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ガールズ・ビー・アンビシャス  作者: もひみみ
2/5

2話

 やがて、柚純の家に到着する。

「ただいまー」

「お邪魔します」

 とは言っても暗い部屋、誰もいない空間。

 柚純が明かりをつけると、記憶にあるままの柚純の部屋が目の前に広がった。

「コタツ、電気入れるね」

 柚純の言葉に、さっそくコタツへともぐりこむ。

「おお~、あったかーい」

「あはは、ストーブもつけるから」

 柚純がストーブをつけ、コートをハンガーに掛けるのを見ている。

 コートを脱いだ姿はバイトのメイド服から着替える時に見たのだけれど、こう言う家庭っぽい仕草はまた別にそそるものがある。

 キュロットスカートが作るお尻のラインとか、レギンスがぴしっとさせてる足のラインとか。

 たまにしてるミニにニーハイとかも可愛いけど、こっちも可愛いなぁ。

 上はそんなにお金かけてなさそうなパーカーだけど、やっぱ着る人が着るとオシャレって感じ。

 うーむ、さすが柚純、なにを着ても似合うからずるい。

「香苗ちゃん?」

 しまった、また別の世界に入り込んでしまっていたようだ。

「な、なに? どうかした?」

 とりあえずと言った感じで、当たり障りない返事をしておく。

「コートかける?」

「え? ああ! うん、お願い」

 電気ストーブはすぐに部屋を暖かくしてくれたし、コタツも暖かい。

 柚純にコートを渡すと、手際よく柚純のコートの横にかけてくれた。

「あー、あと飲み物、なにがいい?」

「いつもので」

「かしこまりました、ご主人様」

 営業用の言葉を言ってくる柚純に、思わず笑ってしまう。

「えー? なに、おかしかった?」

「ああ、ううん、なんか可愛すぎて笑っちゃった」

「なにそれ」

 私の返事に、柚純も小さく笑う。

「お待たせしました、インスタントコーヒーでございます」

 うやうやしく持ってきたお盆には、コーヒーの入ったカップが2つ。

 片方はミルクが入って白くなっていて、もう片方は黒いまま。

 私はためらうことなく、ミルクの入っている方を手にとる。

「砂糖は2つで良かったよね?」

「うん」

 私の正面に座る柚純に返事をしつつ、一口飲む。

 ばっちり、私好みの味。

 柚純も安心したように、自分の分を飲んだ。

「……ふぅ。でもやっぱ、マスターが入れてくれた奴の方が美味しいよね」

「私はこっちも好きだけどなぁ。お店のも美味しいけど――お上品すぎてわからないと言うか、なんと言うか」

 と言うより、柚純の部屋で柚純と飲むと言うシチュエーションが、スパイスとして効きまくってるんだけど。

「……」

 そしてしばらく、沈黙の時間が流れる。

 きっと柚純は、『相談』についての私への切り出し方を考えているのだろう。

 私も柚純の考えがまとまるまではと、話を促さずに黙っていた。

「……あのね。こんなこと、香苗ちゃんに聞くのってどうかな……とは思うんだけど」

 そんなに長くない逡巡のあと、柚純が話を始める。

「聞いてみたいんだ、香苗ちゃんの考え」

「うん」

 私のコーヒーは甘いけど、柚純のはきっと苦いコーヒー。

 そして柚純の表情も、真剣で――苦そうだった。

「例えば、香苗ちゃんが誰かと付き合ってたとして……その、彼氏のことは好きなわけでしょ?」

「うん、付き合ってるんなら、好きなんだろうね」

 そんな相手はいないし、柚純もそのことは知ってるので、『例えば』で始めたんだろう。

 でもちょっと考えるだけでも、好きじゃない相手と付き合うのは、ないなって自分では思った。

「でね、付き合ってて――他の人のことを好きになるってこと、あるのかなぁ?」

「……なるほど」

 柚純には彼氏がいる。

 私も見たことはあるけど、カッコよくて……“彼氏”に嫉妬しようと思っても、柚純にお似合いかなって思ったから無理だった。

 この相談の内容は、その彼氏についてなのだろうか。

「んー……例えばの話なんだよね」

「うん、そう、例えば」

 彼氏に浮気の証拠が見つかったとか?

