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第2話 私、いきなり偉い人になりました

 とりあえず、私は頬をむにゅ~、とつねりました。痛かったです。


 けど、生きている。


 私はどうやら、高い塔の上にいるようです。東京のスカイツリーを思い浮かべましたが、たぶん、もっと高くて、広いところ。


「あの! ……もしかして、大樹守様ですか?」


 ふと可愛い声が聞こえて、振り返ると。


 栗色の髪をツインテールで結んだ少女が、私を見てびっくりしていました。白の衣服にロングスカートの前掛けを合わせた、民族衣装の装いをした女の子です。くりっとした瞳で私を見上げる顔には、驚きと、期待が満ちていました。


「大樹守様。大樹守様ですよね?」


「……あの。大樹守、とは私のことですか? ところで、ここは」


「こっちです、早く、早く!」


 私は少女に引かれて螺旋階段を下ります。その階段は、壁も、足場も、樹木の皮膚のようなもので作られていました。彼女に尋ねると、ここは『世界樹』と呼ばれる大樹の最上階だとか。


 少女に連れられた先は、大樹の内部にあるドーム状の空間でした。


 中心部に、心臓のようなものが植物の根に繋がれ、どくん、どくん、と小さく拍動しています。一見不気味に見えますが、ふしぎと敵意は感じません。


 少女が私に、これに触れて魔法を使ってください、とお願いします。


「魔法?」


「とにかく、えいやっ、っていう感じで! やってみてください!」


 意味が分かりませんでしたが、私は拍動する核に手を触れます。


 その途端、白い光が弾けました。


 何となく成功した気がして少女を見ると、花のような笑顔を咲かせます。


「大樹守様……! ぜひ、私達の国にお越し下さい!」


 そうして、私は……。


 気がつくと彼女の属する『白の国』中央、大樹神殿という大層な場所に招かれ、王様席に座らされていました。欧州の貴族様が使いそうな純白のテーブルクロスに、香辛料でたっぷり味付けされた牛肉や新鮮な野菜、いちごを初めとした山盛りにされ、人々が宴を広げます。


 人々、といっても人間は誰一人としていません。俗にいう骨人間(スケルトン?)であったり、耳長の人(エルフ的な種族?)であったり、大柄な豚さんであったりと千差万別。その彼等が一様に私を敬い、国をお守り下さいと頭を垂れます。おどろく私の前で、骸骨達が頭蓋骨をスピンさせての、集団スケルトンダンスを披露しての大宴会です。


 コーヒー店で目眩を起こす私には、もう限界した。


「すいません、もう少し説明を頂けませんでしょうか……?」


 遠慮がちに申し出ると、少女――じつは国のお姫様だという彼女から、説明を頂きました。


 三行でまとめますと。


 私は別世界からの転生者である。


 転生者は大樹族という、人間とはちょっと異なる特殊な種族で超強い。


 だから国を守って!


 私はどうやら、俺つえー……失礼、私つえー魔法使いのようでした。実感はさておき、姫様から「ご飯も寝床も自由」と言われると、生活基盤のない私は頷くしかありません。


 こうして、異世界での生活が始まりました。


 私は何が起きるのかと、緊張の日々を過ごして……


 一ヶ月、とくに何もありませんでした。


 私の日課は一日一度、大樹の頂きに登り、心臓のような世界樹の核に魔法を放つことです。その光は『白の国』外周を包む結界となり、敵から身を守るバリアとなります。私は、国の守り手になりました。


 しかし、他は何もありません。


 宴は三日三晩続きましたが、私は性分として静寂を好み、食事も質素なものに変えて頂きました。姫様は「大樹守様は国で一番偉いのにぃ」と不満げでしたが、小市民の私には、ちょっと。


 煌びやかな衣服も、金銀財宝もいりません。


 如いて言えば、活字中毒で乱読家の気はあるかもしれません。


 私は白の国の図書館に籠もり、読書を重ねました。本は私の数少ない趣味のひとつで、現代でも喫茶店で、柏原さんを放り出したまま熱中していた程です。まあ柏原さんも結構な読書家で、私を忘れている時もありましたので、お相子です。


