6話 協力
適当に飯を食わせた俺はティナ達にエルを預けてジードのところへやってきた。
「黒爪はいた」
「ほう」
昨夜街中であれを見たことについて話す。
「鋭い爪だった。馬の首を一振りで切断。だが炎弾を飛ばす魔法ファイアを使うと奴は逃げていった」
「火が苦手なのかもしれないな」
頷く。
「それから夜は出歩かないように住民たちに警告した方がいいだろうな。俺が乗り切れたのも奇跡に近いというよりよく切り抜けたなというくらいだ」
よくよく見れば反応出来る速度ではあるがその振りの速さと不意打ちは恐ろしかった。
「ん、あーその件でだがな」
「ん?」
ジードが顔を上げると俺の入ってきた扉に目をやると立ち上がる。
「待ち人がいてな。呼んでくる」
※
「失礼する」
ジードが再度帰ってきた時には金髪の凛々しい女が後ろにいた。
「私は衛兵第4区隊隊長のフィオナという者だ」
「ま、そう硬くならずに気楽に行こうぜ」
ジードは面倒くさそうに俺の隣に座りフィオナを対面のソファに促した。
「で、衛兵さんが何の用なんだ?それも隊長殿か」
俺は対面に座る凛々しさを崩さない女隊長に声をかけてみた。
「貴殿がディラン殿か」
「名前を知っているようで嬉しいよ」
そう答えて彼女の目を見る。
「監獄一の腕前を持つ人物だという話は聞いているが」
「お褒めに預かり恐悦至極」
貴族風の言葉遣いをしてみた。
「で、俺になんの用なんだ」
ジードは既に自分は知らないぞと言いたげな感じで酒と煙草を用意し始めた。
「単刀直入に言う。私は団長の命令で貴殿らブラッディキティと組んで黒爪を捕獲せよと言われている」
「捕獲?討伐じゃなくてか。それにあれを捕獲してどうするんだよ」
討伐より捕獲の方が難易度は上がる。
当然だ何も考えずに致死分の攻撃を叩き込めば終わる討伐より細心の注意を払ってギリギリまで弱らせ捕獲する方が難しい。
「あんた何人が殺されたか知ってるのか?」
ちなみに俺は知らない。
だが言えることはある。
「化け物と呼ばれている存在を捕獲して何になる。討伐なら理解できるが」
「私も知らないが命令だ」
「命令とだけ言われてはいそうですか。と答えられる奴がいるなら連れてきてくれ。討伐だ」
それよりなぜ俺が受け答えしている。
「おい、ジードこれはお前宛てに来た以来だろ」
さっきこの女はブラッディキティと確かに言い切った。なら俺は関係ない。
俺はここの構成員ではないからな。
そう言ってみたが彼は机を漁ると皮袋を取りだした。
それを俺に放り投げる。
ジャラジャラ。
受け取ると音が鳴るし確かに感じる重量感。
この中に入っているのは報酬だな。
「頼んだぜ!相棒!」
満面の笑みでそう言ってきた。
「………分かったよ」
完全に俺に丸投げする気らしい。
「って訳だ。よろしくな隊長さん」
口に出してから手を差し伸べる。
「よろしく頼む」
俺の手を握る彼女。
話を戻そう。
俺は黒爪を見ていない体で話した方がやはりいいだろうな。
昨日現れた場所には他の衛兵が駆けつけたはずだし、となるとあの馬車を見られた可能性もある。
何故あんなスラムにいた。
あの裏道の近くで何をしていた。
積荷はなんだという話だしそこを聞かれる可能性もある。
「一つ言わせてくれ。捕獲の保証は出来ない。何人も殺された。その事実分かるだろ?」
「だが………」
「無理なもんは無理だ無茶を言うな」
「分かった。だが出来るだけ捕獲してくれ」
その言葉を待っていた。討伐でいこう。
できるだけ衛兵に美味い汁は吸わせたくないという気持ちもあるからな。
※
「昨夜黒爪が現れたらしいがここだったそうだ」
「ほう」
昨日の現場の確認に来ていた。
「酷い有様だな」
「何を運んでいたのか知らないがこんなスラムにいたのだ。ロクでもないものだろうし自業自得だろう」
俺が馬車を見て同情の目をしているとそう口にする隊長殿。
中々厳しい意見を貰えたようだ。
「それより女で隊長なんて任されるんだな」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。珍しいなって」
衛兵の隊長に女がなるなど聞いたことがない。
荒事が多いだろうし殆ど男だという話だ。
「私の実力が評価された。それだけの話だろう」
そう言って俺を見る彼女。
「貴殿の首飾りだがそれはとても高価なものに見えるが何処で」
「さぁ、何処だろうな」
確かに高価なものだが今は関係ない。
「私からも一ついいか?ディランはどうしてそんなに死んだ目をしているのだ?」
「この監獄にいて目が生き生きしているやつの方が怖いよ」
「4区だろう?ばかなこ………」
「建前はいい。ここは監獄だ」
そう言って指で視線を促した。
あちこちに転がる死体。
「死体は増える一方で減りそうにはないし臭いは改善されない。食料だって満足に足りずに同胞の肉まで食うやつも現れる始末だ」
道に転がる死体の肉が欠けているのは何も動物が食らったからという理由だけではない。
人間も食らっている。
「俺達が何をしたんだろうな。そんな疑問を持つことすら許されない生まれついて監視される事を義務付けられた罪人って訳だ。そんな奴がゴロゴロ、監獄以外に呼び方なんてないだろう?」
「………」
何も返す言葉がないのか悲痛な顔をする彼女。
「ようよう衛兵さんがこんなところに何の用なんだよ」
その時柄の悪そうなチンピラ3人組が近付いてきた。
「しかも女かこんなところで彼氏とデートって訳か?馬鹿な趣味だなぁおい」
はっはっはと笑う男の顔に拳をねじ込んだ。
「俺を勝手に彼氏扱いするな」
「ディ、ディランやめろ!」
フィオナが止めようとするがもう遅い。
吹っ飛んだ男が他の2人に指示を出す
「やっちまえ!女は生かせよ?!」
2人が突っ込んでくるが両方に拳をねじ込んで終わらせる。
「ひ、ひぃいい!!何なんだよこいつ!!!強すぎだろ!!!!」
3人組は一瞬で逃げた。
「な、何もそんなに殴らないでも」
「馬鹿言え。あんな馬鹿は殴らんと理解しない」
もっとも殴っても理解しないだろうが。
また別のとこで誰かに絡むだろう。
「ここでは力こそ全てだ。力無き者はあの死体のようになる。覚えておいた方がいいぞ。何せ法なんてものはここでは何の意味もなさないからな?」
「そんなことは………」
否定しようとしているのか。
馬鹿じゃないのか。
「そんなことはない?あるんだよ。その民度の低さを理解しての関所封鎖だろ?あそこから3区に行けた監獄民がたったの1人でもいたか?いないだろ?」
「………」
顔を背けるフィオナ。
「残念ながらそれが全てだよ」
そう口にして屈む。
地面に小さな黒い爪が1枚落ちていた。
黒爪が落としたものだろう。
「かなり鋭いな」
馬の首を断った時に欠けたのだろうか。
兎に角他のものはここには何も残っていないだろう。
「他を当たろう。ここにいても無駄だ」