そこにいたのは
私が来た方向に立っていた足音の持ち主は、少し年下の男の子でした。
人間の男の子に見えたのですが、薄暗い中よくよく見ると、白猫の獣人のようです。
フワフワの髪に埋もれるようにピンとした白い猫耳があり、つい目で動きを追ってしまう、くるくると動く尻尾がついている以外は、人間と変わらない子です。
古びた衣服を身にまとい、裸足でいるその姿は今までどんな生活を送ってきたのか、初対面にもかかわらず心配になります。
薄暗い中でも目立つ真っ白い髪に、やけにはっきりと見えるつり目がちの真紅の瞳を持ち、驚いた様子で私を見つめていました。
赤の色は魔の物を表すと言われていますが、彼からはその禍々しさは感じとれません。
多くの種族が存在する獣人の中には、彼のように赤の色を持つ種族もいるのかもしれませんが、その容姿ゆえに迫害されていた可能性もあります。
だから、こんな所に一人でいるのでしょうか……?
「君は……なぜ、ここに?」
あり得ないと言うような含みに、私の方こそ、本来ならこんなところに人がいるものではないのかもしれません。
もしくは、勝手に彼の敷地に土足で踏み入ったのかもしれなくて、縄張りを荒らしたととられる可能性もあります。
「あの、私は、ウォーウルフに追いかけられて、気付いたら、ここにいて」
敵対行動をとられては困ると、慌てて説明しようと口を開きましたが、そもそもどこまでをどんな風に伝えていいのか困りました。
「勝手にここに来てしまってごめんなさい。貴方はここに住んでいる方ですか?」
「いや、責めているわけじゃなくて、ウォーウルフに……?怪我はしなかった?」
「いえ、上手く逃げることができて、大丈夫でした」
私の返答にホッとした顔を見せてくれたので、男の子はどうやら悪い人ではなさそうです。
「私はセレーナです」
「俺はレイ……事情があってここに一時的にいただけだけど、セレーナは一人でここへ?」
「友達が……ここで、何かを私に知らせたかったみたいで」
「友達……」
レイは、キョロキョロと周りを見渡していました。
他に人がいるのか、探しているような仕草です。
「人は、いないのです……上手く説明できなくて、ごめんなさい。最初にいた場所はここの外なので……」
これでは私が不審人物のようです。
「俺も、自分の事を上手く説明できないのは同じだから、気にしないで。セレーナが良ければ、俺が外まで付き添うけど。この周りの状況も調べたいし」
「レイもここが何処かはわからないのですか?」
「……意識のない間に置き去りにされていたようだ」
「何か、犯罪に巻き込まれたということですか!?」
「分からない。そうかもしれないし、単純に口減らしの為かもしれないし」
捨てられたということでしょうか。
そんな場合ではないのはわかっていても、ますますレイの事が心配になります。
信用できる相手かと言うと、自分の人を見る目にちょっと自信がないですが、なによりも私自身も一人なのが不安で、年下と思われるレイを一人にもしておけず、結局一緒に洞窟の外へ出る事にしました。
警戒を怠ってはいけませんが、でもやっぱりレイが悪人には見えません。
とりあえずは信用するとして、薄暗い洞窟から、陽の射す明るい外に出ると、眩しくて目を閉じてしまいました。
ほんの短時間であっても暗いところに慣れた目には、光が突き刺さるようです。
それはレイも同じようでした。
「森……どこの森だろうか……」
レイは、手をかざして目元に影を作りながら、辺りを見回しています。
ウォーウルフは何処かへ行ってくれたようで、先程はそんな余裕もなかったので改めて周りを見てみると、濃厚な樹々の匂いに包まれて、どこかの深い森なのは分かりました。
特徴的な景色は見当たりません。
鳥の囀りが聞こえるので、大型の魔物が近くにいたりとかはないようです。
そして、葉の隙間から差し込む光を見る限りは、まだ朝と言える時間のようでした。
「少し、歩いてみてもいいですか?」
レイもこの辺りは見覚えがない様子なので、とりあえずは先程の妖精の道の出口へ行こうと思い、最初に案内してくれた場所を探していました。
「見覚えのあるものはありますか?」
「いや……植物の種類を見る限りは、バードル大陸かもしれないけど、景色に見覚えはないようだ」
「レイは、バードル大陸出身なのですか?」
確か、バードル大陸には獣人の国があったはずです。
でもそれだと、アルタウス王国からは随分と遠く離れた場所に来てしまいました。
「俺は……」
せっかく何かを教えてくれようとしていたのに、
「ひぇっ」
その話の途中で、変な声を上げて跳び上がってしまいました。
突然、布越しでも分かるひんやりとした感触の物に襲われていて、
「わ、あ、す、スライム?やっ……どうしよう……」
半透明のゼリー状の物体が私の足に絡みついて、内股を這い上がってくる感触に背中がぞわぞわとして、身動きが取れなくなって、すっかり身を強張らせて、プルプルと震えていました。
「セレーナ、落ち着いて。スライムは声に反応して、ますます動きが活発になる。借りるよ」
レイは私の腰から剣を抜くと、一突きでスライムの核を破壊して絶命させます。
「ごめんなさい、スライムくらいで騒いでしまって」
全くと言っていいほど魔物に遭遇した事がないので、たかがスライムと言えど、未知のもので、ミドルイース周辺にいた大抵の魔物は、竜人族の気配を感じると近付いてきませんので、あまり目にする機会もありませんでした。
こんな事では魔王の封印などできそうもありません。
落ち着いたレイの対応に、助けられました。
「魔物への対処は経験すれば慣れるものだから、まずは慌てないで。セレーナが無理をして剣を振り回す必要はないから、最初は落ち着いて行動できるように癖をつけていこう」
「はい……何だか、レイの方が年上みたいですね。助けてくれて、ありがとうございます」
明らかに私の方が年上に見えるのに、情けない限りです。
それで、先程の話の続きをしようとした所で今度は茂みがガサガサと揺れ、警戒する中、剣を持つレイが私の前に立ちます。
その茂みに注目していると、
「おーい、お前達、大丈夫か?」
姿を現したのは、二人組の中年の男性でした。




