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アランの復帰

 周囲を深い堀に囲まれた都。王都。堀には跳ね橋が架けられ、都に入る道は橋を渡るより他にない。跳ね橋は非常時に備え数か所設置されているが、通常利用できるのは街道につながる一か所だけだ。橋の手前には警備兵が立ち、通行人を改めている。


 昼を少し過ぎた時間に一台の箱型馬車が警備兵の前で止まり、御者が自分の身分証を見せた。馬車の扉が開き中に乗っていた一同も身分証を示した。すぐ後ろから騎馬でやってきた王宮騎士団大隊長クリフが警備兵に声をかけ、馬車と一緒に橋を渡って王都に入った。


 橋を渡り切ってアラン夫妻は馬車から降りる。王宮魔術師ベスだけは馬車に乗ったままだ。クリフは騎馬のままアランとイリアに話しかける。アランはセイを片腕に抱いている。


「荷物が少ないようだが大丈夫なのか?」

「師匠の屋敷を借りますから。王都は慣れてますし」

「私の屋敷を借りてくれて助かるわ。明日の朝一で掃除に取り掛かるように弟子たちにも言っておくから」

クリフの問いかけにイリアが返し、ベスが馬車の窓から口をはさむ。

「それじゃあね。私は王宮に帰る。明日はよろしく」

ベスはそう言うと御者に合図し去っていった。


「アランも明日は騎士団に来てくれ、復帰の手続きをする」

「良かったわね。クリフの隊に復帰できそうで」

イリアの言葉にアランは頷き返し、クリフを見上げて言う。

「感謝します。明日伺います」

アランとイリアが頭を下げるとクリフは頷き手綱を操りながら去っていった。


 その後アラン達は王都を歩いて宿屋に向かった。子連れではあるし一拍だけのつもりなので少々高級な部類の宿を選んだ。広いベッドが二つ置かれた浴室付きの部屋を借りる。浴室も小ぶりだし調度もろくに置かれていない部屋だが、一般人には十分贅沢な気分が味わえる。夕食と朝食が付いて代金はそこそこ。

 王都時代に充分貯金した二人にとって支払いに困る代金ではない。そもそも森での生活はそれほどお金を必要としなかったし、イリアが魔物を狩っては売るのでお金は溜まるばかりだったのだから。


 大きなベッドにセイは大喜びし、ぴょんぴょん跳ねた。ベッドが壊れないうちにイリアは止めた。お金はあるが弁償するのは勘弁して欲しい。


 ゆっくり休んで翌朝、セイは温かいミルクが入ったカップを両手に持って飲んでいる。アランは目じりを下げて見守っていた。


「私は宿で妹弟子と待ち合わせるのだけど、アランは?」

イリアの問いかけにアランは食べかけのトーストを皿に戻して答える


「騎士団に行くけど?セイを連れて行ってもいいかな?」


「騎士団に?邪魔にならない?」


「今日は手続きだけだから。それに見習騎士の訓練に付き合わせれば喜ぶと思うよ」


「セイなら怪我はしないでしょうけど。見習騎士ってどのくらいの強さ?」

アランはニヤっと笑って


「そうだね。セイの良い遊び相手程度かな?」

などと言っている。


「あまり無茶させないでね」

イリアはそう言ってセイの頬に付いたミルクを拭き取ってやった。



 セイを連れアランは宿を出た。セイを片腕で抱いて歩く。

 アランの支度は布の服に皮の靴。短剣を腰に差している。街の人々とも馴染んだ服装だ。真っ赤なくせ毛が目立つけれど。セイはアランとお揃いの服と靴。よく似た顔立ちに真っ赤な髪は誰が見ても親子だと分かる。


 騎士団は王宮の敷地の中にある。道中をアランはぶらぶらと歩いてゆく。


 王都は大河の脇にある台地に築かれている。台地の一番高いところが王宮だ。王宮は王族が住む場所だが政治がなされ軍が置かれている場所でもある。王宮を囲むように貴族街が広がる。石造りで二階建てや三階建ての屋敷を作り敷地も広い。貴族街の外側に一般の住民、職人や商人が暮らしている。一般の家は木と土で建てられる。土は魔法で固めるのだ。家は平屋が多いが商人の家は二階建てだ。一階で商いをし二階に居住するように作られている。宿も二階建てだ。


 一般居住区に聖堂や学園が建てられた。学園は貴族街に近く、聖堂は一般居住区の中心にある。居住区の外側に農業地が広がる。所々に倉庫なども建てられている。


 貧しい暮らしの者が街の所々に住み着いている。一部がスラムと化している。スラムには闇の団体がうごめき、一部の商人は彼らと繋がっているという噂もあった。


 都の外周を守る堀には大河から水を引いている。生活用水は魔道具を使って川や地下からくみ上げ、高所から低地に向かって流す。流れは川であったり下水であったりする。下水は基本的には町中の川に流れ込まない造りだ。


 生活用水と建築物を管理するのは魔術師と土木・建築作業師。彼らを学園で養成している。


 堀の外はフィールドと呼ばれる。王都の周囲は都を作る際に多くの木を伐採した。今では森が少なく見通しの良い草原が広がっている。魔物も低級なものしか出なくなった。おかげで住民は安全に暮らせる。



 アラン一家は学園に近い場所に宿を取ったので、貴族街の坂を上ると王宮に到着した。王宮は台地の高台にあるため外周を石垣で覆っている。王宮に入るための門は四つ。正面が南門、ここは王族の出入りと行事の際に使用される。北門は商人の他、一般住民が用事のある時に使う。東門は貴族用。西門は軍部用と決まっている。


