5話(終わり)
「あぅー、のぼぜだぁー」
「自業自得だよ」
柚純と一緒に入って、まあ、その、いろんなことをしているうちに、調子に乗りすぎてしまった。
気付けば私も柚純もすっかりのぼせてしまい、二人して真っ赤になっていた。
「もう、お風呂入った後に、香苗ちゃんと濃厚な時間を過ごす予定だったのに」
「いや、なんかもう、十分濃厚だった気がするんだけど」
「……確かに」
思い出すと恥ずかしいけど、でも……。
「じゃあ、また今度もう一回、ね」
「……うん」
はにかむ柚純を今すぐ押し倒したくなるのを、なんとかこらえた。
自分の性への欲求って、男子並に――とは言わないけど、結構あるんじゃないかと思える。
「それにしても香苗ちゃん、そのパジャマ、似合うね~」
「そう?」
制服を着る気にもなれなかったので、柚純のパジャマを借りていた。
柄とかサイズとかはともかくとして『柚純の』ってのが私にとってはかなりの高ポイントだったので、借りることは大歓迎だったんだけど――。
「これって、色違いとかあるの?」
「え? えーっと、あったと思うけど」
「じゃ、今度買いに行こうかな」
「あ、気に入ったの?」
「と言うか――柚純とおそろいがいいな、なんつって」
「……香苗ちゃん、恥ずかしいでしょ」
「恥ずかしいよ! 言わないでよ!」
自分としても大分恥ずかしいこと言ってるなーって自覚してたのに、柚純に突っ込みを入れられてしまっては恥ずかしさを隠しようもない。
「それじゃ、今度一緒に買いに行こうね」
「……うん!」
だから柚純って大好き。
「あ、そうそう。香苗ちゃん、これ」
「ん?」
柚純が机の引き出しを開けて取り出したのは、小さな袋だった。
「なにそれ?」
「誕生日プレゼント」
「ええっ!?」
そう言えばそんなものもあったなぁ。
柚純に会えないのが寂しすぎてすっかり忘れてたけど、柚純は覚えていてくれてたようだ。
「ちょっと遅れちゃったけど……受け取ってくれる?」
「もちろん」
柚純が差し出した袋を受け取ると、中にはなにやら軽い物が入っているようだ。
「開けていい?」
「うん」
リボンを外して、袋の中を覗くと、小さな箱が入っていた。
「?」
箱を取り出し、さらに中の物を取り出すと――。
「わぁっ!」
花をモチーフにしてある、銀色の可愛らしいネックレスがそこにあった。
「可愛い~! これ、貰っていいの!?」
「むしろ、貰ってくれないと困るんだけど……」
「ありがとう、柚純!」
手に持ってみると、このネックレスが素敵だってことがよくわかる。
さすが柚純、オシャレだなぁ。
ひとしきり目に焼き付けた後、私はネックレスを大事に箱に戻した。
「今度、柚純とデートする時、つけてくるね」
「で、デートって……。う、うん、そうだね。そうしてくれると、嬉しい」
大好きな人に誕生日プレゼントまで貰っちゃって、私ってば幸せすぎてどうにかなってしまいそう。
「それと、これ」
「まだなにかあるの!?」
柚純はさらに、リボンのついた箱を渡してきた。
「あ、いや、そんな大した物じゃないんだけど。ほら、バレンタインだから」
「チョコ?」
開けてみると、中身は市販のチョコ。
「あ、これ、美味しいんだよね」
結構前にバイト先で話題になっていたチョコで、私も好きな物だった。
「ありがと、柚純。でも、バレンタインって、私が貰っていいのかな……」
「あと、これ」
柚純はさらにもうひとつ、箱を渡してくる。
「ええっ!? どれだけあるの!?」
「これで最後、最後だから」
「ふぇ~……」
驚きのあまり、わけのわからない声を出しながら箱を開けると――。
「すごっ……!」
入っていたのは、チョコだった。
――チョコだけど、市販の物じゃない。
細かな飾りつけがされてて文字が入ってたりする、いわゆるデコチョコだった。
「その、がんばった――けど、あまりうまくいかなかったから、先に保険として、ね」
柚純が先ほどの市販のチョコを指差し、困ったように笑う。
「ええっ!? すごいよこれ、飾っときたいぐらいだって」
パーツの一つ一つはよくある物で、きっと高価なわけではないと思う。。
でも全体としてみると、柚純が考えて配置したんだろうなって手作り感がすごいあるし、細かい作業が必要なところも見受けられるし、なによりも――。
『かなえ』って文字がハートの中に描かれてるのを見ると、胸が苦しくなる。
「ありがとう、柚純……」
心の底からそう思い、より一層、柚純のことが好きになってしまった。
「ごめんね、私はなにも用意してなくて……」
「え? あ、ううん、いいよ。気にしないで、私が勝手に作っただけだし」
「でも……」
「じゃあ、ホワイトデーに期待してる」
「……うん!」
目を合わせ、笑いあう。
ほんの少し先の、小さな約束だけど……私たちの関係は続けていけるんだぞって思うと、嬉しかった。
春。
私と柚純は、ゆっくりと……でも、確実に、二人で歩いてきていた。
「桜、キレイだね」
二人で手を繋ぎ、桜並木を歩く。
肩と肩がたまに触れ合う、恋人の距離。
周りから見たら、仲のいい姉妹に見えるのかな?
でも――。
私の胸元には、柚純に貰ったネックレス。
そこから温かい気持ちが産まれて、私の全身を包み込む。
「柚純」
「ん?」
声をかけたら、こちらを向いて首を傾げた。
好きだよ。
今まで何度も伝えたくて、でも伝えられなくて。
今まで何度も届けたくて、でも届けてしまってはいけなくて。
素敵なはずの気持ちなのに、苦しくて……切ない。
優しい目を見るたび、暖かい声を聞くたび、私の想いは膨らんでいって、パンクしちゃいそうだった。
でも――今は、違う。
「……」
黙っていた私に、柚純は声を出さずに、口だけを動かした。
(わたしも すきだよ)
そして、素敵な笑顔を私にくれる。
私もそんな柚純を見て、自然と笑顔になる。
私たちが歩く道にはきっと、多くの困難が待っていることだろう。
一年後の私たちは、どうなっているのだろうか。
十年後の私たちは、どうなっているのだろうか。
未来の柚純を、幸せにできるだろうか。
未来の私は、幸せになれるのだろうか。
いつか、もしかしたら……別れを選ぶ日が来るのかもしれない。
恋愛小説の最後がハッピーエンドだからと言って、その先の二人がずっと幸せだなんて、言い切れはしない。
でも、私たちが生きているのは、今なんだ。
今の私たちは、二人で歩いていくことを決めたんだ。
今、二人でいることが、何よりも大事で、幸せなんだ。
ぎゅっと、柚純の手を握る。
柚純も私の手を、握り返してくれた。
柔らかくて温かい、柚純の想いを感じる。
――うん。
二人で頑張ろうね。
春の風が、そっと、私たちの背中を押してくれているような気がした。
以上となります。
続きのお話を考えようと思い、再投稿しました。