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64 ブルーブラッドとデルフィーヌ

後編が長くなりそうだったので分けました。

後編の続きが、もう一話残っています。


 『ブルーブラッド』に、敵船が迫ってきたのは、出港わずか二日目の朝のことであった。

「マム、ザングランド王国所属と思われる船がまっすぐに向かってきています。しかも二隻が、挟み撃ちにするように向かっています」

 警戒員がスカーレットに危険を報告する。


 向かっている船は二隻。

 船の形状と旗から、ザングランド王国所属の私掠船軍団、サー・バレンティノと思われる。

 一隻はメインの戦艦級、先回りしていたのが駆逐艦級。

 サー・バレンティノは、私掠船を何隻も持っている、ザングランド王国の中でも特に大きい私掠船団体だ。

 一隻でやりくりしているスカーレット達とは違う。



「この何にもない海で、挟み撃ちにされて、『ブルーブラッド』に用がないとは思えないね。しかもこの間、奴らが狙っていた商船をかっさらったことを考えると、答えは一つしかないわね」

 スカーレットがため息を吐く。


「戦闘準備だ。奴らに負ければ死ぬより面倒なことが待ってるよ」

 スカーレットが檄を飛ばす。


「スカーレットさん、もしかして私が目的では」

 デルフィーヌが尋ねる。

 サー・バレンティノはデルフィーヌも聞き覚えがある。

 ザングランド王国を脱出しようとしたのがバレてしまい、追っ手を向けられたのか。


「あんたのことをバレンティノが知っているはずはないよ。それよりあんたはどうする。うちらが負ければ、仲間じゃないけど、殺されるか売られるかどっちかだよ」

 あっさりと否定するスカーレット。


「あの船がなんでこの船を襲うんですか」

 ブルーブラッドの事情を全く知らないデルフィーヌは、スカーレットの否定の根拠がよく分からない。


「知ったこっちゃないね。さっきも言ったけど、この間奴らが狙っていた商船を、運良くこっちが先に仕留めて大金を稼ぎそこなったから、うちらを潰してしまおうっていう魂胆だろ」

 スカーレットは吐き出すように言った。

「あんたが手伝うかどうかは任せるけど、勝機は薄いね。自害していた方が楽かもよ」

 スカーレットがアドバイスをする。


 女だけの私掠船。

 無理があったものの、何とか今までやってこられた。

 大手に目を付けられてしまうと、このように目撃者のいないところで消されてしまう。


「二隻だけなら、一隻ずつ潰せばいいのでは」

 デルフィーヌが簡単に言った。

 自害する意味が分からない。

 攻撃されるなら、やり返すのみだ。


「あのね、一隻相手にしている間に、もう一隻が来るでしょ。しかも一隻相手にしていれば、こっちの戦力も減っちゃうでしょ。うちらの人員を半分ずつにして、半端に勝てる相手じゃないの」

 スカーレットは怒らずに説明した。


「それなら、私が最初の一隻を止めている間に、別の一隻を片付ければいいのではないですか。相手だって、自分の船が危なければ、こっちの船に乗り込んでこられないんじゃないですか」

 デルフィーヌは、当たり前のように話す。

 デルフィーヌの中では、攻撃に参加することは決定事項らしい。


「あのね、あんたがいくら強くたって、一人で数十人もの相手を一時間引き留めることは無理でしょ」

 軽く頭を振りながら、スカーレットは申出の欠点を指摘する。


「できると思います。仮に一隻目が何人かブルーブラッドに乗り込んできたら、こっちの乗組員で何とかすればいいだけですし、敵の数が少なければ、一人で制圧できるかもしれませんし」

