妖精の道
気は抜けませんが、結界が完成して、少しだけ安堵しました。
結界の術式を教えてもらえたように、歴代の聖女さんに呼び掛ければ、魔王の封印方法を教えてもらえる可能性はあるのでしょうか。
魔王と直接対峙した事がある聖女さんは、一人だけですが、物は試しと呼びかけてはみても、すぐに誰かが何でも答えてくれるというわけでもなさそうです。
あの聖女さんは、アルタウス王国か、あの大聖堂に縁の深かった方なのかもしれません。
写真や肖像画で顔がわかれば、もう少し語りかけやすくなるのですが、時を遡れば、それだけ難しくはなります。
残念に思いながらも、人任せにばかりするわけにもいかず、そろそろ精霊王トール様の元へ向かう準備を行わなければなりません。
ミドルイースから直接通じる道がありましたが、今はそれは使えないので、別の大陸へ行く必要があります。
旅の支度をと、家から持ち出した一振りの小剣を見つめていると、それだけでもアラステア様とのたくさんの思い出が呼び起こされてしまいます。
この剣を使って、よくアラステア様が護身術を教えてくれていました。
また、溢れてきそうになる涙を慌てて拭います。
今は悲しむよりも、これからの事です。
私一人で精霊王様の元へ行っても大丈夫なのかと、不安はあります。
何度かその姿を拝見したことがある精霊王様は、慈愛の化身。
人との繋がりを大切にし、聖女を愛してくれている者を伴ってこそ、信頼していただけるものですが……
人に愛されているのかと問われれば、少し自信をなくす部分もあります。
今回はジェシカさんが一緒に行ってくれるので、大丈夫と思いたいです。
不安ばかりが先行し、誰かにすぐに頼りたくなる自分を叱咤しながらも、肩を落として力無くため息をついた時でした。
部屋の中央が突如として明るくなり、眩い光に思わず目を瞑ります。
目を細めながら見ると、部屋の中央にぽっかりと誘うように口をあけた、光る“道”が出来上がっていました。
妖精の道……
精霊の眷属である妖精達が作った道で、どこに続いているのかは分からないけど、これは導きで、何か理由があって私の目の前に現れたはずです。
それに、幼い頃からそばにいて、私の話を聞いてくれていた妖精達が、何かの悪意を向けてくるとは思えません。
でもせめてジェシカさんと一緒にと思っていると、姿を現した小さな妖精達に、早く入ってほしいとばかりに背中をグイグイ押されていました。
こんなに強引なのは、初めてのことです。
「な、なに、何が、あの、せめて、手紙を書かせてください!」
黙って行くわけにはいかず、大急ぎで簡単な手紙を残して、ここに来た時に持ってきた荷物を掴んで、促されるままにその道へと飛び込んでいました。
時間の感覚が分からなくなるような、そんな明るい細長い道を、背中を押されるがままに進んでいきます。
そして光に包まれていた足下は、ある所で突然無くなり、宙に踏み出された足は、支えをなくして、
「ぎゃん!」
地面にお尻から落ちていました。
妖精の道は、精霊の道と違って、不安定なところがあります。
時としては気まぐれなものです。
「いたた」
打ち付けた場所をさすっていると、下敷きにした場所が地面ではなくて、温かいフサフサした毛がある事に気付きました。
視線を上げると、爛々とした黄色の瞳と目が合い、そして、サーっと血の気が引いていました。
「あ、あの、ごめんなさい?」
ウォーウルフをお尻の下敷きにしていたようで、思えば先程悲鳴も聞こえた気がしますし、明らかな怒りを表したその子は、鋭い牙を剥き出しにして、唸りながら私を見ています。
妖精達は、魔物の姿を認めた途端に怯えて一斉に逃げてしまいました。
とんでもないピンチに陥っているようです。
慌てて立ち上がり、とても不味いこの状況に、周りを見渡しますが何の解決にもなりません。
飛び掛かられる寸前に咄嗟に走り出して、無我夢中で駆けて、森らしき木々の間を闇雲に走り、いつの間にか洞窟へ入り込んでいました。
後ろを見ると、ウォーウルフは入り口の方で立ち止まって、警戒した様子でそこから中には入ってこようとはしません。
あまり奥に入るのも不安はありましたが、とりあえずウォーウルフから見えない場所まで移動しました。
岩のようなゴツゴツとした足場の悪い道を歩きます。
洞窟の中はジメジメした空気が漂っていましたが、所々に光苔が生えていたおかげで足下がよく見えて、歩みを進めるのに困ることはなさそうです。
どこまで進むべきか不安はありますが、何度かつまずきながら奥の方へ入ると、壁に鎖がうちこまれている少しだけ開けた行き止まりの場所へ出ました。
何かが封印されていたような名残がありますが、それが何かはわかりません。
誰かの嘆きが残り香のように感じられる、そんな物哀しい場所で心細さは増します。
奥に来すぎてしまったでしょうか。
朽ちて千切れた鎖をみつめていると、暗闇の奥から何かが這い出てきそうなほどシーンとした洞窟に、私のものではない、微かな足音が響いて、びくりと振り向きました。




