他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【2】
うう~。
「ほら、まっすぐ前を見てっ!! 膝は曲げないっ!!」
パンパンッと手を叩く音だけが、部屋に響く。
「顎を引いてくださいっ!! でないと…」
バサバサッ……。
言われるより早く、私の頭の上から、分厚い本が床に落ちる。
思わず、アデラと二人、その本に視線を落とす。
「はいっ、もう一度っ!!」
落ちた本は、再び頭の上へ。
グラグラと揺れる本を頭上に、再びお姫さまウォーク。
「前を見て、もっと早く。顔をこわばらせないっ!! 腕は下ろすっ!!」
ビシバシくらうダメ出し。
「まっすぐ歩いたら、今度は、そのまま優雅にお辞儀…って、ああ」
バサッ。
再び、本、落下。今度は、ペンギンのお手々みたいになってた腕で受け止める。
「ちょっと、休憩しない!? アデラ」
さすがに、歩き詰めは疲れた。
「何をおっしゃってるんですか。こうしてレディとしての基礎を、もう一度学びなおしたいと申されたのは、リナさまでしょう!?」
…うう。それはそうなんだけど。
「それも、座ってばかりはイヤだからっておっしゃるから、こうして身体を動かすことをしているのに」
ヒョイッと、腕のなかの本を頭に載せられた。
「ほら、もう一度歩いてくださいな。本番まで、あと三ヶ月しかございませんのよ」
パンパンッと手を叩かれた。
…わかってる。わかってるんだけど。
身体を動かすったって、こういうのは、首がカチンコチンになるし、疲れて逆にストレスが…。
「ほらほらっ!!」
促すように、何度も手を叩くアデラ。
グラグラする本に、オッカナビックリでも歩くしかない。
ヨタヨタ、フラフラ、オットット。
「…まったく。故郷でなにを習ってきたのかしらね」
小さく、ため息混じりにアデラが呟いた。
…しょーがないじゃん。故郷じゃ、タダの高校生だったし、こんな歩き方まで習ってないんだもんっ!!
セフィア姫なら、なんなく歩けるんだろうな。
そんなことを考えながら、その日何度目かの本を取り落した。
私が、こうして勉強だの、行儀作法だのに精を出すのには理由がある。
王子のためだ。
王子のために、妃として恥ずかしくないだけの、教養と立ち振舞いを覚える。
さすがに、この顔を変えることは出来ないから、せめて、行動、知識だけでもそれに見合うようにしたい。そう思ってアデラに教えを乞うているんだけど。
アデラは、私の申し出に、ものすごく驚いてた。
仮にも一国の王女、それも他国へ嫁ぐような姫が、マナーを学びたいだなんて、おかしすぎるでしょ。
アデラの感じたことは正解だと思う。
多分、本来のセフィア姫なら、こんな授業いらなかったとと思うし。
彼女なら、きっと、逆に周囲がうっとりするような優雅な仕草で、妃として立派に振舞ったんだろう。容姿と相まって、おそらく伝説になりそうなほど、素晴らしい妃になったと思う。
だけど。にわか姫の私はそうはいかない。
高校生としてレベルのことなら、なんとか出来てると思うけど、それ以上は、まずムリ。
お姫さまってこんな感じかな~っていうのでごまかすには、限界もある。
実際、私がセフィア姫の身体で、彼女のフリをしてたときにも、
「セフィアさまは、こう言ってはなんだが、その、なあ…」
「お美しいとは、思うが、なあ…」
アデラが、王子に言い寄っていた理由を推察される度に、周囲からこう言われてた。あんな姫よりも、同国人で美しいアデラのほうが王子もいいのだろうと、好き勝手に噂されるもとにもなった。
…なによ。「なあ…」って。「なあ…」ってなにさ。
ハラは立つけど、どうしようもなかった。
それほどに、私は姫さまらしくなかったのだ。
ホンモノの姫さまなら、「なあ…」なんて言わせないのに。
あの時は、どう言われようとそこまで思わなかったけど、今は事情が違う。
王子のために、「なあ…」なんて言わせたくない。
私のことで、王子に恥をかかせたくなんてない。
だから、がんばる。顔は変えられないから、せめて振る舞いだけでも。
そう思ってがんばってるんだけど…。
ああっ!!
もう、結構限界近いっ!!
王子や、教えてくれるアデラに悪いけど、ブチ切れリミット寸前だよっ!!
姫さま業って、なんでこんなに大変なのっ!?
歩き方、笑い方、腕の上げ方下げ方エトセトラ。
歴史に語学、政治に経済、文化、こっちに不慣れな私のために、習字なんかも存在する。
そして、その合間を縫うように、即位式のためのドレスの仕立て、身につける宝石選び。たくさんの衣装を仕立てられることに、ジャンヌさんは張り切っていたけど、リカちゃん人形状態の私は、もう……。
その上、髪や肌の手入れだとかで、さんざん風呂に浸けられ、最高級エステを、なんかわかんないものを、徹底的に塗られ、こすられ、磨かれて。
王子の即位の儀までに、完璧な王妃を目指すことになりそうだけど…。
一日は二十四時間、私の身体は一つしかないんだから、もう少し。もう少しだけ休ませてぇっ!!
王子のためにがんばるって決めた心は、その気力と根性だけでどうにか形を保ってた。
ホント、姫って大変だ。
そして。
流れた日々の先。
とうとう、各国の大使がこのローレンシア王国にやって来る日となった。
まだまだ王妃修行の途中だけど、王子とともに、にこやかに大使を迎える。
とりあえず。
真っすぐ歩いても、頭から本が落ちることはなくなっていた。




