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最期に願う事は(アラステア)

 見慣れたはずの、玉座がある謁見の間はすっかり様変わりしていた。


 そこに座る者達が、異質なせいだ。


 後ろ手に縛られて突き飛ばされれば、ろくに受け身も取れずに側頭部と肩を床に打ち付ける。


 髪を掴まれ引き起こされたら、玉座に座る魔王と皇帝の前に跪かされた。


 頭を押さえつけられる。


 ベルルヘイム帝国の皇帝に即位したばかりのリチャードは、二十歳を過ぎたばかりだったはずだ。


 感情が読み取れず、今まで何を見てきたのか、闇の深淵を思わせる瞳が向けられていた。


 人としての体温を感じる事はできない。


 そしてその隣には、人に似せた姿となった魔王が、血を吸い取ったかのような瞳を三日月のように歪め、ニヤニヤしながら私を見ている。


 穏やかで平和な国だったミドルイースを、無慈悲に蹂躙し終えた連合軍の最高司令官が、この二人だ。


 叶うなら、今すぐにもその喉笛に刃を突き立てたい、憎むべき相手。


 だが、ただの凡庸な人としての力しかない私にはなす術もない。


 ギリっと奥歯を噛み締め、己の無力さを思い知る。


 目の前の床には血溜まりができており、すでに何人もの王族の首が刎ねられていた。


 頭部を落とされた胴体は人形のように無造作に積み上げられ、血生臭い異臭を放つ。


 その中には、父や母のものもある。


 その死を哀しむ間もなく、私も同じように首の落ちた身体が投げ捨てられるだろう。



「やだー、イケメンじゃない。殺すのもったいないー!」



 異様な静寂に割って入るように耳障りな声が広間に響き、その声の持ち主に視線を少しだけ移動させる。


 カツカツと広間に足音を響かせて、異世界の聖女と言われている女が姿を現わした。


 胸元や背中を広く露出させ、深いスリットが入った衣服を纏うその姿は品位に欠け、セレーナと同じ聖女とは思えなかった。


 唯一の共通点と言えば、黒い髪と瞳くらいだ。


 それも、似ても似つかない。


 邪悪で獰猛な笑みが口元に浮かんでいるその女の、品定めをするような不快な視線が、私に向けられた。


「噂で聞いたの。婚約者だった聖女を婚約破棄して、追放したって。他の女と結婚したかったんだって?私、あんたみたいな男、大っ嫌い。でも、あなた顔だけはイイから、私に愛を誓ってくれるなら助けてあげてもいいわよ」


 女は何が可笑しいのか、あははっと肩を揺らして笑っている。


 私が命乞いをするところを想像でもしているのか。


 別に何が真実か、この女に言う必要はない。


 セレーナ……


 鮮明に思い出すのは、あの時のことだ。


 セレーナの顔が忘れられない。


 最後に、あんな顔をさせなければならなかった。


 そんな私を、キャサリンは最後まで案じてくれていた。


 婚約破棄を告げたその後、何度も振り返りたくなる己を叱咤して会場を後にすると、その足で待機している騎士団のもとへ向かった。


 辺境伯領が激戦地となるのは必至で、夜明けまでの数刻を耐えなければ、死者の軍団が王都になだれ込むのはわかりきっていた。


 だからすぐに騎士団を率いて戦地へ向かっていた。


 セレーナが国を出るまでの時間を稼がなければならなく、一人でも多くの国民を逃すことすらできないほど、すでに余力がなかった。


 父の判断は正しいことだった。


 彼女の命が、真っ先に狙われていた。


 彼女の骸を依代に、何かを成そうとする連合軍の好きにさせるわけにはいかなかった。


 できれば、傷付けるようなことはしたくなかったが、他の手段を選ぶ時間がなかった。


 それだけ、この連合軍の進軍は早かった。


 その第一報が入ったのは、夜会が始まるニ時間前。


 戦況が不利となる事を瞬時に判断した国王は、セレーナを逃す事を、その結果としてこの世界の希望となるアルタウス王国を生かすことになるだろうことを、まず先に口にしていた。


 自国の民をも切り捨てなければならない決断は、父も血を吐くような思いだったはずだ。


 だから、私も覚悟を決め、あの場で……


 ああしないと、彼女はこの地を離れなかっただろう。


 心優しい彼女が真実を知って、民を置いて一人で逃げるなどできるはずがない。


 それに、民を置いて逃げたなどと言わせるわけにもいかない。


 民に恨まれるのは、私達無能な王家だけでいい。


 彼女のことを愛していたのは、私だけではない。


 キャサリンも、皆がセレーナを愛し、そして守ろうとしただけだ。


 どれだけ彼女に恨まれても、ここでセレーナを死なすわけにはいかなかった。



「怯えて、声も出せなくなっちゃった?」



 目の前の女には何も言わなかった。


 喋る価値もない相手だからだ。


 初めて会った時から、3つ年下の婚約者の女の子の事が大好きだった。


 この国に生まれてきた聖女。


 それが、彼女だった。


 この国の王太子と聖女。


 必然とも言える、周囲が決めた婚約者だったけど、彼女を愛おしく思う気持ちも、大切にすると決めた思いも、嘘偽りのないものだった。


 彼女が例え聖女でなかったとしても、私のこの想いは変わらない。


 彼女の幸せこそが、私の幸せだった。


 王太子としては許されないことかもしれないが、国よりも、民よりも、彼女の事が大切だった。


 例え、彼女から恨まれても、憎まれたとしても、誰よりも彼女を愛する気持ちは変わらない。


 この先、ずっと……


 巨大な鎌で、この首が落とされる瞬間まで、想うことはただ一人。


 愛しいセレーナの事だ。


 せめて、この想いだけは、彼女と共に──
























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