囮
外を警戒する中、第三騎士団の指揮所はさらに騒然となっていた。
このまま第一騎士団との衝突になるのかと、警戒が強まっている。
「父上。俺が囮になるから、その間にエミール様を逃してくれ」
ラウファー家の次男ルーセルが鎧を脱ぎ、僕と同じような外套を着込んでいた。
ジスランによく似た彼の弟は、実直な性格までも似ていた。
「ルーセル、やめてくれ」
いくら騎士であっても、アリアの兄であり、ジスランの弟である彼をみすみす危険に晒したくない。
僕よりも二つ年上の彼とも、一緒に過ごした時間は長い。
そんな大切な人でもある彼を囮になどしたくはなかった。
「現在、皇宮では皇太子様を守るために、第一騎士団と第二騎士団が交戦中です。ここに回されている人員が少ない今のうちなら、エミール様は逃げる事ができるかもしれません」
騎士の一人が、ルーセルを後押しするように言った。
僕の父親である皇太子オズワルドも、ただ黙って殺されるはずがないけど、だからこそリチャード兄さんは、僕を利用してあんな事をしたんだ。
「すぐに、出る。誰か、アリアを連れてきてくれ」
ジスランは決定事項として、ルーセルに経路の指示を出している。
第三騎士団の人達が慌ただしく動きだしていた。
僕の目の前で、事態はどんどん動いている。
団長やジスランの言う通りで、ぐずぐずしている時間はない。
「すまない、ルーセル」
「謝らないで下さい。当然の事をしているまでです。どうかご無事で」
僕の皇位継承権は第二位だ。
僕の父親は、皇太子オズワルド。
そして、母親は第一皇女のアデライド。
実の兄妹間の営みで生まれてきた、忌まわしい存在が、僕だ。
生まれた当初はその血の濃さから、障害を危惧されて殺される寸前だった。
だから、ここの伯爵家に預けられて、10歳になる年に皇宮に呼び戻されるまで、ここで守られていたんだ。
呼び戻されてからは、逆にその血統故に皇太子の実子として、リチャード兄さんを差し置いて皇位継承権第二位となった。
最初はリチャード兄さんと何か確執が生まれるのではと思っていた。
でも、皇宮に移ってからは、忙しい皇太子に代わり、リチャード兄さんが兄として何かと僕の面倒を見てくれていた。
リチャード兄さんと争うような事はしたくなかった。
皇位継承争いのように、話がもっと単純だったら良かったのに。
すでにあのカリナは兄さんに従っているし、さらには魔族も、もう……
僕の責任でもある。
きっと成功はしないと、楽観視していたから……
せめて、魔王を復活させる前にアリアを連れて逃げていればよかったんだ。
国中を巻き込んで、ラウファー家や、第三騎士団を巻き込んで、そして、今は、自分だけが助かろうとしている。
「すまない、アリア、ジスラン……」
何度目の謝罪かわからない。
「エミール様のせいではないです」
「ルーセルなら大丈夫ですから」
ルーセルが騎士を数人連れて、表通りを駆け抜けて行くのを確認して、静かに三人で移動を開始していた。
逃げたところで、僕の成すべきことが何なのか、分からない。
ラウファー伯爵家と第三騎士団を犠牲にしてまでも、僕が生き長らえる意味があるのか。
継承権を持っていたとしても、近親相姦で生まれた僕が。
自分の存在を、いつも気持ち悪いと思っていた。
その事実を知ったときに、何度自分の体に刃を突き立てて血を抜いてしまいたいと思ったことか。
今でも、この体を巡る血を意識するたびに、奥底から湧き上がってくる自身への嫌悪感で、吐きそうになる。
あげく、国どころか、世界を滅ぼしかねないことに利用されて。
「エミール様」
顔に出していたつもりはないのだけど、アリアが握り締めた拳をか細い両手で包み込んでくれる。
「畏れ多いことですが、それでも伝えさせて下さい。私達にとってもエミール様は大切な家族なのです。どうか、御自愛なさってください」
「ごめん、しっかりするから、心配しないで」
弱いところを見せれば、一緒に行動しているアリアに不安を与えてしまう。
「いえ、しっかりしなくていいのです。不安な事は言葉にしてください。甘えてください。頼ってください。私もお兄様もいます」
アリアの言葉に、寄り掛かりたくなるけど、それじゃダメなんだ。
「ありがとう。アリアに励まされているのは、本当だよ。僕は助けてもらっている」
まだ何か言いたげな様子だったアリアだったけど、僕が静かにと指で示すとそれからは言葉を発しなかった。
ある程度のところまで進むと、馬に乗り、帝国領内を一気に駆け抜けて国境を目指す。
「ここまで来れば、少しは安心できるかと思いますが油断は出来ません。周囲の様子を見てきますので、エミール様はここで休んでいてください。アリア、エミール様を頼む」
国境近くの大きな町で、群衆に紛れるように入り込む。
ここはまだ、何の混乱もないようだ。
この先には、ミドルイース王国があり、そのさらに先に、竜人の国がある。
繁盛していると見える宿屋兼食堂で一息ついていたが、休む時間を惜しむかのように席を立ったジスランは、店を出て行く。
任せるしかないが……やはり、自分だけが休んでいるこの状況は落ち着かない。
「エミール様。食べられる時にたくさん食べてくださいね。お兄様の分はテイクアウトできますので大丈夫です」
テキパキと僕の前に届けられた食事を取り分けて置いて行く。
伯爵家育ちのはずのアリアが、随分と庶民生活に慣れていて驚かされた。
「男爵家のお友達とお付き合いするうちに、色々と体験させてもらえたのですよ。やはり、何でも経験しておくものですね。今、とても役に立っています」
僕の視線に気付いたのか、ニッコリと微笑んでそう答えていた。
口に入れる食べ物を美味しいと思えるうちは、まだそれだけ余裕があると言うことか。
それも目の前にアリアがいてくれているからだ。
甘えたくはないと思っても、助けられている事実は僕を悩ませる。
僕はアリアをちゃんと守る事ができるのだろうか。
一緒にいれば、それだけ危険が増す。
国境でジスランとアリアと別れるべきだと、その考えに至る事は当然の事だった。




