他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【13】
大公への刺客騒ぎで、舞踏会はそのまま中止となった。
シルヴァンさんにヤキモチを妬かせる作戦のアデラは、かなり残念がっていたけど、あんな事件があったんだもん。仕方ないと言えば仕方ない。(作戦は、未だに成功していない)
先に部屋に戻った私は、案の定、アンナさんからド叱られた。
顔の傷。
もう何度やっちゃったかわかんないケガに、アンナさんは、何度目かのカミナリを落とす。
もうすぐ戴冠式だというのに。ご自分の身体をなんだと思っているのですか。
心配する、こちらの身にもなってください。王妃となる自覚はあるのですか。
とまあ、延々と続く。
心配と迷惑をかけたことに、何度も謝る。
ホント、アンナさんって、こっちの世界のお母さんだよなあ。私の身を第一に考えてくれる。それも、役目柄というのじゃなくって、心の底から心配してくれてる。
「ごめんなさい」
アンナさんに、そっと抱きつく。本当のお母さんより、やや恰幅のいい、でも、同じ匂いのするアンナさんの胸。
「まあ、おわかりいただけたら、それでいいのですけど」
少し困ったように、アンナさんが言った。そのうえで、頬にクスリを塗ってくれる。
クスリは、愛情分だけ、少ししみる。
私が謝んなきゃいけないのは、アンナさんだけじゃない。
助けに駆けつけてくれた王子にもだ。
夜遅く、すべての処理を終えて寝室に訪れた王子に、開口一番に謝罪した。
「まあ、お前が無事ならそれでいい」
軽いため息とともに、アッサリ許してくれた。
「ただ、あんまり無茶なことをするな。こっちの身がもたない」
「…うん」
逆の立場だったら、私もどうにかなっちゃうと思う。
申し訳なさでいっぱいになって、視線を落とす。迷惑かけちゃったよね。
「まあ、お前のそういうところが、俺は好きなんだがな」
うえっ!?
「誰かのために、自分を顧みずに突っ走る。危なっかしいが、その強さと優しさが、お前らしくていい」
「王子…」
そんなドストレートに褒めないでよ。メッチャ照れるじゃん。
「ただ、笛の音を聴いた時には、心臓が止まるかと思ったぞ!?」
あれは、私の危険を知らせる音だから。王子が驚くのもムリはない。
「ごめんなさい…」
その気持ちに応えようと、王子の胸にすがりついた。
少し驚いた王子だったけど、それでも優しく抱きしめてくれた。
気持ちを解いてくれるように、髪を梳いてくれる。宝物を抱くように、背中に回された、温かい手のひら。
寄せた頬から伝わる、王子の鼓動。王子の男らしい匂い。
それらすべてが、私を包んでくれる。
「リナ…」
私を呼ぶ、王子の声。
…王子、大好き。
頬を思いっきり擦り寄せる。
「悪いと思っているのなら、今日はトコトンつき合ってもらおうか」
へっ!?
驚き見上げた王子の眼に、イタズラっぽい光がきらめいた。
「もう大丈夫なんだろう!?」
うえっ!? 生理のこと!?
そりゃあ、今日は、終わってるけど…。
…なんかヤな予感。
答えずにいると、そのままベッドに押し倒された。
「リナ…」
名前を囁くと同時に、深く口づけられる。
そしてそのまま、ネグリジェの紐を解かれ…。
「明日のお前の予定は、全部取り消しておいた」
…それって、それって、どういう意味よーっ!!
「安心して、朝までつき合え」
…ウッギャアァァッ!! それって、「君を眠らせない」ってやつ!?
夜明けのコーヒー、朝チュン、ナイチンゲールを聞きに行く。
わけのわからん言葉に頭を混乱させながら、いつもより激しい愛撫に身を蕩かされていった。
翌朝。
ふっとばしてた意識が戻った時には、王子はそばにいなかった。
自分がいつ眠ってしまったのか、わかんないけど、王子は、とっとと起きていたらしい。
…たいして寝てないと思うんだけど。
軽くきしむ身体を、ゆっくりと起こす。
頭がまだ、ボンヤリとする。身体、ダル重~。
今日は、予定を全部キャンセルしたって王子が言ってたから、このまま寝ててもいいんだけど。
…………ヴァイセン大公っ!!
トロトロの思考のなかから、大事なことを引っ張り出す。
確か、今日帰国するって言ってた。
あわてて、ベッドから飛び降りる。
腰が痛いとか、眠いとかどうのって言ってる場合じゃない。
王太子妃としても、一人の人間としても、彼に会っておかなくちゃいけない。
* * * *
「それでは、殿下」
「道中、気をつけられよ」
ヴィルフリートの言葉に、大公がうやうやしく一礼する。
こうして大公と会うのは、これが最後だ。次に会うとすれば、それは戦場。ローレンシア国王とヴァイセン大公として、敵として対峙することになるのだろう。
リナの一番嫌う、生命のやり取りの現場で…。
一瞬だけ、瞑目する。
「大使殿」
ヴィルフリートの呼びかけに、歩き始めていた大公がふり返る。
「我が国は、貴国との戦争を望んではいない。もとは、同じローレンシア皇国の領土であった身。私は、ルティアナ同様、貴国との友好を何より望んでいる」
その宣言に、大公が、少し眼を細めた。
「それは、あの姫君のため、ですかな!?」
ニヤリと笑い、心を見透かされてしまう。
「ええ。戦争は、最も彼女の嫌うところですから」
だからといって動揺することはない。いつもどおりの堂々とした声で返答する。
「弱気と、判じられても!?」
「構いませんよ。戦争より、平和を作り上げる。そのほうが後の世で、偉大な国王と称されることでしょうから」
戦争は簡単だ。武器を持ち、誰かを殺せばいい。だが、平和はそうはいかない。吹き出す不満を押さえ、人々の幸せを叶えなくてはいけない。幸せは、人それぞれの基準があり、単純にこれでいいだろうという正解はない。
壊すことより、維持することのほうが何倍も大変なことなのだ。
「姫君に、お甘いですな」
その言葉に、苦笑する。
あのリナを護るためには、平和を追求するしかない。
リナは、誰かのためなら、自らを顧みずにどこにでも飛んでいく。誰かを護るためなら、なんだってやる。昨夜のように、棒っ切れになってしまった得物しかなくとも、敵に背をむけない。必死に、ガムシャラに何にだってぶつかっていくのだ。彼女は。
腕のなかで、大人しく護られてるだけの女じゃない。自分を抱く、その腕をも護ろうと飛び出していく。そういう女だ。
ならば、彼女を護るには、まず己の安全をはかり、平和に務める。そうすれば、彼女も大人しく、この腕のなかに収まってくれるだろう。
リナに無茶をさせないためには、それが一番だ。
「それほどまでに、思いあえるとは…」
ボソリと、大公が呟く。
「大使さまっ!!」
その声に驚き、ふり返る。
そこには、寝ていたはずのリナが、息を荒らして立っていた。
こうして出てこられたくないから、一晩中、さんざん愛して動けなくしたんだがな。
予想以上のリナの元気さに、ヴィルフリートは苦笑するしかなかった。




