他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【5】
「ねえ……」
一曲目が終わって、二曲目。他の貴族たちも踊りだし、広間全体が騒がしくなったところで、私は王子に話しかけた。
「最近毎晩のように、舞踏会やら晩餐会をやってるけど」
話しながらも、ダンスは続ける。
「お金とか、そういうの、大丈夫なの!?」
貧乏性と言われるかもしれないけど、そういうの、気になる。
あんまり浪費ばかりしてると、その。あちらの世界で暁斗に教えてもらったような、「革命」とか起こんないか、不安になる。
王子や、セフィア姫(今は私)の立ち位置が、あまりにルイ16世だの、マリー=アントワネットに似てるから。金遣い荒くて革命っ!!ってならないか気になって仕方ない。
「心配はいらない」
王子が耳元でささやいた。
「この時期は、いつも舞踏会など開催されている。今年はちょっと気合いが入っているが、開催じたいはいつものことだから、問題ない」
…そうなの!?
「舞踏会、晩餐会程度で国庫が傾くことはない。そんな情けない政治はしていないぞ!?」
…そっか。
「それより大変なのは、リナ、お前のほうだ」
「うえっ!?」
「これを機会に、自分を売り込もうとする令嬢たちが、こっちを見てるぞ」
軽く促され、周りを見てみる。
確かに、私たちを見てる貴族だの、令嬢だの多い気はするけど。
「みんな、お前に気に入られたいんだ。そうすれば、いろんなことにチャンスが増えるからな」
令嬢たちは、第二のアデラポジションを狙っているらしい。王妃のお友達となれば、権力のおこぼれをもらうことも出来るし、結婚だって高望みすることが出来るようになる(かもしれない)。
…ああ、そういうの、『ベルばら』にもいたなあ。ポリニャック夫人だっけ!? マリー=アントワネットのお友達。
ちょっとげんなりして、ドヨーンとした目になる。
そういう黒いのは、アデラだけで十分だ。彼女だって、今は違うベクトルに邁進中だから、気にせずつき合えるけど、以前の彼女のようなのがゴロゴロやってきたら、正直ウザいしイヤだ。彼女みたいに、また、「目指せ!! 公式愛妾の座!!」なんてやられたら…。こっちの身がもたない。今度はセフィア姫のために、王子の二股を防ごうっていうんじゃなく、私の気持ちがもたない。嫉妬とかそういうの、もう味わいたくない。
「大丈夫だ。俺と一緒にいれば。令嬢たちは、そうそう声をかけては来ない」
ラブラブな君主の間に入ってまで、自分を売り込もうとするバカはいないってことね。
じゃあ、曲が終わっても王子と一緒にいよう。そうしよう。
私がいれば、王子に色仕掛けで近づく令嬢もいないだろうし。
ということで、ちょうど曲が終わったもんだから、王子に手をとられたまま、壁際に移動する。
二曲続けて踊ったもんだから、結構息が上がってる。ノドも乾いた。
そこへ、またタイミングよく、給仕のお兄さんがピンクの飲み物を持ってきてくれたんだけど。
「お前はダメだ」
王子がそれをくれなかった。私に渡されたのは、ただの水。
…なんで!? ケチ!!
私だって、あのジュース飲みたい。
不満をぶつけようと口を尖らせる。
が。
「よろしければ、お相手いただけませんか!?」
その誘いに、文句はノドに押し戻される。
文句なんて言ってる場合じゃないよ。
令嬢は近づいてこなかったけど、代わりにとんでもないのが誘いに来た。
「ヴァイセン大使……」
って、大公本人だっけ。
まさか、こんな大物がダンスの誘いに来るなんて、思ってもなかった。
どうしよう。
困り果てて、王子の顔を見る。
一瞬だけど、王子、とってもこわばった顔をした。
さすがに王子も、この人が誘いに来るとは思っていなかったのかも。
けど。
「私とでは、ご不満ですか!?」
なんて訊き方されたら。不満です、イヤですなんて言えないし。
えーいっ、これもおもてなしじゃっ!!
「喜んで。カイゼルハルト殿」
精一杯にこやかに手を差し出す。
王子が驚いたような顔をしたけど。ごめんっ!!
一曲だけ、お国のために浮気してきますっ!!
大使とのダンスは、王子の時とはまた違った意味で注目を浴びた。
夫である王子以外と踊るのが悪いわけじゃない。もし、他の大使だろうが貴族だろうが、誘ってくるようだったら、王子や国のことを考えて踊らなきゃいけないんだと思う。
下手に断って、相手の心証を悪くしちゃダメだし。これも立派な外交だ。
だけど、まさかこの大使、ううん。大公が誘いに来るとは思ってもみなかった。
この人、どういうつもりでここに来たんだろ。
仮にも敵国である、このローレンシア王国に堂々と乗り込んできて。面なんて割れてるのに、「大使です」ってフリをして。
そんでもって、大人しくしているのかと思えば、その逆で、こんなふうに目立つのも気にせずに、ダンスに誘ってくるし。
何、考えてるんだろう、このオオカミ大公は。
間近で見ると、ホント、怖いぐらい鋭い目つきなのよね。薄氷、もしくは割れた氷の鋭い欠片のような色の瞳。こんな怖い目つきの人、初めてだよ。ヤクザさんとかとは違う。ベクトル違いの怖さ。何考えてるのかわかんない。底なし沼のような恐怖。
「そんなに見つめられると、困りますね」
笑顔で、大公が言った。
あ。どうしよう。考え事して、メッチャ、ガン見してたみたい。
「申し訳ありません…」
ここはしおらしく謝っておこう。
「アナタの瞳に私が映っているのを見るのは…、とても緊張しますね」
言いながら、大きくターン。
「いけないとは思いつつ、胸が高鳴りますよ」
ウギャーッ!!
スゴいセリフだし、どっかで聞いたことのあるやり取りだけど…。
アンタ、目っ!! 全然笑ってないしっ!!
そんなこと、カケラも思ってないでしょっ!!
踊っててよかった。そうじゃなきゃ、心にもないセリフと、その嘘くさい笑顔に回れ右!!してたと思う。




