がっていました。
でも、そんな声も私の慰めにはなりませんでした。
何故こんな事にと。
そればかりが、頭を巡りました。
歩みを進めるたびに、小高い場所に位置した荘厳な王城が遠ざかっていきます。
朝露がキラキラと飾る美しい街並みも、そこに住む心優しい人達も大好きでした。
追放される私は、この景色をもう二度と目にする事はないのでしょうか。
目に焼き付けて、そして王都を、国を、後にしました。