 そんなのは許せることじゃないけど……でもそれって、浮気とか、そういうことをした後での話なんだよね。

「付き合ってる人以外のことを好きになっても、おかしくないと思うよ」

 好きだから付き合ってるには違いないだろうけど、だからって他の人を好きにならないって、なぜ言えるだろうか。

 少なくとも私は――そんな状況になったことないけど、それでも他の誰かを好きになる可能性はあると思った。

 だってずっとお互い好き同士だったら、浮気もないし、円満なカップルだらけじゃん。

 現実はそうじゃないって、誰だって知ってると思う。

「……そう思う?」

「もちろん、付き合いながら、その、他に好きな人とどうこうってのは……良くないと思うけど」

「うん……それはそうだよね」

「でも私はそう言う……他に好きな人が出来ちゃうってこともあるかなーとは思うけど……」

 柚純の目が、すごく真剣に私を射抜いてくる。

 私の答えは、柚純が望んでいた物とは違ったのだろうか?

 女の子って相談とは言いながら、自分で答えを最初っから出してること、結構多いし。

 でも……私は柚純に自分の考えを押し付けるつもりはない。

 柚純が違うって思ったなら、それはそれでいいと思う。

 柚純はコーヒーの入ったカップを見つめ、考え込んでいるように見える。

「……」

 手持ち無沙汰に、自分の分のコーヒーを一口飲む。

 甘さが脳まで行きわたり、少しリラックスすることができる。

「……柚純も飲む? 甘いの、落ち着くよ」

「……うん。ありがと」

 私が差し出したカップを受け取り、ゆっくりと口をつける。

 一口飲んだ柚純は、ほっと息を漏らし、小さく一度だけ頷いた。

「その……ごめんね、これ、私と彼氏のことなんだけど」

「うん」

 やっぱりそうだったのか。

 こんなに可愛い柚純以外に、そんな気持ちを抱くのはおかしい――って、これは私の偏見だし、さっきと言ってることが違いすぎる。

「彼氏と、うまくいってないの?」

「……なんて言うかね、好きなんだよ。好きなんだけどね」

「うん」

「……その、クリスマス――の日に……も、求められたのね、彼氏に……」

 求められたって言うのは――つまり、そう言うことなのだろう。

「付き合ってもう一年以上経つんだっけ?」

「うん。だから……その、期間としては、一般的なカップルとかだったらおかしくはないと思うんだけど」

 むしろ今どき、一年以上経ってやっとって言う方が珍しいくらいじゃないだろうか?

 まあ、私にはそんな経験ないから、友達情報とかで判断してるだけだけど。

 でも柚純が……ってなると、さすがに平静ではいられない。

「……その、したの?」

 直接的な聞き方になってしまうけど、聞かないわけにはいかなかった。

 聞いて同意されたらどうするってわけじゃないけど――でも、聞かなくちゃ、そんな焦燥感が私にはあった。

「しなかったの。できなかった……どうしても、そう言う気持ちになれなかったんだ」

「そ、そうなんだ」

 思わず、安堵の息を漏らす。

 ――けど、柚純にとってはそう安心できることじゃないはず。

「それから、その、あまりうまくいってなくてね。なんかちょっと、ぎくしゃくしちゃって……」

「……それで、彼氏に別の子が?」

「え? ううん、そう言う訳じゃなくて……」

「へ? 違うの?」

 さっきの話からして、彼氏に他に好きな子ができるのってどうなのって内容だと思ったんだけど。

「――私、今、迷ってる。彼氏以外に……一緒にいたい人、それこそ体を求めてしまうくらい、好きな人がいるの」

「えええええ!?」

 欠片ほども想像しなかった展開に、思わず大きな声を上げてしまった。

 ま、まさか柚純の方に、別に好きな人がいるとは。

 それも、付き合ってすらいないだろうに、体を……って。

「嘘っ? え? ホントに?」

「うん……好きなの」

 好きなのと断定して言うその瞳はまっすぐで、柚純が本気だと言うことがわかる。

「そ、そう、なんだ……」

 彼氏と、その……えっちしなかったって聞いて、柚純って硬い考えなのかなって思ったけど……。

「でも、さ……彼氏のことは? 嫌いになっちゃったの?」

「ううん。そう言う訳じゃない。好きだって気持ちはあるよ。でも――その、もう一人の人のことも好きなんだって……」

「そっか……なるほど……」

 んー、まあ、彼氏がいる状態で他の人を好きになるってのは……良いわけはないだろうけど、かといって絶対にないって物でもない。

 私もさっきそう言ったし、それは柚純の話だってわかっても覆すつもりはないけど……。

「柚純は……どうするの?」

「……」

 私の質問に、柚純が一度大きく深呼吸をする。

「まだ……わかんない。彼氏のこと、好きなんだよ? その、えっちなことはしなかったけど……今までだって楽しかったし、これからも続けていけたらいいなって思うし。好きって気持ちはあるの」

