ヤリチン勇者にさえ拒否された私は、
処女と契った分だけ、勇者は強くなっていく。
どこの好色親父が考え出した設定だ。
最初に聞いたとき、思わず突っ込んだ。
しかし、それが現実に起こっている。
魔王復活に、この世界の軍隊だけでは対抗できなくなっていた。
もう、後はじわじわと魔物に侵食されるのを待つしかないところまで来て、勇者が異世界から召喚されたのだ。
そして、冒頭の神託が下された。
世界中から処女が集められた。
成人を迎えた女性は、全ての人間が対象だ。
自分は違うと言い張っても、「国のためだ」と言われ、処女裁判にかけられる。
そして、処女の判定がされれば、勇者様へ捧げられるのだ。
――有り得ない。
恋人がいる人は、見つかる前に、結婚してしまえと、この国の未婚率が著しく減ったらしい。出生率は上がり、これはこれでいい効果があったという。
――やかましい。
私は、自分は違うと言い張ったのに、誰も信じてくれなかった。
私の見た目で、誰もが「有り得ない」と判断した。
そして、当然のように処女裁判にかけられた。
魔法陣に乗るだけだったのが幸いだ。
私の次に年齢が高いように見える女性が、ほっと息を吐いたのを横目で見た。
私は、それでも嫌だと、抵抗した。
魔王討伐に、婚約者が向かったのだ。数年前に行ったっきりで、戻ってきていない。だけど、死んだとも聞かされていない。
私には、愛する人がいる。その人に捧げられるべきものなのに。
何年も戦い続けている婚約者を裏切らせるのか。
「その婚約者だって、安心すると思いますよ?」
兵士が、私の全身を見て、ためらいながら言う。
私の見た目を嘲っているのだと分かった。
婚約者が、例え私のことを嫌だと言うとしても、今は、言ってないのだ。彼から捨てられるのなら、あきらめもつく。
だけど、何年も無事を祈り続けて、待ち続けていたのに!
私の必死の抵抗むなしく、勇者様の力になれる栄誉にあずかれるのだと、ずるずると引きずられていった。
広い大きなベッドだけがある豪華絢爛な部屋につれていかれた。
そこには、薄い羽織だけを纏った勇者様がいた。
兵に引きずられながらやってきた私を見て、彼は顔をゆがめた。
「あー……と、……次は、君、なのかな?」
ここまで、どんな女性にも拒否しなかった勇者様が、私を見た瞬間に困った顔をした。
その雰囲気に、私を捕まえていた兵士も、私の付き添いの侍女も固まった。
「さすがにここまでだと、俺も勃たないや」
言いにくそうに、だけどはっきりと言葉にされた。
兵士は、もう私の腕を捕まえてはいない。
私は、あまりの屈辱に一人走って逃げた。
嫌だと、言っていた!
彼以外、嫌だと!!
それなのに、無理矢理連れて行かれた挙句、同情と辱めを受けるだなんて。
私は、一人泣いた。
誰も近寄っては来なかった。
数百人の処女と契って、勇者は旅立った。
この世界唯一の処女だと、私は嘲笑われている。
遠い空を見て、早く、この戦いが終わることを願った。
もう、彼との未来を夢見ることはしない。こんな私では、迷惑をかけてしまう。
『可愛いよ』
遠い昔、彼は私にそう囁いてくれていた。
それはきっと、私の妄想だったのだ――。
一年かけて、勇者は魔王を滅ぼした。
勇者の凱旋。
その傍らにいるのは、婚約者だったレイ。
彼の姿を瞳に映すことができて、私は涙が止まらなかった。
良かった。生きていてくれた。
それだけで、私はいい。
この数年で、私は、どんどん醜くなっていった。
自分では、そんなに変わっているようには思えないけれど、侍女が私を視界に入れるのを嫌がるようになった。
「私は、そんなに変わってしまった?」
そう訊いても、目をそらして答えてくれることはなかった。
――それが、答えだ。
隣に立つ父を見て、私はこの場を去ることを告げる。
父――この国を背負う王である彼は、私を痛ましげに見て、小さく頷いた。
この世界唯一、勇者に受け入れられなかった醜い娘を、それでも愛してくれた父だ。
だが、この世界を救った救世主に、私を押し付けることはできないだろう。
『私が無事戻ってきたら、アディンセル王女と結婚させてください』
旅立つ前、レイはそう言って、婚約者となった。
あの時は、求めてくれていた。
だけど、数年のうちに、私は醜くなってしまった。
そっと踵を返した私に、叫ぶような声がかかる。
「アディンセル!」
喜びが混じった声で呼ばれて、私の足が止まる。
背中でその声を聞いて、私は再び涙を流す。
振り返ることはできない。
愛する人に、たった数年でこんなに醜くなるなんてと幻滅されたくない。
私は震える足を叱咤して、声を振り切るように歩き出す。
