1話 監獄
俺の名前はディラン。
ここは空に浮かぶ島、浮遊島リーヴァス。
人類最後の生息地だ。
ここ以外に人類の住む地はない。
ここには階層が存在していて1区2区3区と別れている。
この島が浮かび上がってからの長い年月の間そうだった。
「お前今スっただろ?」
「は?」
男二人が殴り合いを始めた。
日常茶飯事の光景だ。
ちなみに俺はスりをしたのか、していないのかそれを見ていないし何が正解かは分からないし関わる気もない。
そのため横を通り抜けようとしたのだが
「お前何見てんだ?」
「………」
面倒くさい。
座り込んでいた別のヤツに左手で胸ぐらを掴まれた。
右手には光を反射するナイフ。
「離せよ」
「あ?離してやるよ。てめぇを殺したらな!」
男が突き出してきたナイフ。
「ちっ」
舌打ちしてから男の顎をナイフが届く前に殴り上げた。
それで吹っ飛ぶ男。
カランカランカラン。
男の手から離れたナイフが音を立てながら横滑りした。
加減を誤って死んだかもしれないがどうでもいい。
そしてそんなことが起きても誰も気にしない。
それどころかこの監獄で死体の一つや二つ増えたところで誰も気にしない。
ここはそういう場所なのだ。
「はぁ」
溜息を吐きながら前に進む。
道を間違えて特段やばい場所に入ってしまったようだ。
さっさと抜けてしまおう。
※
治安の悪い通路を歩いて辿り着いた約束の場所。
待ち人である妹に声をかけながら近付く。
長く綺麗な金髪と碧眼が可愛い女だ。
「待たせたなユミナ」
「いえ32分程度待っただけですよディラン様」
待たせてしまったが怒ってはいないみたいだ。
「結構待たせたみたいだな。悪いな」
「いえ、お気になさらないでください」
「それにしてもこの【監獄】は相変わらずだな。来る時も絡まれたよ」
監獄、この浮遊島に最近新しく追加された区画だ。
正式名称としては4区、だがここに住んでいてそう呼んでいるやつを俺は未だに一人も見た事がない。
全員監獄呼びだ。
何故かって………空を見上げる。
周りは崖に囲まれ上には3区があって、更に上には2区1区と続くのだが。
その全てから監視されている、とかそういう意味を込めて監獄と呼ばれている。
全ての物が最後に辿り着く最後の掃き溜め。
それがここ。
雨水や生活水なんかも最終的には全部ここに辿り着くから年がら年中くさい。
そんな中でも目の前のこの少女ユミナは清潔さを保っていた。
「どうしたのですか?」
「お前はいつも綺麗だなって思って」
そう返すとその能面のような顔に朱がかかった。
「な、何を急に仰るのですか」
「思ったことを口にしただけだよ。ところで今日は何にするつもりだ?」
「鶏肉を焼こうかと」
そう言って手に提げたバスケットを俺に見せた。
中には確かに鶏肉がある。
「たまには俺が買い出しにいければいいのだがな」
苦笑いでそう返してからユミナの手を掴んだ。
「帰ろうぜ」
※
「国はいつ支援を寄越すんだろうな」
「監獄が出来て以来お上様がマトモな支援をした事はないので有り得ないでしょう。いつか監獄は終わりますし。そんな場所に支援するものなんてないのでしょう」
「そんなものかね」
用意してくれた酒に手を伸ばす。
とにかくこんなものでも飲んで少しでも明るくならないとやってられない。
監獄はそんな場所だ。
全ての理不尽と不条理が集う場所。
「………監獄………」
家の窓から外に広がる監獄の景色を眺める。
ここはまだ治安がいい方なので特には問題は起きていないがゴミは当然のように捨て散らかされている。
「せめて3区に移り住みたいんだがな」
「無理でしょう。上級国民様達は相当私たちを嫌っているみたいですし」
「やはりか」
苦笑いで返す。
区画間を移動しようとすると境にある関所を利用するしかないのだがその関所は固く閉ざされている。
他の関所はそうでもないが、監獄民の素晴らしい民度を考えてここの関所だけは特別扱いしてくれている。
それがどれくらい特別扱いかというとここから3区に行った者の数は━━━━驚きの0だ。
十年ほど前にこの監獄が出来て以来移住出来た人間はただの一人もいない。
「何とかしてあの関所をぶち破れればな」
「どうするつもりなんですか?関所は対魔力素材でできていますが」
「どうもしないが。俺はここでくたばるつもりもない」
「約束、ですか?」
「あぁ。それだ」
この監獄ができてからというもの、ここは荒れに荒れまくっていて日に日に死体は増えて荒廃は進む。
国は本当に見捨てているとしか思えない。
これで暴動が起きていないのが本当に不思議だ。
「ディアン様は生きておられるのでしょうか」
「さぁな。死んだだろ」
俺の兄ディアン。
そいつとの約束がある。
『俺の分まで幸せになってくれ。ユミナを頼む』
というもの。
そして俺はその約束をまだ果たせないでいる。
果たしたいのは山々だがこの監獄では確実になれないだろう。
だが出る術も見つからない。
一応魔法を使えば3区に行くこと自体は無理でもないだろうが、他の住民達の目は芳しくないだろうことを考えれば最低限関所を通ってということになるが
「無理だ!考えてもわからん!寝る!」
以前関所を通してくれと頼みに行ったこともあるが監獄の中では上級国民の方の俺でも無理だった。
何も思いつかない。
とりあえず寝ることにしよう。もう夜も遅いし。
「おやすみなさい」
「あぁ。ユミナもこっち来いよ」
コクっと頷くと俺の横に寝転ぶユミナ。
そのまま寝ることにした。