他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【11】
「それで!? 姫君のご用件は!?」
大公の問いかけに、自分がここに来た理由を思い出す。
大公に、言わなきゃいけないことがあったんだ。
「ええっと。以前、ワタクシにおっしゃっていたでしょう!? 平和とは、他者から与えられるものではなく、奪い取るものだと」
「ああ。そうですね。そう申しました」
「誰かの犠牲の上にしか平和は成り立たない。生きるためには戦わねばならない、と」
「ええ」
「ワタクシ、その意見には反対ですの」
「…理由をお聞かせ願えますか!?」
大公の眼に剣呑な光が灯る。けど、そんなのムシして、言葉を続けた。
「平和は、奪うものではなく、築き上げるものだと、ワタクシ、思っておりますの」
「ほう…」
何を偉っそーに。
大公は、そんな顔をしてこっちを見てる。
小娘が、政治がなんたるかを知らずに、さえずっておるわ。
そんなふうに思ってるんだろう。
だけど、言わないわけにはいかない。
「ワタクシが嫁いだことによって、ルティアナとローレンシアは友好を築くことが出来ました」
セフィア姫の結婚は、そのためにあった。長きに渡る諍いを収めるため、両国の平和のために成された結婚だった。
「対立していたものを、すぐになかったことにすることは難しいかもしれません。ですが、無くす努力をすることは、ムダではない、そう思っておりますの」
…ルティアナの魔女。そう、セフィア姫を呪った老女の叫びを思い出す。ルティアナとの確執が、セフィア姫に向かったあの言葉。
あの事件で、王子は重傷を負った。だけど、生命を狙われた姫も、ケガをした王子も、その老女たちを厳しく罰しようとはしなかった。無事だったから罰しなかったのじゃない。呪いを吐いた老女もまた、両国の諍いの犠牲者だから。もともと平和な二国間だったら、あんな呪いは生まれなかったに違いない。
「今、ローレンシアとヴァイセンは、婚姻による友好を結ぶことは出来ませんが、それでも、手を取り合って互いの発展に貢献し、平和を得ることは出来るのではないですか!?」
「例えば、どのように!?」
「えっ!?」
「寒さと飢えに苦しむ、我がヴァイセンに、ローレンシアはどのような援助をしてくれると!?」
え!? えと……。
そんなの、すぐには答えられない。だって、勝手に決められないし。
「わが領土は寒く、土地も痩せている。この冬だって餓死者が出るほどに。そのような国に、どのような手を差し伸べてくれると!?」
ええっと、ええっと…。
答えに困った私に、大公がスッと手を出した。頬にかかるおくれ毛をすくい上げられる。
「我らは、生き抜くために奪わねばならない。そういう宿命なのですよ」
わかったか小娘。言外にそう匂わされてる。
「でも、食糧が必要なのであれば、それは交易で得ることも出来るのでは!?」
「ほう…」
「交易となれば、ローレンシアもルティアナも拒みません。奪うのではなく、交換しあう。それでしたら、誰も傷つかずに平和に出来るのではないでしょうか」
そうよ。戦争になれば、ローレンシアの民だけじゃなく、ヴァイセンの人たちだって傷つく。愛する人を亡くすことだってある。亡くした人は、嘆き哀しみ、そして相手を恨む。
それは、互いの間に溝だけを作り続け、哀しみの連鎖だけを繰り返す結果になる。
「身近な人を愛し守りたい。その願いがあれば、人は平和を乞うはずです。そして、その願いを叶えることこそ、君主の役割ではないのでしょうか」
愛する人に、死んでこいと命ずるのが君主ではない。民を傷つけずに、幸せに暮らせるようにしてあげるのが君主の役目だと思う。
「身近な人を愛し守る…か」
大公が口元を歪めた。
私、なんかおかしなこと、言った!?
「つくづく姫君は、幸せなお育ちをしていらっしゃる」
へっ!?
「愛する者などいない。もしそのような場合、平和を希求する心があるとでも!?」
やや乱暴に腕を掴まれ引き寄せられた。メッチャ間近に見る、薄氷のような瞳。
「最初の妻は、私に毒を盛った。二番目の妻は、愛人と共謀して部屋に火を放った。三番目の妻は、…キリがないが、刺客を、…今だな」
え!?
言われて周囲を見回す。気がつけば、チラホラとバラや木の陰から黒ずくめの男たちが姿を現した。手には全員、剣。
顔を隠してるから表情はわかんないけど、発せられる殺気は、プンプンとここまで臭ってきてる。
こんなヤツら、いったいドコから湧いて出たのよぉっ!!
「ここで私が死ねば、ローレンシアとの戦端を開く口実になるか…」
えっ!?
驚く私を気にもかけずに、大公が腰の剣を抜き放った。
ヤバい、ヤバい、この空気。肌が粟立つようなこのカンジ。
「姫君。アナタはお逃げなさい。コイツらの目当ては私だ」
そう言って、大公が私を突き飛ばす。
と同時に、剣を片手に、ものすごい勢いで刺客に襲いかかる。
うなりをあげて振り下ろされる剣。鈍く月の光を弾き返した切っ先が、刺客のノドを正確に刺し貫く。
「早く逃げろっ!!」
その声に弾かれるように、その場から走り出す。
背後で繰り広げられる、剣戟の音。
どーしよ、どーしよ、どーしよっ!!
怖い、怖い、怖いっ!!
誰か、誰か、誰かっ!!
突然の展開に、頭がついていかない。大公に言われるままに走る。
走り出した足がもつれる。ノドが張り付いたようで気持ち悪い。
偉そうなこと言ったって、何言われたって、怖いものは怖い。
「きゃうっ!!」
バラの根っこで足をとられて、思いっきり顔面からすっ転ぶ。
棘が顔をひっかいた。
「……痛ったあ」
頬に触れると、少しだけ血がついた。
胸もとからこぼれ落ちた、銀の笛。
…王子。
―――何かあったら、いつでもこれを吹け。俺が駆けつけてやる―――
王子の声が、頭のなかに蘇る。
血のついた指をグッと丸め込むように握りしめた。
こうしてる場合じゃないわよ。今は。
怖いと思った心を、グッと飲み込む。笑う膝を何度か叩く。
立ち上がり、その笛をくわえて、大きく息を吸い込んだ。
ピィィィ――――ッ!!
ピィィィ――――ッ!!
ピィィィ――――ッ!!
マグマ大使じゃないけど、三回吹いた。鋭い笛の音が、冷たい夜空に響き渡る。
これできっと助けが来る。
ちょっとだけ安心した私に、刺客たちが行動を起こす。
何吹いてやがんだテメェッ!!
怒りオーラ全開の刺客たち。
そりゃそうだ。これでヤツラ、一気に不利になるんだもん。
刺客の一人がこっちに向かって走ってくる。手には剣。
…どうする!?
逃げる!? それとも。
「うおっしゃあああっ!!」
姫としてありえないような声をあげて、近くにあったバラの支柱を引き抜く。
武器:ひのきのぼう(!?)。
装備:姫さまドレス。マグマ大使のふえ。
レベル:1。経験値:0。
だけど、負けるわけにはいかないっ!!
棍棒代わりに、棒を振り上げ立ち向かう。
さあ、かかってきなさいよっ!!