「アディンセル!?」
私を呼ぶ救世主の声を、周囲は異様なものと捉えた。
美しい若者が、醜い女の名を、喜色を含んだ声で呼び続けるのだ。
「レイ・コンドルド……。よいのだ。お前は、もっと……お前が望む女性との婚姻を叶えよう」
父の言葉が胸に刺さる。
私が耐えられずに駆けだそうとした手を、走ってきたレイが捕まえた。
「どういうことです!?戻ってきたら、王女との結婚を認めてくださるということだったではないですか!」
レイに腕を掴まれて、無理だと分かっているのに、甘い想いに胸が震える。
父が言葉を発する前に、勇者が驚いた声をあげた。
「レイ!?お前、ずっと会いたがっていた婚約者って、まさか……それか!?」
あの日、私を地の底にまで突き落とした声。
彼から拒否されたことで、私は外には出られない立場になった。
誰も彼も、私を見て眉を顰める。
ああ、あれが世界のためだとしても受け入れてもらえなかった娘なのか、と……
。
部屋から出て、この場に立っているのも、一年ぶりなのだ。
ただ、レイを一目見たかった。
「それ……とは、なんだ?お前、二、三度死ぬか?」
「一度じゃねーの!?」
レイが私を引き寄せる。
彼を見たいのに、振り返ることはできない。
こんな醜い私を見られたくない。
「アディンセル?どうしてこちらを見てくれない?…………まさか、他に好きな人が?」
レイが低い声を発した途端、ぞわり、と全身に悪寒が走った。
「い、いいえ!私は、レイ様だけをお慕いしております!」
言わなければならないと、本能に導かれるまま、叫んだ。
そして、振り返った先には、甘くとろけるような微笑みを浮かべたレイが私を見ていた。
「そうだよね?よかった。アディンセル。会いたかったよ」
私を正面から見たというのに、彼の顔には嫌悪感が全くなかった。
最近では、父でさえ私を見るのを辛そうにするというのに。
「レイ……様?」
「ん?」
呼びかけると、嬉しくてたまらないというように、さらに私を引き寄せ、頬に口づけを落とす。
その様子を見た勇者が、「うえっ」と声をあげた。
「お前……マジで?その醜いのに、よくできるな」
勇者の言葉に、私は顔を俯かせる。
何度も言われた言葉が、何度言われても、私の心を傷つける。
「は?アディンセルが醜い?何を言って……」
「ああ!忘れていた!ごっめんね、王女サマ!」
レイの言葉に被るように叫んだのは、レイと共に戦いに赴いていた魔法使いアンラン。
「いやあ、レイが戦っている間に他の男作られちゃったりしたら、戻ってきた時、レイの方が魔王になっちゃうだろうと思って、魔法かけてたんだよね!」
真っ黒のローブを羽織って、見た目はすごく陰気なのに、陽気に話す魔法使いは右手を掲げる。
「時間が経てば経つほど、周囲の人間が不快に思う姿に見えるようにしてたんだ。こんなに時間かかると思わなくって」
魔法使いの右手がゆっくりと振られている。
私には全く何のことか分からない。
魔法使いは何かしているようだが、私には何の変化もない。
レイを見上げるが、彼も首を傾げている。
「時間が経ってレイのこと忘れても、周りに寄ってくる男がいなきゃ、待ってるしかないよね!と思ってさ!」
「……男避けってことか?」
レイが首を傾げて問えば、魔法使いは誤魔化すように笑って頷いた。
「まあ、そんな感じ!」
そういえば、僕が死んでたら、この魔法解けなかったよね~なんて、呑気に笑っている。
私はふと、周囲の様子に気が付いた。
周囲の、私が見える範囲、全員が私を見ていた。
目を丸くして、頬を染めて、口に手を当てて。
「嘘だろ!?見たことも無いほど美少女じゃねーか!」
勇者が叫んで、私を凝視してくる。
その視線が怖くて、レイに縋り付く。
「お前……輪廻転生の輪に入れないほど滅ぼすぞ?」
レイが、片手を私に回しながら、スラリと剣を抜いた。
「どうやって!?俺は勇者だぞ!殺せると思って……ひえっ」
よくわからなかったけれど、勇者が後方に大きく飛びずさった。
「魔王にはお前の、妙な力が必要だったが、対人間なら、俺の方が強い」
「そうですね!そうでしたね!!」
勇者は、ちょっと離れたところまで走っていった。
レイが、改めて私を見下ろして微笑む。
そうして、美しい動作で跪くと、片手を私に伸ばした。
「アディンセル。ようやく戻ってきた。私と結婚してください」
私は嬉しくて声が出せなくて、何度も頷きながら、彼の手を取った。
この世界唯一の乙女は、世界を救った第二位の功労者に賜られたのだった。
「魔法使いアンラン……。追って沙汰を申し付ける」
「そうかなと思いました!」