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他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【3】

 その姿に、一瞬大広間が静まり返った。

 「ヴァイセン公国大使、ヴォルトナー・カイゼルハルト殿」

 広間の入り口で呼ばれたその名前。

 大きく開かれた扉から、堂々と入ってくる男性。(とお付きの部下二人)

 その人が歩くたび、空気がピリピリしたものになった。

 ………………!?

 みんな、どうしたの!?

 わけがわからないのは、私だけらしい。

 隣にいる王子の顔も、強ばっている。そして、その先にいる王さまも。

 公式愛妾という立場から、そばにいられないけど、現在、王国を取り仕切っているロワイユ夫人なんて、白い、を通り越して、透き通ったような顔色だ。ギュッと口元を引き締め、その眼の前を歩いていく大使を凝視してる。

 「………そうきたか」

 ボソリと、王子が呟いた。

 …なんのこと!?

 この大使になんかあるの!?

 それまでの他の大使たちと違う反応に、私だけがついていけない。

 「この度の国王陛下のご譲位、そして王太子殿下の御即位。つつがなく執り行われること、心からお慶び申し上げます」

 大使が深々と頭を下げる。

 「我が国の大公も、この先、新国王陛下のもと、ともに手を携え発展してゆけることを、切に願っております」

 …うわー。しらじらしい。

 ちょっと前まで、戦争してたっていうのに。セフィア姫を拉致ってどうにかしようとしてた(かもしれない)クセに。

 でもまあ、この国の敵っていうのは、他の、それまでに挨拶した大使も変わらないかもしれないから、この人だけがおかしいわけじゃないけど。

 ただ、ここまでウソくさい上辺だけのセリフを並べられると、なんだかなあって気分にはなっちゃう。

 私の視線に気づいたのか、大使がその顔を上げた。

 「そちらの方が、殿下の。ルティアナ王国からいらしたという、リナ妃殿下でいらっしゃいますか」

 うお。リナ、妃殿下って…。

 「なるほど。ウワサに違わず、お美しい」

 ゲロゲロゲー。ウソだそんなの。

 だって、その眼。全然笑ってない!!

 人を値踏みするような鋭い眼光。

 シルヴァンさんよりやや白みがかった、灰色に近い髪の下からのぞく眼は、冬の空というより、氷の鋭い破片のように冷たい。

 シルヴァンさんが、銀の若い一匹オオカミだとしたら、こちらはオオカミのボス。歳は王子より十歳ぐらい上だと思う。眼光に似合うだけの体格で、他の人より頭一つ分背が高い。なんか、有無を言わさない、威圧感というのか、そういうものを感じる。

 これで大使なんだから、この人みたいなのを束ねるヴァイセンの王さまってどんな人なんだろう。オオカミの帝王!? 狼王ロボ!?

 「遠路はるばるの来訪、ヴァイセン大公よりの言葉、とてもうれしく思う」

 私と王子より一段高い場所にいる、王さまが声を上げた。

 貫禄だけでいうなら、ウチの王さまだって負けてない。

 王子に似たグリーンの瞳。シワの入った眼からの「ひかえおろうっ、皆のものっ!!」ビームはいまだ健在。

 うっかりすると、私まで「ははーっ」ってひれ伏しちゃいそう。

 「即位までの期間、ゆっくりと滞在されよ」

 「はっ」

 うやうやしく大使が頭を下げる。

 その態度は、別におかしくもなんともない。

 …そのはずなんだけど。

 その場に流れたピリピリした空気と、苦虫を噛み潰したような王子の表情に、私は頭にデッカな「!?」をこさえるほかなかった。


 「あれは、大使なんかじゃない。ヴァイセンの大公、本人だ」

 夜になって、王子がその理由を教えてくれた。

 …って、え!? 大公!? 大使じゃなくって!?

 「この国の状況を見定めに来たんだろうが。なかなか大胆なことをしてくれる」

 王子が口元を歪めた。

 そりゃそうだ。

 どうりで、あの場の空気がおかしくなったはずだ。

 その国の大使ではなく、トップ、大公本人が来てるんだもん。

 水戸の御老公に気づかなかった連中はともかく、顔を知ってるヒトは、「なにが大使だ。なにが越後のちりめん問屋だ」って思ってたんだろうなあ。

 他の国の大使まで固まっていた理由に納得する。

 しれっと大使のフリして、大胆にも敵国にやってくる。

 もしかしたら正体がバレて、「事故でしたー」とか言われて殺されてもおかしくないのに。死ぬのは大使だし!? 問題ないでしょってことで、片付けられることだってあるかもしれないのに。

 よっぽど自分の腕に自信があるのか。それとも、今のローレンシアにそんな事はできないって甘く見られているのか。

 どっちかわからないけど、気づいてて黙ってなければいけない、こっちのことも考えて欲しい。

 「まあ、どういう腹づもりかは、わかりかねるから、しばらくは様子を見るが…」

 王子が言葉を切った。

 「大丈夫だ、リナ。あんなことは二度と起こさせないから」

 黙りこくってしまった私を、王子がギュッと抱きしめてくれた。怖がってる、とでも思われたのだろうか。

 「俺がついてる。お前は、何も心配しなくていい」

 肌越しに伝わる、王子の声。

 「ありがと、王子」

 私も、全力でアナタを護るからねっ。頼りないかもしれないけど、ガンバるからねっ!!

 「なあ、リナ」

 不意に王子が声を上げた。それまでと違い、声が軽い。

 「お前、いつまで俺を「王子」って呼ぶつもりなんだ!?」

 「うえっ!?」

 イキナリ、何!?

 「俺、もうすぐ国王陛下だぞ!? そうなっても「王子」って呼ぶつもりか!?」

 「そっ、それはぁ……」

 突然の質問に戸惑う。

 「王子」なんていうのは、「委員長」とか、「部長」とか言うのと同じで、ずっとその役職で呼んでるだけの名前で。いざ、その本名を呼ぼうとすると、照れるというのかなんというのか。

 両津勘吉が大原部長を「大原大次郎さん」なんて呼ばないように、私だって、王子を名前で呼びづらいのよ。

 だって、照れるし。

 「これを機会に、名前、呼んでみろ」

 ええっ!?

 「呼ばなければ…」

 王子が、ネグリジェを脱がし始めた。

 少しずつむき出しになる肌に、口唇を当てられる。

 「あっ、そのっ、やあっ…」

 だから、思考がまとまんないんだって。そういうことされるとっ!!

 「早く呼ばないと…」

 項をキツめに吸い上げられる。

 「…………っ!! ヴィッ…!! ヴィルフリートッ、王子っ!!」

 背中を駆け上がるゾクゾクした感覚と戦うように、名前を呼ぶ。呼べば止めてくれる!?

 そんな淡い期待をしてたのに。

 「愛称で」

 お仕置きとばかりに、カプッと歯を立てられた。くぐもった声が骨に響く。

 「ヴィルッ……!! ひぃうっ!!」

 もうダメ。身体、クニャクニャ。

 よくできましたと、王子がニヤッと笑った。そして、当然のようにネグリジェは剥ぎ取られる。

 …止める気ないんかーいっ!!

 王子、アンタ最近こういうプレイ、好きでしょ。

 ヒトをいじめて楽しむ系のヤツ。

 私の弱いところを知り尽くした王子の手に、身体に翻弄される。

 結局、その日は何度も愛称を呼ばされ、好きなだけ王子にもてあそばれた。

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