他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 再び。 【10】
「えっ!? 帰国!?」
舞踏会の最中、その大公から発された言葉に、軽く驚いた。
「ええ。本国より、帰還の命が届きましたので」
にこやかに、でも残念そうな声で言う、大公。
帰還の命って…。アンタが自分に出したってことじゃん。自分で自分に帰れって命令。うわ、ウソくさ。
「殿下の即位の日には、また別の者が伺うかと存じます」
つまり、本来の大使が来るってわけ!?
まあ、大公ともあろう人が、いつまでも他国(それも敵国)に、居座るわけにはいかないわよね。安全面もあるし、自国の政治だってある。
この国の様子を見に来ただけなら、もう帰っていってもおかしくはない。
「殿下、妃殿下。この先、お二人の統治されるローレンシア王国と、我がヴァイセン公国が、共に繁栄して行けることを、心より願っております」
そう言って一礼。あくまで大使の態度で接してくる。
「今までご苦労であった、カイゼルハルト殿。ヴァイセン公にもよしなにお伝えしてくれ。ローレンシアは貴国との友好を願うと」
王子も動じずに、大使として大公を扱う。
「では、これにて失礼いたします」
特に返事らしい返事もせずに、舞踏会の真ん中を、堂々と歩いていく大公。それまで踊っていた人たちが、自然と彼を送るために道を開ける。
「これで、やっと一息つけるな」
そんな声が貴族のなかから上がった。
「この国の状況を見定めた、というわけか」
…そう、なのかな。
「この先、どのような手を打ってくるかわからんからな。用心しておいたほうがいい」
「あの、北のオオカミは、獰猛極まりない人物だからな」
「下手をすれば、食い殺されるぞ」
ヒソヒソは、内緒ではなく、公然と囁かれる。
大公が広間から出ていったから、余計にいろんなことを言われてる。
「あの容姿、やはりオオカミのごとく飢えておられるのだろう」
「恐ろしい、北の悪魔」
「オオカミが人に産ませた子だというウワサもあるぞ」
「ああ、だからあのように獰猛な目をしているのか」
…なにそれ。以前、シルヴァンさんが言われてたのと同じネタ!?
この国の人は、銀髪を全部、そう思っているわけ!?
「国で、妃を次々に殺しているという話だ」
「なんでも、大公本人が、その肉を食らっているとか」
…ばっかばかしい。
「ちょっと、王子、ゴメン」
ガマン出来なくなった私は、王子のそばを離れた。
いくら本人がいなくっても、こんなウワサひどすぎる。もしかしたら、ううん。おそらく、この悪意に満ちたウワサ、絶対大公の耳にも届いてる。
「ちょっとだけ、話してくる」
「おい、リナッ」
王子が止めようとしたけど、私は聞かなかった。
「大丈夫。あの笛、持ってるから」
ウワサについて大公に謝ったほうがいい。
それに、大公本人に言っときたいこともある。
ちょうど別の国の大使が、王子に話しかけに来たのを幸いに、そのまま広間から出ていった。
広間の喧騒と違って、バラの庭園はとても静かだった。
満月に近い月明かりに、薄く青に染まったバラの花たち。
…大公、ドコ!?
追いかけたものの、見事に見失ってしまった。
確か、こっちに来てた気がするんだけど…。
「何か、御用ですかな、姫君」
「……っ!!」
イキナリ、背後から声をかけられて、心臓が飛び出しそうになる。
どうして、追いかけてきた私の後ろに大公がいるわけ!?
「私に、話があるのでしょう!?」
…うう。行動を読まれてる。つけてきたことを知って、ワザと隠れたな。
ちょっとムッとしないでもないけど、大人げないのでグッとこらえる。
「ええ。お別れを前に、ひと言、お伝えしたくって」
「ほう…。私に、ですか!?」
その眼が、ギュッとさらに細くなった。
軽くノドを鳴らす。
ハッキリ言って、一対一は怖い。夜の人気のない庭ってこともあるけど、月明かりのなかで見る大公は、まさしく白銀のオオカミってかんじで、冴え冴えとした怖さがそこにある。
下手なことを言えば、喉元を食いちぎられそうな…。
んっ、んんっ…。
ダメダメ。そんなことを考えちゃ。
「姫君は、私が怖くないのですか!?」
へっ!?
「どうして!?」
突然の質問に、理解が追いつかなかった。そりゃ、見た目は怖いけど。
「ウワサを、耳にされたのでは!?」
あー、そういうこと。オオカミの子だとか、妻を殺したとか。
王子には悪いけど、ローレンシアのダメな部分よね。あーゆうウワサを、好んで流したがるとこ。
「ワタクシ、怖くはありませんわ」
「なぜ!?」
「だって、大使さまがウワサ通りだと証明するために、オオカミにでも変身なさったら、そりゃ、怖いと思いますけど…」
この大公のことだ。もし、それが実現したら、さぞかし凛々しく恐ろしいオオカミになるんだろうな。冴え冴えと美しくも恐ろしいオオカミの主。
「そうでもない限り、別に怖くはありませんわ」
私の答えに、大公が大きく眼を見開いた。
そして…。
「ははははははっ……」
メッチャ大爆笑。
こんなに笑うんだって、こっちがビックリするほどの大笑い。
…そこまで笑わなくったっていいじゃんっ!!
「なかなか、面白い発想をされる姫君だ」
…いやあ、それほどでも…って。それ、褒められてる!?
「このまま、私が姫をさらうかもしれないのに!?」
あー、そっち方面ね。あんまり考えていなかったわ。
間近で、真面目な声で言われると、そりゃあ、怖くないって言えばウソになっちゃうけど。
「でも、大使さまは、そのようなこといたしませんでしょう!?」
この王宮のなか、現在の警備はかなり厳しい。もし本気でさらう気があるのなら、今みたいな時間にさらうよりも、以前、馬場で会った時のほうが、仕事はやりやすかったハズだ。
私に気付かれないように、隠れることも出来るぐらいなんだもん。背後から近づいて、クロロホルム(あるのかな、この世界)でも吸わせて、気を失わせたほうがよかったのに、大公はそれをしていない。わざわざ、私に声をかけて、自分の存在を示している。
つまり、さらう気なんてない、ということだ。
「ほう。なかなか…」
感心したような声を大公があげた。
「いや、実に興味深い姫君だ」
その眼がキュッと細められる。
…って、だからぁ。その眼は怖いんだってば。