 アランは西門にやってきた。両側に石垣がそびえ、厚い木でで作られた巨大な扉は金具で補強され閉じられている。ここは軍隊の出入りの際に開けられる。脇に人の通行用小扉がある。騎士が一人見張りに立っていた。


 アランが身分証を提示すると話が通っていたらしく簡単に入れてもらえた。クリフ・ドロー大隊長との面会を頼むと、訓練場を通って大隊長の執務室に案内された。部屋は簡素な造りだ。執務机と丸い大きなテーブルが置かれ、テーブルの周りに椅子がいくつか置いてある。


「大隊長に伝えてまいります。椅子に掛けてしばらくお待ちください」

 案内の騎士がそう言うので、アランはセイを膝にのせて椅子に掛けた。



「やあ、セイよく来たね。すぐに騎士団に入団しよう」

 クリフは部屋に入って来るなりそんなことを言う。クリフ・ドローは侯爵家の出身だ。背が高く隆々とした筋肉を持つ。隊を率いているだけあって体も鍛えているが人を使うのも上手だ。頭も口も回る。


「セイはまだ子どもです。勧誘するのは止めてください。私はいくらでも働きますから」

アランが警戒してセイを抱きしめるがクリフは笑いながら言う。

「冗談だ。アラン、君を今日付けでドロー隊に復帰させる。王宮の許可は取った。セイが王命を賜る式典が終わるまでセイの護衛をせよとのことだ。その後は隊での通常任務をしてもらう」


 クリフは引き出しから辞令を取り出しアランに渡した。アランは騎士の礼をとってから辞令を受け取った。

 

 騎士団の重要な任務に僻地の魔物討伐がある。5年程度の間隔を置いて部隊単位で赴任するのだが、ドロー隊は王都に帰ってきたばかり。しばらくは王都勤務になるはずだ。


 クリフが式典までの予定と護衛の内容を説明する間、セイは窓辺に行き伸びあがって外の様子を眺めている。外では訓練が行われていた。


「ほう、セイは訓練に興味があるのかな」

一通り説明の終わったクリフがセイを見ながら言う。


「毎日私と訓練していますからね。セイはそこそこ動けますよ」

アランが得意そうに言う


「そうかセイ、今日は騎士団を体験していこう」

クリフはそう言って訓練場へ出て行った。



「整列!」

クリフが号令をかけるとあっという間に騎士たちは隊列を組んで整列する。

「紹介する。今日から復帰するアランだ。制服と装備は後程支給する。ちっこいのが勇者セイだ」


 セイが紹介されると隊のあちらこちらから歓声があがった。セイは驚くこともなくアランの服のすそを掴んで立っている。


「さて、勇者セイには今日一日騎士団を体験してもらうが、アラン、セイは何ができる?」

クリフの問いかけにアランは少し考えてから言う


「小隊にセイを捕まえさせてください。セイには逃げ回ってもらいますので」


「ほう?小隊だと?10名はいるぞ?」

問い返すクリフにアランは笑ってセイの隣にかがんで話しかける


「セイ、おじさんたちと追いかけっこするよ。セイが逃げる役だ。怪我をしない程度になら魔法を使ってもいい」

アランの言葉にセイはニッコリして頷く。そしてアランから離れて訓練場に進み出た。


「ほう!やる気だな。では訓練A隊。勇者を全力で捕まえろ」


 クリフの合図でセイと騎士団の追いかけっこが始まった。A隊は騎士団の中でも年の若い見習騎士で構成されている。見習とはいっても毎日騎士団でしごかれている連中だ。力もあれば素早さもある。合図とともに一斉にセイに飛び掛かった。


 セイは軽々と飛び上がって躱し、見習騎士の一人の肩に手をつき一回転して集団から離れた。見習騎士同士で頭をぶつけ、2名ほどが蹲っている。動ける一人がセイにタックルをかけたが軽く避けてかわされた。後ろから捕まえようとした者もいたが、セイは身を捻って避けた。


「何をしている!こっちは集団だ!連携しろ!」

クリフが子ども相手に熱くなって指示を飛ばす


 見習騎士達はセイを囲みじりじりと詰め寄り始めた。セイは小さな火球を数個作り一人の騎士の顔面に飛ばす。不意の攻撃に驚きながら火球を避けた騎士の足元をセイは余裕ですり抜ける。


 それから30分、見習騎士はセイを囲んでは逃げられ追いかけては躱され、翻弄されるうちに動きが悪くなってきた。セイは平気そうに逃げ回っている。


「ほう、さすがに勇者だけのことはある。訓練A隊止め。次、B隊いけ」

 クリフが次の隊を出す。

 

 B隊は若い騎士だが見習ではない。本職の騎士だ。さすがに見習とは違って動きがいい。指示を出すものがいてうまく連携しセイを追い詰める。だがセイもさっきより動きが良くなった。


 囲まれないようにちょろちょろと動き回っている。壁のように数人並んで突進してきたが、その上を跳んで逃げた。背中を踏まれた騎士が悔しがっている。危うく捕まりそうになる場面もあったが、身体強化して動き回る速度を変化させたり、火球を使って目くらましをするなどして逃げ切っている。


 しばらくするとB隊の面々も息が上がり始めた。


「捕まらないな。で、アランはどうやってアレを捕まえている?」

とクリフが訊いてきたので、アランは微笑みながら体を屈め腕を広げて呼んだ

「セイ、戻っておいで」


 たちまちセイは訓練場から戻ってくる。全速力で走り寄ると勢いよくアランに飛びついた。かなりの衝撃を受けたのだろうがアランは倒れることもなく嬉しそうにセイを抱き上げ頬ずりをした。


「捕まらないように上手に逃げたね。偉いぞ」


 セイが抱き着きながら甘えている。そんなアランを見て、騎士団一同はなんだか羨ましいような気持ちになった。


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