プロローグ 底の底から始まる日々
今でもあの時のことは思い出せる。
それだけ辛かったことだから。
だって今この瞬間立っている地面が消えるなんて普通思うか?
俺は思わなかった。
仮にそんなことがあったのなら、そんな記憶はきっと俺を死ぬまで苛むことだろう。
━━━━こんな風に夢として。
━━━━浮遊島リーヴァス━━━━
全ての悪夢の始まりはあの瞬間だった。
俺が最低の最低まで落ちたのはあの瞬間だった。
あの時はこの先にあんな地獄が待ち構えていたなんてこの時は思いもしなかった。
そう。兄貴と一緒にこの時に落ちていれば良かったかもしれない。
崖に落ちて小さな足場に左手1本でしがみついていた俺。
右手は兄のディアンの手を掴んでいた。
下には雲があるだけだ。その下はどうなっているのか誰も知らない。
だが時折見えるその下は海と呼ばれる青色が広がっている。
落ちて戻ってきた奴はいない。どのみち落ちれば終わりだ。
「ディラン、もういいんだ。この手を離してくれ。お前まで落ちてしまう」
俺の手は確かに言われた通りかなり限界だった。
もうすぐにこの下に落ちそうになっているくらいだ。
「嫌だよ兄ちゃん………一緒に帰ろうよ………」
でも俺は最後まで諦めたくなかった。
諦めなければきっと神様は微笑んでくれるんだって、信じていれば救ってくれると信じて。
だが神は残酷だった。
「………?!」
何処からか飛んできた風の刃によって兄の腕は………その肘の部分で切られて兄は下に落ちていった。
「ディラン………幸せになってくれ………俺のことは忘れろ。ユミナを頼む。お兄ちゃんだろ?」
そう言って彼は幸せそうな顔をして雲へと吸い込まれていった。
「兄ちゃん………」
くそ………俺は………なんて非力なんだ………。
そんな考えも一瞬。
「ギャァアァァ!!!!」
風の刃を飛ばした主が俺に迫り来る、ワイバーンだった。
「ごめん………約束守れないかもしれない………」
「坊主これに捕まれ!」
そう思ったその時上から声が聞こえた。
そちらを見るとこの崖下に向かってロープを投げてくれている老父の姿があった。
少しの迷い。
俺は最後に唯一残った兄貴の存在した証である手を放り捨てた。
「!!」
そのロープに捕まると
「せーのっ!」
俺は一気に崖上に戻った。
それと同時に
「ギュゥゥゥン!!!!」
俺のいた場所に蹴りをかますワイバーンの姿。
「消えて!」
その後隙を取るように放たれた矢の数々。
それによりワイバーンは最後に悲鳴を上げて下に落ちていった。
雲へ吸い込まれていった。
※
そこから先は地獄だった。
俺は妹を食わせるためにも稼がなくてはならなかった。
それでモンスターを狩るパーティに加入したのだが。
「ディランお前魂が抜けてんのか?もういい。お前明日から来なくていいぞ」
そんな時に受けた突然の追放宣言。
狩りから帰ってきた時に突然受けた言葉。
パーティリーダーのガブラスという男のものだった。
「ま、待ってくれ!悪い。気が抜けてたのは確かだが………」
「兄が天才騎士でお前はその弟だから期待して入れたんだが残念だったな。兄の代わりにお前が死ねば良かったのにな」
「そうよね。ディアン様可哀想です」
みんなが俺にそんな言葉を吐いてくる。
どいつもこいつもディアン、ディアンと………。
「本当はお前が殺したんじゃねぇの?兄貴を。必死に手を握ったって聞いてるけどそんなのお前しか分からないしな、パッと手を離して殺したんだろ」
いつの間にか俺の過去はそんな風に噂されるようになっていた。
「優秀で疎ましい兄を殺した。そうだろ?クズ騎士だもんなお前」
そう口にして笑うパーティリーダー。
「兄が聖騎士ならばお前はクズ騎士。見事な対だな。いいからお前は明日から来なくていいぞ」
※
浮遊島リーヴァス。
ここには3つの階層がある。
1区2区3区だ。
しかし俺が兄を亡くした時に起きた地震【大消滅】により3区の1部が陥没した。
その時に4区ができた。
別名監獄。
底の底だ。
行く場所を無くした俺はいつの間にかその地の底の底まで落ちていた。
「ディラン様………」
隣にいる少女、妹のユミナを抱き締めた。
俺に最後に残った大切なものだった。
「守る。お前だけは絶対に守る!今度こそ守りきる!」
声の限りに叫ぶ。この監獄であろうと何処であろうと俺は彼女だけは守り抜くと。
何者にも奪わせない。
もう二度と!俺から何も奪わせない!
「そうだ。あの陥没もおかしい………あの時に起きた地震はおかしい」
いつもそうだ。地震の中心地は3区だった。
きっと、あの地震には何かがある。
「ユミナ………俺はあの陥没について解明したいと思う。そのためには上を目指さなくてはならない。そうするためには………」
ユミナの目を見て宣言する。
「━━━━闇にだって心を売ろう。何だってする。俺はクズ騎士になろう」
それから俺は完全に闇に身を浸した。
監獄の環境がそうさせたのもある。
1人の少年が綺麗な心を持ったまま生きて成長できる環境では当然なかった。
監獄ができて以来日に日にここの治安は悪くなっている。
何故かは誰でも分かる、貴族連中共が監獄を掃き溜めとして放置したからだ。
この環境をどうにかしようなんて気は微塵もない。なら俺だって好きにやるだけだ。
善行だけしているのはバカだ。
そんなことでは食っていけない厳しさがここにはあった。
俺は━━━━名実共に人殺しの道に踏み出したのだった。
聖騎士の兄とは真反対のクズ騎士として━━━━
※
そんなある日金を盗みに入った館の主に見つかり部下に組み伏せられていた。
ただ目の前の男の首だけを睨む。
「てめぇか最近ウチのシマを荒らし回ってくれたのは」
俺は監獄に落ちてから直ぐに悪魔に魂を売り渡し闇に沈んだ。
殺しだ、この監獄という場所には殺すか殺されるかそれしかないように思えたのだ。
故に俺はナイフを手に取った。
何人も殺した。この一日を何事もなく終わらせるために。
「ウチのシマで毎日死体が上がっていたのはお前の仕業か?中にはまだ小さい子供の死体もあるし構成員の死体もある。尋常ではない」
「………」
「俺ら【ブラッディキティ】に手を出すってことがどういうことか分かるよな?━━━━命で償えや」
しゃがみこむと俺の髪の毛を掴んで自分の顔を見させる親父。
「………やりたきゃやれよ」
吐き捨てる。
そうすると笑い出す男。
何がおかしい。
「お前、いい目をしているな。全てを乗り越えた男の目だ。何人殺した?」
「覚えてない」
鼻で笑うボス。
「気に入った。お前を俺が雇ってやる。勿論殺し屋としてだ。その腕俺が更に高めてやる。筋は悪くない。真っ直ぐに俺の首を狙おうとしたな?」
「………」
このままこうしていても殺されるのは避けられないのだろう。
「ここで俺に殺されるか。俺に雇われて動くか。お前はどちらを選ぶ。何を目指しているのかは分からないが貴様のその目の炎は未だに消えようとしていない」
「………雇ってくれ。俺はこんなところで終われない」
それが俺とブラッディキティの先代の頭との出会いだった。
あと数話本日更新予定です。