5歳の祝福3
4話目です
大司教ハウロが祝福の言葉を告げると、最前列に居た王弟ギムは護衛の一人に合図を送る。その護衛は王宮に連絡を入れるため聖堂を出て行った。
祝福の儀式は大司教ハウロの説教で締められる。説教の最後にハウロは言った。
「先にお伝えしたとおりですが、王宮の多大なる寄進もあり、この後は大食堂において食事会が行われます。今夜は客用宿舎を用意してございますので皆さまはそちらにお泊りください。祝福の内容につきましては、王家から指示のあるまで外に流さないようにお願いします。明日のうちには指示があるとのことです。それでは、皆様に幸の多くあることを」
ハウロは型通りに礼をすると祭壇の奥に歩き去った。王弟と護衛の一団もその後に続いて祭壇の奥に入っていった。聖堂の入り口辺りに数名を残して。
儀式の間後列にいたセイの祖父母はようやく立ち上がって孫を抱きに来た。イリアは街に来る都度アランの実家にセイを連れて行ったのでセイは祖父母によく懐いていた。祖父母にやや遅れてアランの元上司とイリアの師匠も近づいてきた。彼らも二人のことを心から心配していたのだ。
「5歳の祝福が無事に済んでよかったわ」
セイの祖母マリはそう言いながらイリアからセイを受け取り抱き上げた。
「おめでとう。儂の孫は勇者か。まいったな」
そう言うのは祖父のアレル。彼は長年街の警備隊に所属していた。アランに剣術の手ほどきしたのは彼だ。
「『勇者』は意外でしたね。イリアの子なのだから『賢者』か『聖女』だとばかり思っていたのですよ」
そういうのはイリアの師匠、王宮魔術師ベス
「アランの子なのだ、『剣の才能』もあったということだろう」
これは王宮騎士団大隊長クリフ・ドローの言葉だ。アランの上司だった頃は隊長職に就いていたが、この5年で大隊長に出世した。ゆくゆくは騎士団長の地位を狙える立場に居るらしい。
「王宮はどう動くでしょうか?囲い込みは決定でしょうが」
王宮魔術師ベスのその発言に、アラン一家は揃って嫌な顔をした。
「まあ気持ちは判るがそんな顔をしなさんな。『王の器』などと祝福されれば暗殺されたかもしれないのだから。アラン睨むな。私にそんな命令は降りていない。君たちが心配で今日も来ているんだ」
王宮騎士団大隊長クリフ・ドローの発言にアランが殺気を向けてきたので味方だと告げる。
「暗殺よりも生かしてこそよ?むしろ第一王子の婚約者辺りに収まったのでは?まあ『賢者』や『聖女』でも王妃路線だったかもね?でもまあ『勇者』に王妃はないと思う。勇者は王宮の外で働いてこその職業だもの」
と王宮魔術師ベスは王宮騎士団大隊長の言葉をフォローした。
「アランの結婚式に祝福があったから諦めてはいたけれど、やっぱりこの子は平凡には生きていけないのね。こんなに可愛いのに」
そう言いながら祖母のマリは孫の頬に顔を摺り寄せた。セイは喜んでキャッキャと笑っている。セイが重くてしんどくなったのかマリはセイをイリアに返そうとする。脇からベスが腕を差し出してセイを抱えた。セイはベスの頭にあった王宮魔術師の証である三角帽子を掴み自分の頭に乗せた。帽子が大きくてセイの顔まですっぽりと隠れてしまった。
「いやん、もう、可愛いわね。この子も私の弟子に欲しい!」
などとベスは言い出す。
「勇者ならむしろ騎士団に欲しい。今すぐ私の直属の部下でどうだ?」
帽子を持ち上げているセイの顔を覗き込みながらクリフ・ドローは真顔で言った。
「ウチの子を狙わないでください」
アランは強い口調でそう言うと、ベスからセイを取り上げた。セイのかぶっていた三角帽子はイリアが取り上げ、頭を下げながらベスに返した。
「食事の用意が出来ましたので、食堂へおこしください」
質素な白い法衣を着た巫女が呼びに来たので、一同は移動した。
