他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【7】
「あの、リナさま。これはどうしたらよろしいでしょうか…!?」
毎度のように、困った声でメイドさんが告げる。
彼女が抱えているのは、顔が隠れるぐらい大きなバラの花束。
こんなマンガかドラマでしか見たことないような花束が、連日私に届けられていた。
持ってきてくれたメイドさんも迷惑だろうけど、受け取る私も大迷惑だ。
「まあ、その辺りに生けといて」
と言って辺りを見回す。生ける場所、あるかな!?
現在、私の部屋は、言葉通りバラに埋もれてる。
赤にピンク、黄色に、白。
色とりどりのバラが、あっちにもこっちにも置いてある。
今すぐにでも、花屋さんが開けそうなぐらい。
他にも、私の知らない花もタップリ。
もう、花とその香りに息が詰まる。もしかして、花で、窒息させようって作戦!? いや、それはないか。
正直、ウンザリ。
だって、ね。
この花を、王子が愛の証だとかなんとか言って持ってきてくれるのなら、そりゃ、私だってうれしいし、一輪一輪、大切にするよ!? ドラマみたーいとかツッコミながらでも、感動しちゃうと思う。
でも、この花は贈り主が違う。
これは、あの大使、ヴァイセン大公からの贈り物なんだもん。
それも、毎度毎度、「ルティアナの輝ける宝石へ」だの、「子鹿のごとく、しなやかな乙女へ」だの、まあ歯が浮いて、どっか抜けてきちゃいそうな、メッセージと共に届けられた日には…。
はああっ…。ため息しか出てこない。
花に罪はないけど、見るのもイヤになってくる。
「大使には、お礼を。ありがたくいただきますと、お伝えして」
気持ちはどうあれ、お礼だけは言わなきゃいけない。
どういう魂胆で贈ってきてるのか、知らないけど。
届けられたメッセージに、目を通す気力もない。
というか、私、まだこっちの文字、十分に読めないし。
あー、もう。
「ちょっと、馬に乗ってくるわ」
アンナさんたちにそう告げると、サッサと部屋を後にした。
そうでもしないと、花の匂いが身体に染みつきそうでイヤだったんだもん。
私の乗馬に関して、王子も特に止めなかったし、馬場で走らせるだけだから、そこまで警戒もされていない。
一応、護衛としてシルヴァンさんがいてくれるけど、それ以外、特に変化はなかった。
馬丁のおじさんから、私の愛馬を受け取る。
名前は「マロン」。
栗毛の馬だからじゃない。なんとなく、某マンガに出てきた馬の名前をつけただけ。
だってマロン、白馬だし。マロ眉じゃないけど。
キタサンナンチャラとか、ディープホニャララとかのほうが、カッコいいかもしれないけど、乗るのは私なんだもん。好きな名前をつけさせてもらったわ。
実際のマロンは、とっても大人しい。下手くそな私をフォローするように動いてくれる。
上手い人なら、この子の良さを、もっと引き出してあげられるんだろうけど。障害を飛ぶのに必死な私には、まだまだ難しい世界だ。
「今日も、よろしくね、マロン」
そう言って、顔を撫でてやる。すると、シッポを軽く一振りして、マロンがOKしてくれた。
マロンの背に載る鞍は、男性も使うようなもの。女性用の横座りの鞍は、私が苦手なので、使っていない。ジャンヌさん特製の乗馬用ドレスなら、男性用の一般的な鞍でも、足が見えることはない。安心して、ヒラリとまたがる。
…やっぱ、気持ちいいな。
馬上から見る景色は、ちょっとだけ普通と違う気がする。少しだけ視点が上にあがることで、見える景色にも変化が出る。
最初は、高くて怖かったけど、今はそうじゃない。ギューギューと結ばれた髪の、おくれ毛になり、こぼれ落ちた束が、風になびく。ホントは、髪なんて解いて、全部風に遊ばせたいのだけど、それはガマン。
「じゃあ行くよ」
彼女 (マロンはメス) の首筋を軽く叩いてやる。
すると、それに応えるようにマロンが歩き出す。
最初はゆっくり、そのうちに段々とスピードをあげて。
馬場はそれなりに広く作られているけど、マロンが本格的に走り出すと、狭く感じてしまう。
ガツガツッと大地を蹴って、スピードの頂点で、馬首をめぐらす。
うーん、欲求不満。
多分、それはマロンも一緒。
苛立ってるのがわかる。お尻から伝わる感覚で、「ああ、嫌なんだな」って。
「ごめんね」
今は、遠くへ乗っていくことができないから。王子が即位して、落ち着いたら遠乗りしようね。もちろん、王子も一緒にさ。
私もマロンも、ストレス溜めまくり。
こりゃいっちょ、障害でも跳んでみるか。
柵を利用して作られた障害にむかって、マロンを歩かせる。
私、まだ障害競技はほとんど経験値がない。うまく、跳べる日もあれば、マロンに跳ぶ気がない日もある。それに最近は、即位式にむけて何かと忙しかったから、マロンに乗る機会も少なかった。
だから、久々の障害なんだけど。
「よろしくね、マロン」
彼女もスッキリしたい気分なんだろう。ブルッと軽く嘶いた後、素直に障害へと走り出してくれた。
最初はちょっとドキドキしたけど、一つ越え、二つ越え、そのうち段々と調子に乗ってくる。
障害の直前、マロンの前足が上がり、私は軽く前傾姿勢に。そして、後ろ足が蹴られると同時にお尻を浮かせ、彼女の背に沿うようにして負担を減らすっ!!
グイーンッと身体が持ち上がる感覚。
馬と一体化したような、この時が、一番気持ちいい。
身を起こし、今度は着地に備え、鐙を踏む足裏に重心を持っていき…、え!? ええっ!?
一瞬、目の端で捕らえたものに驚き、もう少しで、バランスを崩しそうになった。
ギリギリのところで、背を伸ばし、なんとか落馬をのがれる。手綱をひいて、ぐらついた上体のバランスも取り戻す。
はあぁぁぁぁっ…。
胸に溜まった息をすべて吐き出す。
あっぶなかったぁぁ~。
もう少しで、落馬→ケガ→アンナさんの大目玉になるところだったよ。
私の不手際に、不満そうなマロン。
だけど、今の私に、彼女の機嫌どうこう言ってる余裕はなかった。
だって。馬場の先、シルヴァンさんに警戒されながら姿を見せたのは…。
「もう少し、重心を落としたほうがよろしいですよ、姫君!?」
冷たい眼を細めて笑う、あの、ヴァイセン大公だったんだもん。