「うん」

「でも……もう一つの好きって気持ちが大きくなってくの、抑えられない。ううん、元からすっごく大きかったのを、見ない振りしてただけなのかもしれない」

「見ない振り?」

「うん。私……ずっとその人のこと、好きだったんだなって。彼氏に体を求められて――その時、浮かんだんだ。そう言うことは、もう一人の人としたいって」

「……そっか」

 柚純がそれほどまでに好きだって言うんだから、『その人』も悪い人ではないんだろう。

 今付き合ってる彼氏だって、一年以上も手を出さなかったわけだし……。

 柚純の話から察するに、それを断られても、他の女の子に逃げたりもしてないみたいだし。

「でも、それじゃダメだよ。そんなの、どっちにも失礼だよ」

「うん……」

 柚純もそれはわかっているだろうけど、私はあえて言葉に出して伝える。

「同時に二人の人を好きになっちゃうのは仕方ないと思う。けど、片方と付き合ってる以上、自分自身の本当の気持ちを出して、答えを出さなきゃ」

「……そうだよね」

「柚純なら……」

 その時、ふと、目の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 けど、それは流してはいけないものだと、とっさに目を瞑る。

「……大丈夫だよ。柚純の出す答えを、私は応援するよ」

「香苗ちゃん……」

 このままここで泣いてしまったら、楽になれたかもしれない。

 でも、それは柚純に自分の気持ちを押し付けて、私が楽になるだけだ。

 私が一番大切だと思っているのは、柚純だから。

 私の気持ちよりも、柚純だから。

 自分の気持ちを押し隠して、大切な物を守らなくちゃいけない。

 柚純のことが好きだから……何度も、何度も、自分の想いを諦めなくちゃいけない。

「……柚純ならきっと大丈夫。だから、ちゃんと考えてあげて。彼氏のためにも、その人のためにも」

「うん……考える。私が本当に、どっちが好きなのか」

「うん」

「……ありがとう。ごめんね、香苗ちゃん。嫌な相談……だったよね」

「ううん、全然。むしろ、相談してくれて嬉しかったよ。柚純は私を頼りにしてくれてるんだなってわかったし」

「……うん。頼っちゃってる。香苗ちゃんの優しいとことか、色んなとこに」

「はは、頼って頼って。トモダチならアタリマエー、だよっ!」

「あはは……ありがとう、香苗ちゃん」

「ん」

 涙をこらえて、笑うことはできていただろうか。

 柚純は……目じりをそっと指で擦っていたけど、いつものように微笑んでいた。

 私は柚純に、大好きだと伝えたかった。

 でも――届いてはいけない。

 そんなの、おかしいから。

 柚純はそんなの、望んでないから。

 だから私は友達として柚純を応援する。

 それが今の私ができる、唯一のこと。

 柚純には笑っていてほしい。

 それは――ただの友達だった頃から変わらない、純粋な、私の想い。


 それからしばらくして、柚純はバイトに長期の休みを申請した。

 学校や学年こそ同じだけど、クラスの違う私と柚純は会う機会もめっきり減り、なんとなく電話やメールもしづらかった。

 言い訳をするなら、柚純の休んでる穴を埋めるために、私もバイトで必死になっていたし。

 柚純が私を求めない以上、わざわざ気に掛けるのも余計なお世話かなとも思ったし。

 ……他の誰かと仲良くなる応援なんて、本当はしたくなかったし。

 もちろん、柚純の前ではそんな素振りは見せられない。

 だけど後からやってくる、胸を突き刺す痛み。

 だから、柚純が答えを出して――私がそれを割り切れるまでは、あまりそう言う話もしたくなかった。

 ……だけど、それも一ヶ月近くが経てば、私の心の中は柚純に会いたいと言う気持ちで一杯だった。

 胸は切ない、けど、柚純に会って、あの笑顔を見たい。

 ああ、本当に大好きなんだな……って想うと、応援するって気持ちも素直に思えるようになってくる。

 そして――柚純が答えを出したのは、2月14日、バレンタインの日だった。


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