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01 僕はどうあっても客引きする運命なんですか?

 貧乏苦学生のアルバイトといえば、おいでませ夜の町。

 イケメンでもなんでもない僕に課せられたのは、客の呼び込みだ。


 似合ってもいない黒服に身を包み、ホステスさんたちに「これは見事な七五三」「すごい、全然目立たない」「通行人Aってかんじ」と逆方向で称賛されつつも、そぞろ歩くサラリーマンたちに声をかける。


 お兄さん、寄ってかない? いいいるよ。


 なんてベタな台詞を吐きながら、ちょいちょいとお客を手招く日々。


 ところが、ホステスさんの言うとおり、目立たない客引きに足を止めるひとはいない。

 競争率の激しい界隈で、僕のような平凡な男は、漫画で言うところの背景、モブキャラだ。台詞どころか、目鼻すら省略される立ち位置。


 当然ながらノルマはこなせず怒られる。

 ひとり暮らしのアパートに寝るために帰って大学へ通って、またバイト三昧。


 華々しい主役には決してなれないのが僕というやつだけど、悪目立ちしてもいじられるだけなので御免こうむりたい。

 近くのスナックのママさんに可愛がられて、よくご飯を作ってくれるのは助かったけど、正直、ひとの優しさが怖くもある。


 そんな単調で味気ない毎日だが、ある日きわどい味付けがやってきた。

 客同士のトラブル。

 たまたま近くにいて、存在しないも同然のモブの僕は、その修羅場に巻きこまれる。


 光る刃物。

 火傷するような痛み。

 思わず右手で押さえると、ぬるりとした感触。

 見下ろすと指の隙間からは赤黒い液体。なんじゃこりゃあ。


 どこかの誰かの、悲鳴のような声を聞きながらブラックアウト。




 さあ、お約束の異世界転生の始まりだよ!

 冒険者がいる「剣と魔法の世界」でござーい。

 ただいま戦闘中。

 地面からにょっきりと生えている、どろどろした右手の形状をした魔物。


 はい、それが僕。

 転生先でも、手招きで呼び込みしてます。


 神さまは僕になんの恨みがあったんでしょうか。




     +




 魔物にも序列はあって、僕は下っ端だ。同じ種の魔物のなかでも、下っ端なのだ。

 ゆえに、呼びこめる魔物も弱っちいやつばかり。経験値の高いやつを呼ぶのは、上位の奴らの仕事である。

 くそう、僕だって銀色に光るメタリックなやつ呼びたいよ。


 ガサガサと音がして、人間の男たちが現れた。

 三人組の若い冒険者だ。レベル上げに来たのだろう。

 たしかにここはいい狩場だ。いや、僕たちにとっては殺される場所なんだけど。



「おい、ブラッディ・ハンドだ。早く倒さないと仲間を呼ばれるぞ!」



 そう。僕のような手の形状をした魔物は、『ブラッディ・ハンド』と呼ばれている。以前、冒険者が落としていった魔物図鑑を見たところ、由来が書いてあった。


 なんでも、イカれた猟奇殺人者が、自身がサツガイした相手の右手部分をコレクションしていたらしい。獄中で自死した際には、自身の右手を切りつけており、身体から離れたその右手だけが行方不明。以降、動く右手に斬りつけられる事件が勃発したとかなんとか。


 えええ、このドロっとしたの、泥じゃなくて血だったのかよ。


 僕は恐怖したね。

 いや、僕自身のことなんだけどさ。


 ブラッディ・ハンドは群れで行動する。なにしろ殺人鬼のコレクションと言われているから、団体行動なのだ。

 そして、自分と同じ型の魔物を呼んだり、別種族の魔物を呼んだりする。


 でも僕はよく失敗する。仲間を呼んでも誰も来ないことが多い。

 他のブラッディ・ハンドがゴーレムとか呼ぶかたわら、僕ときたらスライム一匹呼べやしない。

 ここでも落ちこぼれの劣等生。転生してもパシリの人生。

 先輩の言うことは絶対です。



 今日も今日とて役立たずの僕は、スタメンに入れないうえ戦闘に呼ばれもしないので、森のなかを散歩していたところ、不思議な匂いが漂ってきた。

 いままで嗅いだことのない、美味しそうな匂い。

 例えていうなら、うどんスープ。

 大和魂を刺激する、懐かしい出汁の香りだった。


 郷愁を誘うそれに、僕はふらふらと近づく。

 ああ、なつかしきジパング。


 以前、ブラッディ・ハンドの先輩に言われたことなんて、思い出しもしなかった。

 いや、これがそれ(・・)だとは夢にも思わなかったというのが正しいのかな。だってこんなに心が震えるんだ。


 木立の隙間から明かりが見えた。誰かが野営をしているのか。ドロドロした身体をくねらせながら進んでいくと、枯葉がガサリと音を立てる。

 音を立てるのはご法度だ。先制攻撃ができなくなる。


 だけど僕は、そんなことすら気にならない。

 欲しい。あれが欲しい。

 うどん汁飲みたい。

 しょうゆ味プリーズ。



 思ったとおり、そこは野営地で、だけど人の気配がしない。

 眠っている? それとも、薪でも拾いに行ってる?

