抑制するための血を
いつでもその店を出れる準備をしていると、厳しい顔をしたジスランが戻ってきた。
「もう追手が追いついてきたようです。リチャード様の姿がありました。すぐにここを出ましょう」
それを聞いて、ルーセルは無事なのかと不安を抱くとともに、直ちに店を後にしていた。
「リチャード兄さんが自らここまで来たのか……」
どうしてそこまでして……
雑踏の中を歩いていた。
人混みに紛れて、国を出るつもりだった。
考え事はしていたとしても、僕も、もちろんジスランも警戒はしていた。
なのに、
「ぇ、エミールさまっ……」
ついて来ていたはずのアリアの上擦った声に、振り向くと、人混みの中で、目立たないように、リチャード兄さんが、アリアに細身の短剣を突き付けているところだった。
「アリアを殺されたくなければ、大人しくついてこい」
リチャード兄さんは、静かな声でそれを告げると、アリアを引き摺るように連れて行った。
それは本当に一瞬の出来事だった。
ヒトをかき分けながら、慌てて追いかける。
焦る思いしかなく、ただただリチャード兄さんの背中を追いかけるだけだ。
アリアに危害を加えられたら……
「エミール様、危険です」
そんな僕の腕をジスランが引く。
「だが、アリアが」
ジスランの腕を振り解き、静止を振り切って、さらに追いかけていた。
兄さんが向かった先は、郊外にいくつかある処刑場だった。
周りに、人はいない。
兄さんの護衛騎士は、置いて来たのか?
もしくは、魔族の影響でここに来れなかった?
「リチャード兄さん、僕はこの国から出て行くから、お願いです、これ以上、僕の大切な人達を傷つけないでください」
そこで立ち止まった兄さんに訴えるけど、
「……皇族の血が必要なんだ。魔王が大地からマナを吸う代わりに、皇族の血が必要だ。私の目的を達成するまでは、まだ、この世界を滅ぼすわけにはいかない」
光を宿していない兄さんの瞳に見つめられと、冷たい手で直に心臓を鷲掴みにされた気分になる。
「貴方の目的が達成できれば、世界はどうなってもいいと仰るのですか……?」
「エミール。お前の血が、魔王への最上級の餌になる。近親相姦で生まれた、お前の濃い血がな」
僕の話は聞こえてないかのように、兄さんは自分の要求しか言わない。
「にいさ……」
「エミール様、こちらへ!!」
いつの間にか騎乗したジスランが、刑場に向けて何かを投げ、直後に一瞬で閃光が弾け、目が眩んだ。
瞬きをしていると、ジスランは僕の首元を掴み、馬上へと引き摺り上げる。
そのまま刑場を後にしようとする彼が信じられなくて、
「待ってくれ、ジスラン。アリアが!!」
「アレも覚悟の上です」
「戻って。兄さんは1人しかいない」
「上を見てください」
上空に視線をやると、いくつかの黒い影が見えた。
鳥ではない。
そして、纏わりつくように、黒い小さな何かが僕達の周りを飛び回る。
それに戦慄を覚えるけど、
「ジスラン!!兄さん、やめてください!!アリアを傷付けないで!!」
離れていく兄さんに必死になって叫んだ。
でも、無情にも兄さんは、短剣の切っ先をアリアの胸に────
「兄さん!!アリアー!!」
そこから飛び降りようと、馬上で暴れた。
「ジスラン、戻ってくれ、ジス……」
僕の記憶があるのは、ここまでだった。
首元へ衝撃を受けて意識を失った僕は、覚悟も何もかもが中途半端で、アリアを助けることも、ジスランの決断を拒むことも、リチャード兄さんを止める事も、結局できなかったんだ。