 けれど齢十三歳の姫様には、私が読書ばかりしているのは不思議なようでした


「大樹守様、なにか欲しいものはありませんか? なんでも良いんです、私達はあなたに国の守りをお願いしてるんですから! もう全部、なんでも叶えちゃいますから!」


 とはいえ、私は基本的な生活さえできれば、多くを望みません。


 ――たった一つを、除いて。




 今にして思えば、柏原さんは不思議な魅力のある方でした。高校生にしては会話が丁寧で、独特のテンポがあります。


 話が、とても聞き取りやすいのです。


 のんびり屋の私には、嬉しいことでした。


 かといって、彼は決して臆病者ではありません。


 暴漢に刃物を突きつけられた時、彼は鞄を投げて親子を助けようとしました。


 その結末と、彼を守れたことを、私は後悔していません。


 けれど――……


 私はそっと、隣に彼がいないことを確かめます。


 ただ一つの願い。それは……彼と、もう一度だけ話をしたい。




 太陽が落ち、二つの月が昇る夜。ネグリジェに着替えた私は大樹の頂きへと昇り、赤と青、夜空を見上げて携帯電話を取り出します。血に塗れた制服と共に、携帯はスカートの中にありました。


 アンテナは今も圏外を示したままで、着信履歴には【柏原誠】の文字が残されています。彼が、そこにいた証拠。傍には、透明な星のストラップが揺れていました。


 耳元に携帯をあて、もう一度だけ通信を試みます。


 何度目かのコール音の後、届いたのは機会音声による否定の言葉。繰り返している間にやがて充電が切れ、電子音さえも途絶えました。もう、彼のメールを見ることも叶いません。


 夜空を見上げ、月の合間にきらめく星々に目を細めます。


 ……生前、私の世界に残してきた彼。


 闇色の夜にふっと息を吐くと、白い息がうすく溶けていきました。


 冬の美術室を思い出します。十一月の半ば、彼は大汗を流しながら、私に好意を伝えてくれました。一度目のデートは十二月で、私のカフェでの恥ずかしい振舞いに、彼は笑いながら私を励ましてくれました。


 あの頃は、失敗してもこれから頑張れば良い。そう思っていました。


 けれど、今。


 指先ひとつ触れられない世界に来て、自覚したのです。


 私は彼に、強い好意を抱いていました。


 ……もちろん、彼との再会など高望みです。


 胸の内に碇を絡めて、沈めてしまうしかありません。


 何時しか、この胸の奥に走る痛みも――静かに、溶けて消えてしまうのでしょうか。




 そんなことを想いながら、部屋に戻った時でした。


「あのぉ。大樹守様。……プレゼントする、ッス」


 声をかけてきたのは、先日のスケルトンダンスの時に仲良くなった骸骨さん。骨だけで動く優しい彼は、顎を鳴らしつつ魔法で声を綴ります。


「え。私に、プレゼント、ですか?」


「部屋に置いておきました。……自分が渡したってことは、姫様には秘密にして欲しいッス」


 私室に戻ると、天蓋付きのベッド脇に、見慣れない物を見つけます。


 若干くすんだ、大きな鏡でした。


 鏡の縁は、私が毎日手を触れる世界樹の核の台座と同じ、硬質な大樹の枝で覆われています。鏡を覗けば、深淵のように濃い闇色のなかに私の姿が映ります。


 鏡面に手を触れ、世界樹の核とおなじ気配を感じて「えいやっ」と力を込めました。


 その途端に眩い光が走り、鏡のなかに、四畳半の小部屋が映像として灯ります。


 くすんだ襖と、畳部屋に押し込まれたベッド。横には勉強机が添えられ、その机ではパジャマ姿の男の子が分厚い本にペンを走らせています。机の書物には『大学入試/帝華大学(医学部)』の表紙が記され、勉強に励むその男性の横顔に、私は言葉を失います。


 それは柏原さんでした。

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