 そんなことより、僕は地面に置かれた皿に釘づけだ。

 匂いの発生源はあそこ。一直線に進む。ブラッディ・ハンドまっしぐら。


 木皿に湛えられた液体に、指をつける。

 僕らには、人間でいうところの「くち」がないので、表皮に触れさせて摂取する。粘膜で融かすのだ。


 あ、美味しい。身体に染み渡る。ああ、出汁の風呂に浸かっている気分。海外旅行の経験はないけど、外国にいると日本食が食べたくなるって、こういう気分なのかなあ。


 そりゃあもうゴクゴク飲んでいると、身体が温かくなってきた。気分も高揚してくる。鼻歌でもうたいたい気分、こんなのはじめてだ。



「お、釣れたな。しかもブラッディ・ハンドじゃねえか」

「…………!?」


 いつのまにか、誰かがいた。野営の主が帰ってきたらしい。

 上を仰ぎ見ると、髭もじゃの熊みたいな男がいた。年齢不詳だけど、声だけ聞くと、そこまで年配でもなさそう。

 よく見かける冒険者とは少し違う。彼らのような重装備ではなく、もっと簡易的な鎧を着用している。

 それはどちらかというと、狩人のような恰好だ。魔物狩りというよりは、食料確保に野生動物を狩りにきました、といった印象。


 しばし見つめ合う僕とおじさん。


 あ、これ、踏みつぶされて終了じゃね? それとも、槍で一突きにされて火あぶりかな。ブラッディ・ハンドって食べられるのか? 表皮をとりまく粘膜の中身、僕もどんなふうなのか知らないんだけど。


 だらだらと、汗ではなく、ヘドロを垂らしながら固まっていると、おじさんは僕をひょいと手で持ち上げた。

 はい、握手ー。

 なんて言ってる場合でなくて。


「おまえ、名前は?」

「ブラッディ・ハンドです」

「いや、種族名じゃなくて、おまえさん自身の名はねえのかって訊いてんだよ」


 そんなものがあるのだろうか。戦闘画面にウィンドウが出ていたとしたら、末端の僕は『ブラッディ・ハンドR』とか表示されるぐらい、後発のブラッディ・ハンドなんだけど。レギュラーどころかベンチ入りもあやしいぐらいだ。


「な、名乗るほどの者ではありません」


 言ってみたい台詞を言ってみた。

 やばいこれ恥ずかしい。身体がうねうねする。


 釣り上げられた魚みたいに跳ねていると、おじさんはガハハと笑う。おもしれー奴だな、だってさ。

 あれ? っていうか、僕、人間と会話してる??


「そうか、知らなかったんだな」


 どっかりとたき火の前に腰を下ろすと、おじさんは僕を膝の上に乗せて、解説をはじめた。



 さっき使ったのは、呼び寄せ餌と呼ばれるもののひとつ。

 魔物への撒き餌には種類があって、単純に呼び寄せて狩るものと、呼び寄せて仲間にするものがある。おじさんが使ったのは後者。


 まさかブラッディ・ハンドが釣れるとは思わなかったというとおり、仲間にできる魔物は知能が高いものがほとんどなのだ。

 人間と交流するんだから、まあたしかに思考能力は必要だろう。末端ブラッディ・ハンドの僕が引っかかったのは、たぶん、僕が元人間だからなんじゃないかと思う。呼び込みスキルはないけど、他魔物よりは人間に近い知能があるはずだ。

 いや、これ誇ることじゃないけどね。知識で園児に勝って威張る大学生とか情けなさすぎでしょ。


 他魔物を呼べないブラッディ・ハンドほど、厄介なものはない。ぼっちの僕を仲間にしたところで、各種魔物を従わせることも、乱獲することもできないのだ。

 教室の扉を開いて「おはよう」と言っても、声が返ってこないあの居たたまれなさは、心が折れる。



「ということで、僕はお役に立てないと思います、すみません」

「なんだ、そんなことか。気にすんな。魔物を仲間にしようとしたのは、戦闘目的じゃねえんだから。むしろブラッディ・ハンドで好都合だ」

「それは、どういう意味ですか?」

「俺は冒険者向けの店をやってるんだが、客足がさっぱりでな。珍しい魔物がいれば、興味本位で誰か来るんじゃねえかなと思って捕まえにきたんだ。おまえ、客引きやってくれねえか?」

「たぶんもっと無理」


 神さま、僕はどうあっても客引きする運命なんですか?



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