他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【6】
結局、大公とはその一曲だけ踊っただけだった。
ちょうど曲の終わりに、王子が私を迎えに来てくれたから。
「妻をお返し願いたい、大使殿」
曲が終わっても、大公が私を手放す気配がなかったから、王子のこの行動は、ある意味助かった。
「おおこれは、失礼いたしました」
大公が頭を下げる。
「あまりにおかわいらしいので、つい夢中になってしまいました」
…うわー。またとんでもないウソを。
そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに。
「殿下が、片時も離されたくないと思われるお気持ちもわかりますよ」
これだけ愛らしいのですからな。
そのセリフも白々しい。
「ええ。姫は、私の得た、人生で最高の宝ものですよ」
グイッと王子に、肩を引き寄せられた。
「彼女以外の女性など、私には考えられません」
…うわっ、王子。何しれっと、とんでもないこと言ってるのよっ!!
大公の言葉はどうでもいいけど、王子のセリフには、ゆでダコになるしかない。
真顔で、それも他人に言うセリフじゃないよ。
そこへ、ちょうどいいタイミングで次の曲が始まった。
「では…」
軽く会釈だけ残し、半ば強引に王子が私を連れて行く。
「やはり、逃げ出そうとするだけのことはあるな。元気がいい」
……え!?
背後から、ボソリと聞こえたそのセリフにふり返る。
…逃げ出す!? それって、あの誘拐未遂事件のこと!?
だとしたら、あの黒幕はやっぱ、ヴァイセンだったってこと!?
驚く私に、ニヤリと笑った顔の大公。
…やっぱりだ。
あの事件の犯人は、ヴァイセンだったんだ!!
…ってことは。今回こうしてローレンシアにやって来た理由は。
① 単純に偵察。
② 面白半分。
③ あの事件の顛末を聞いて、私に興味を持った。
④ 不甲斐ない部下ではなく、自らさらいにやって来た。
⑤ ついでに、新王となる王子と、国の様子も見定めに。
かなあ。私が思いつけるのは。
②はまあ、ないとして。
①と⑤は、最大の理由としておかしくない。
③と④は、ちょっとゴメンこうむりたい。
セフィア姫の身体でだったし、アデラも巻き込まれてたから必死だったけど、あれ、チョー怖かったんだからね。
誘拐なんて、普通の女子高生が滅多に遭うような事件じゃないし。(あってたまるかっ!!) 男どもにひん剥かれそうになったときなんて…。
ダメだ。思い出すだけで、身震いがしてくる。
王子と踊りながら、思わず身体をピタッと寄せる。
一瞬、王子がどうした!?って顔をしたけど、何も言わずに、腰を抱く手に力を込めてくれた。
この手。
王子の手なら、どれだけ触られても怖くないんだけどな。
どっちかというと、護られてるって感じがして好き。
私。
このまま王子と、何ごともなく平和に暮らしていきたい。
あっちの世界にいる時に、暁斗に聞いたいろんなこと。
この世界の構造が、少しだけ『ベルばら』時代に似てること。もし『ベルばら』そのままになってしまえば、この先に待っているのは革命だ。1789年 フランス革命。「火縄くすぶるバスティーユ」
もし、それが回避できたとしても、このローレンシア王国を取り巻く情勢は、安定しているとは言い難い。セフィア姫の故郷、ルティアナ王国とは戦争しないだろうけど、ヴァイセンとはいつ、どうなるかわからない。
今は、戦争をしてないけど、奪われた領土をそのままにはしておけないから、いずれそうなるかもしれないって、王子が言ってた。
以前、これを聞いた時は、「ふーん」ぐらいにしか思ってなかったけど、今は違う。
戦争になれば、王子も参加しなくちゃいけないだろうし、危険なことも増えると思う。
…そんなの、ヤダ。
王子も誰も傷ついてほしくない。
みんな幸せになってほしい。
幸せを壊さないで。
そんなことを願いながら、チラッと大公の方をうかがう。
壁にもたれ腕組みしながら、こっちを見てる、ヴァイセン大公。
ねえ、頼むから余計なことをしないでよ。平和にメデタシメデタシにさせてよ。
私の願いに気づいたのかどうか。大公が、その口角をグイッと持ち上げて笑った。
ヤダな。その笑み。
絶対、何か企んでる。
舞踏会が終わっても、大公は特に何も仕掛けてこなかった。
ホッと安心したいところだけど、逆に、静かすぎるのも不気味で怖い。
こういうのって、こっちが一安心して、警戒を緩めた時に、ワッと何かが来るのよね。よくある、ホラー映画なんかだとそうじゃん!? ちょっと怖い感じの出来事があって、「なーんだ」ってホッとした時に襲ってくる、真の恐怖。
だから、無事に王子の即位式が終わって、大公がヴァイセンに帰るまで、絶対気を緩めちゃダメなんだけど。
そうは言っても、人間、どっかに限界はある。
私の場合、気を緩めたわけじゃないけど。安心したわけじゃないけど。
とんでもないものが、手元に舞い込み続けることになってしまった。
これ、いったいどうしたらいいの!?