大食堂の一角に客用のテーブルが用意されていた。そこに祖父母を含むアラン一家とクリフとベスが着席する。近くのテーブルについている目つきの鋭い数名は王弟の護衛についていた者達だ。アランやクリフの視線を受けても動じない。近衛なのかもしれない。
セイトの聖堂で生活している修道士や修道女、巫女達も長いテーブルに並んでいる。一番の年長者らしい修道士が立ち上がった。
「本日司祭様は、王弟様、大司教様の食卓に同席していますので、こちらは私が食前の祈りを務めさせていただきます」
修道士が一節づつ祈りをささげると後に続いて他の修道士、修道女や巫女たちが同じ一節を繰り返す。全員で20人程度だが迫力のある音量で祈りをささげた。客人は大人しく頭を垂れていた。ただ一人ここの孤児院出身のイリアは慣れた調子で祈りの大合唱に合わせていた。祈りが終わって修道士たちが食器を手にしたので、客人たちもホッとした様子で食器を手に取った。
「イリアは詠唱が上手だけど、ここで育った影響かしらね。食事に術が掛って二割増し美味しくなったよ」
ベスがそんなことを言うと
「そうなの?」
とマリが確かめるようにスープを口に運ぶ
「嘘です。食前の祈りにそういった効果はありません。懐かしかったから一緒に祈っただけです。今日のメニューは晴れの日のものなんですよ。たぶん今日は孤児院でも同じメニューです。昔と同じなら昨日のうちからみんなで用意したのですわ」
とイリアは笑った。
食事のメニューはベーコンと野菜のスープ、潰したイモ類、サラダ、ソーセージ、柔らかいパン。質素だが量はたくさんあった。
「ところで、なあアラン。おまえ騎士団に戻れ」
唐突にクリフ・ドローが言い出す
「王宮がセイをどう囲い込むか知らんが、学園幼年部に通わせるようには言われるだろうな。そうなると王都に住まなければならん」
「イリアの術を使えば森から通えるわよ?」
ベスがそんなことを言い出すので
「そうなの?」
とマリが再び反応する
「お師匠様、嘘ばかり言わないでください」
イリアはベスをきつくにらむ。実を言うとイリアには出来てしまったのだが秘密にしてもらっている。今のところ師匠のベスでも発動できない問題のある術なのだ。誰にでも使えるように改良できるまで術式を発表するわけにはいかない。貴族出身の王宮魔術師がイリアの才能を妬んで嫌がらせして来たことはいまだに覚えている。足を引っ張られて術式そのものを潰されるのは悔しい。
そんなことを考えていたら貴族たちに物影からヒソヒソと『戦争孤児で・・・魔族の村近くで発見され・・・』などと噂されたのも思い出してしまった。嫌な思い出だ。
「そうねえ、もし王都に住むなら私の屋敷を貸してあげるわよ?私は王宮に研究室があるからほとんど屋敷を使っていないし、屋敷の管理に困っているからむしろ誰か借りてくれないかな?なんて?」
「お師匠様!まさか?屋敷ってあの魔窟ですか?あそこを又、私に掃除させるのですか?前に私が掃除した後、誰か掃除しているのですか?あの時のままですか?」
「うーん、イリアちゃんが結婚する前にお掃除してくれた後、そのままかなあ?大丈夫よ?あれから誰もあそこには侵入してないし?できっこないし?まあ、ちょっと困った荷物の転送先はあそこに設定してあるからそれさえ何とかすれば?」
「なぜ、全部疑問形で答えるのですか?」
「イリア!屋敷の掃除をしてください!屋敷の掃除が出来そうな弟子はあなた以外いないの!自分でも怖くて入れなくて困ってるの!お願いします助けてください!」
イリアとベスが訳の分からない会話に突入してしまったので他の皆は二人を放置して和やかに食事を進めた。
セイがもちゅもちゅとソーセージを食べている姿に一同ほっこりしていた。