 いとも簡単に言うデルフィーヌ。

 スカーレットが考え込む。


「あんた、それ本気で言ってるの」

「相手が騎士団なら難しいと思いますが、素人に毛の生えた程度ならできると思いますよ」

 デルフィーヌが答える。

 敵の戦力を低く見積もっている態度で。


 スカーレットが再度考える。

 普通に戦っては勝ち目がない。

 デルフィーヌの素性は聞いている。

 近衛兵の強さは話でしか聞いたことがない。

 対人戦に関しては特に強く、魔術師にも引けは取らないと。

 目の前にいるデルフィーヌは、背が高く女性としては体力的に優れている部類だ。

 一対一で戦ったら、スカーレットでは多分勝てないオーラを醸し出してはいる。

 しかし、数十人の男に囲まれて、力負けしないかと問われると、何とも言えない。

 この女は、いとも簡単に数十人を止めてみせると言った。

 女にそれが可能なのか。

 期待しても良いのか。



「あんたに自信があるのなら、あの駆逐艦級に乗り込んでくれ。あんたが止めている間にもう一隻を何とかして見せる」

 腹は決まった。

 どうせ勝てないのなら、勝てなくてもやることは一緒なら、デルフィーヌの言うことに賭けてみてもいいのではないか、そうスカーレットは思った。



「全速前進、目標駆逐艦級、あいつから叩きのめす」

 スカーレットは叫ぶ。


 駆逐艦級の目的が、ブルーブラッドの足止めであることは明白だ。

 接近しても避けることはしない。湿り気程度の弓矢が飛んでくる。

 足止めしているうちに、戦艦級が応援に来てくれるだろう、それまでゆっくり戦えばいい程度の戦略だろう。


「銛を打て」

 梯子を掛ける距離に近づく前に、ブルーブラッドから銛が打たれる。

 太いロープの付いた銛は、狙った通り駆逐艦のへりに突き刺さる。


 ブルーブラッドの乗組員がロープをしっかりと引いて、弛みを消す。

 ロープの上を鎧を装着したデルフィーヌが駆け抜ける。


「頼むぞ」

 誰となく声が出た。


 梯子を掛けてから乗り込もうとしていた駆逐艦の乗組員は、一人で乗り込んできたデルフィーヌに驚きながらも迎え撃った。


 背後からはバレンティノの戦艦級が接近している。

 そっちはまだ時間がかかりそうだ。


 デルフィーヌは、向かってきた敵を難なく切りつける。

 勢いだけで、まっすぐ向かってくる敵は何人いても怖くない。

 周囲に気を配り、決して包囲されることなく、背後に隙を作らず敵を切り続けるデルフィーヌ。

 敵は簡単な防具しか着けていないため、振り下ろした一刀が全て致命傷となる。

 敵の弓矢が時々鎧に当たるが、全身鎧に弓矢が刺さることはなかった。


「相手は一人だ、全員で囲め」

 一人一人切り伏せられていく状況に業を煮やした敵指揮官が叫ぶ。

 しかし囲もうにも、デルフィーヌは位置取りを刻々と変えている。

 鎧に近づいた者は全て一刀のもとに切り伏せられている。

 隙を窺って向かっていくと、今まであったはずの隙が消えてしまい、あっさりと切り伏せられてしまう。


 圧倒的な技量の差。


 大手の私掠船と言っても、海賊に毛が生えた程度の船では、多少剣術を学んだものがいても、その技量は力任せの範疇を出ていなかった。

 実力を目いっぱい出しても勝てない者が、ビビってしまえば実力の半分も出せない。

 そういう船で行われる戦闘訓練は、強い者が強さを下にアピールする場でしかないのだ。

 弱い者が強くなるための訓練ではない。


 バレンティノ乗船員の全員が今回のミッションを正確に理解していた。

 女しかいない船を違法に襲って、目撃証拠のないまま自社の利益とするということを。

 出港前の説明は、楽で楽しい仕事としか思えない話だった。

 一人も逃がさないようにするだけで、たくさんの利益と、勝者として女性を蹂躙する権利が手に入るはずだった。


 それがたった一人の鎧を着けた者によって殺されるか、たとえ生き残っても、海賊行為を働いたものとして、死刑になるという未来しか見えなくなっていた。

 その二択のため、後には引けない、かと言って、ただまっすぐ突っ込んでも切られるしかなかった。

 そしてブルーブラッドに梯子を掛けて乗り込む前に、デルフィーヌに戦力を奪われてしまった。

 駆逐艦とブルーブラッドに梯子を掛けたのは、ブルーブラッドの乗組員だった。



★★★



 デルフィーヌの活躍によって、駆逐艦級との戦いは、戦艦級が到着する前に終わった。

 制圧に数人出したものの、戦力は大きく落ちることのないまま、戦艦級との戦いに臨むことができた。

 戦力が落ちるどころか、大きく勝ちが見えてきたブルーブラッドは、それまでの悲壮な雰囲気からテンションが大きく上がって戦艦級との戦いになった。


 戦いは駆逐艦級と同様、銛を打ち込みデルフィーヌが切り込み隊長。

 戦艦級が混乱している隙に、応援が梯子で乗り込む。

 主戦場は、戦艦級の甲板。

 戦艦には戦闘魔術師がいたものの、デルフィーヌの鎧を打ち崩すことができないまま簡単に切り伏せられた。


 デルフィーヌだけにいい格好はさせないとばかり、ほかの乗組員も鬼人のごとく暴れまわった。

 特にスカーレットは、両手にカトラスを持ち、返り血で真っ赤になるほどであった。

 普段は片手に小型(バツク)(ラー)を持って戦うスタイルだが、この時ばかりは防御を捨てて攻撃特化のスタイルで戦った。

 一隻しか相手にしないとは言っても、その一隻がブルーブラッドよりも大きく、戦闘員も多い状況を見て、自分の安全よりも攻撃力を取ったのだった。


 負け戦と思っていたところから、勝ちが見えてきたブルーブラッドの勢いと、『セクメトへの若き挑戦者』と呼ばれ、将来の近衛隊長とまで言われたデルフィーヌの戦闘力は、数で圧倒する敵を難なく蹴散らしたのだった。


 二隻を拿捕したブルーブラッドは予定通り、ローラン王国のカーセンに到着した。


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