4話 病
念のため注意を払って夜に溶けるように移動を始めた。
上も下も真っ黒な服装で出歩く。
2本のナイフも無反射加工を施されており闇に溶ける。
明かりは空に浮かぶ月明かりのみ。
「行くか………」
指示された裏道のある方を目指す。
裏道………関所を通せないものを通すための道。
島の外側に設けられているものだ。
故に落ちればそのまま二度と帰って来れない。
飛行魔法があれば別だが使える者はまだいない幻の魔法。
年間何人かの死者も出している本物の裏の道だ。
「ここか」
指示された場所に来た。
馬車は確かにある。
「代理殿ですか?」
「そうだな」
こんなところ俺以外来ないと思ったのか話しかけてきた御者。
馬車の裏側にいた。
「こちらを」
鍵を受け取った。
「あぁ。助かる。気をつけて帰れよ」
「ご心配ありがとうございます。ではお互い取引の完遂を願いましょう」
そう言って去っていく親父。
俺も馬車の席に乗り込むと操縦を開始することにする。
「ブルル………」
「おい、動けよ」
馬の動かし方くらい知っている。
だが動かない。
身震いするだけだ。
「づ!」
俺でなくては反応できなかっただろう。
急いで馬車から離れた。
ズルリと落ちる馬の首。
肌がチリチリと焼け焦げるような焦燥感。
何だこの感覚は。
「黒………爪」
気付いた。
目の前に何かが立っているのに。
何かじゃない。黒爪だ!
同時に鼻先から血が垂れ流れているのに気付いた。
もう少し遅ければ………
「くそ!」
ガイン!ギィン!キン!!
刃と刃が重なり合う音が響く。鋭い奴の爪と俺のナイフが交差する音だ。
それにしても先行の一撃に反応出来たのは奇跡に近い。
俺と黒爪の距離はもう目と鼻の先だった。
考えるよりも前に体が動く。
奴の攻撃を防ぎながら何とか攻撃しようとするが届かない。
「ファイア!」
声に出して魔法を使う。
それでよろめく黒爪の胸をナイフで刺し貫く。しかし浅い。
もう一度の炎魔法をおまけに叩き込もうとしたのだが。
「ぐぅぉおぉぉぉぉぁ!!!!!」
それを見た黒爪は一旦離れた。
火が苦手なのか?
分からないがそれからジリジリと下がると何処かに逃走を始めた。
「くそっ………」
逃がしてしまったが今はそれどころではない。
「今のは何の音だ?!」
「黒爪ではないか?それに魔法の発動を確認した!早く駆け付けるぞ!」
人が集まってきている。
不味い不味い不味い。
急いで後ろに回り込むと鍵を開ける。
「んー!んー!」
中にはボロい衣服に身を包んだ金髪のエルフの少女。
口には猿轡を噛まされており話せないらしい。
「俺は味方だ。………逃げるぞ。今ここに衛兵が来てる。見つかればあんたは路頭に迷うだけだ」
人身売買は一応禁止されている。
それはこの監獄とてそうだ。
見つかれば契約は無かったことにされるが、親にも捨てられたこの子は帰る場所もなく路頭に迷い死ぬだけ。
「はやくこい」
腕を掴むと少女は頷いた。
※
「はぁ………はぁ………」
一旦俺の家に連れ帰ってきた。
外には山ほどの衛兵がいて出回れる状況ではない。
この家にだって様子を見て帰ってきたほどだ。
ベットに後ろ向きに倒れ込んで座る。
「それにしても………何だって衛兵だけは監獄にも多いんだよ。他の支援は一切しないのにな」
「嫌がらせでしょうね。上級国民様達は私たちのことを嫌っているみたいですし」
いつもはこんなことを言わないようなユミナでもそう言う位のものだ。
嫌がらせ以外の何物でもないな。
次にエルフに目をやった。
震える目でこちらを見ていた。
「大声出せばまた噛ませるからな」
そう言ってから猿轡を外した。
長く噛まされていたからか唾液でベチャベチャだ。
それを机の上に置く。
「あ、怖かったです………助けてくれてありがとうございます………」
そう言って首を下げるエルフの少女。
「気にするなよ」
そう言ってタオルを投げる。
「汗とかかいたんじゃないか?拭いとけよ。風邪引いたりすればつまらんからな」
放り投げたタオルを受け取るがこちらを見て固まっている。
「どうしたんだ?」
「あ、あの………」
泣きそうな目をしているエルフ。
「あの女の裸体なんて見ずに私と海楽の海に溺れましょう」
「どわっ!押すな!」
ティナが俺をベッドに押し倒してきた。
「はぁ………はぁ………」
「何で興奮してるんだお前………」
「今からディランさんにキス出来ると思うと鼻血が止まりません」
「てめぇ!おい!何しやがんだよ!」
俺の顔に大量の鼻血がかかる。
「はぁ………はぁ………」
「ちょ、やめろ、まじで、やめろ!」
何を言っても俺を自分の血で汚すことに興奮を覚えているのかやめようとしないティナ。
「はぁはぁ言って鼻血をぶっかけるなこの変態」
「かけます」
そんな馬鹿なことをしているとエルフの声が聞こえてきた。
今のうちに拭こうとしていたのだろうか。
「あ、あれ?」
そんな時何とかエルフを覗き見たが固まった。
「お、お前………」
「ご、ごめんなさい………」
それを見られたのかと思った少女は急に謝った。
肩の辺りがハッキリと見えたのにそれを責めることもしなかった。
いや、出来なかったのだろう。
この場合悪いのは俺でなくエルフになるのだから。
「な、何で………私の体に………」
エルフ以外言葉を発さない。
だって━━━━彼女の肩に桜の花びらがあったからだ。
桜の花びらの模様が浮かび上がっている。
付けられたものなどではない。
それは彼女の雪のように白く柔らかそうな肌に直接刻み込まれていた。
そして俺はそれが何なのかを理解していた。
「お、桜花病………」
こいつは………かかれば必ず死ぬと言われている病気にかかっていた。