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33 その夜、月夜の晩じゃない

 俺は10ゴルの優勝賞金を手に入れて、意気揚々と教会に帰った。

 もちろんお土産は買ったし、クロスの工房にも立ち寄った。

 クロスの工房というのは、ジャッキーに声を掛けられなかった唯一の工房だ。



「いらっしゃい。今日のレースはどうだった」

 上機嫌なクロスが俺に声を掛ける。

「もちろん勝ったよ」

「そうか。それはおめでとう。こっちの改造も大体済んでるよ。ちょっと試してくれないか」

 依頼していた改造は大体終わっていた。

 後は微調整だ。


 今日のレースで、このそりを使っていれば、もう少し楽だったんだろうが、これは大人相手に使う。

 なんだかんだ言って、子供相手だとレンタル品で充分だった。

 初日は油断のせいか、勝つのに苦労したものの、今日のレースではダントツで勝つことが出来た。

 しかしそれはあくまでも子供相手だ。

 言い方を変えれば、子供相手でも本気を出さなければ、レンタル品では勝てないということだ。

 大人相手だとレンタル品では、きっと力不足だ。


 そのためにも今日はレンタル品で我慢し、レース専用のそりで明日の予選を戦う。

 クレイさんとかいうこの地方都市カーヴ最速の男が、地方都市カーヴ最高の工房の車体(マシン)に乗るのだから、充分に用意をすべきだ。


「じゃあ明日の朝取りに来ます。よろしくお願いします」

 俺はクロスさんにお願いした。

「俺の方こそありがとう。俺の作品にチャンスを与えてくれて。頼まれたことはきっちりやっておくから、ラルフ君こそゆっくり休んで明日に備えてくれよ」



★★★



「おい、準備は良いか」

 簡素な革鎧を身に着けた男が指揮を執っていた。

「もちろん、いつでも良いぜ」

 声を掛けられた男たちは、5人で大きな丸太を抱えている。


「じゃあ行け」

 革鎧の男の指示で、その5人組は大きな丸太を持って、教会の門に突撃を開始する。


「おー」

 思いきり丸太をぶち当てる。

 大きな音を立てて教会と道路を分けていた門がひしゃげ、そして倒された。


「じゃあ、ジャッキークランからの落とし前をつけに行きますか」

 革鎧の男が魔道具の灯りを手に敷地内に入っていく。

 丸太を抱えていた男たちは用済みの丸太を投げ捨てて、革鎧の男について行く。

「あの1(ちび)にお灸をすえてやればいいんだろ」

「俺は修道女(シスター)にお仕置きしてみたいな」

「お前はいつもそんなことばかりだな。憲兵の捜査を潰せる(めをこぼす)程度だぞ。ジャッキーさんだって、全部もみ消せるわけじゃないからな」

「分かってるよ。俺は紳士だから、手荒いことはしないぜ」

「何が紳士だ。変態紳士の間違いだろ」

「ちょっと『変態』の単語が足りなかっただけだよな」

「ハハハハハ」

 男たちは下品な話をしながら、教会に近づいていく。



「お前たちは誰だ」

 修道士が革鎧と5人の男を含めた6人組に声を掛ける。

 大きな音で目を覚ました修道士が、教会の中から出てきたのだ。


「誰だと言われて名乗るほど、まともなことをやりに来た訳じゃない」

 革鎧の男が代表して答える。

「男にゃ用はねえんだよ」

 後ろで侵入者の一人が口を出す。


「お前はだまってろ。ラルフというガキを出せ。そうすりゃ大人しく帰ることを考えてやってもいいぜ」

 革鎧の男が修道士に言い放つ。


 教会の中から、ぞろぞろと修道士や修道女たちが出てきた。

「あなた達は一体何をしにこの夜更けに押し入ってきたのですか」

 後から出てきた司祭が問いかける。


「あんたが一番偉そうだよな。もう一度言ってやる。ラルフというガキを出せ。さもなくばここにいる全員が皆殺しだぜ」

 内容をグレードアップさせて革鎧の男が言った。

「さすが兄貴、そうでなくちゃ楽しくないよな」

 後ろから口を出す男がいた。今度は革鎧の男も、叱責はしない。


「ラルフ君、行っちゃダメ」

 ロビンが俺を引き留める。

「でも僕が行かなきゃ、みんなに迷惑が掛かる」

「ラルフ君が行っても、きっと何も変わらない」

「でも……」

 俺は教会の陰で、エストックを握ったまま立ち止まったままだ。


 奴らは間違いなくジャッキークランの連中だろう。

 もしくは依頼された奴らか。

 レースの結果が思い通りにならなかった腹いせか、その制裁だろう。

 工房街全体に影響を及ぼすことのできるクランが、6歳児一人を思うようにできなかったのだ。


 俺が捕まえられれば奴らが言う通り、教会の人たちに手出しせずに帰るかもしれない。

 しかしそれは望み薄だろう。

 既に協会の門を破壊しているのだ。

 大事になっても構わないし、事件を潰せるという事だろう。


 ロビンの言うとおり、俺が犠牲になっても結果はあまり変わりそうにない。

 それなら、奴らと戦うしかない。

 しかも教会から離れて。

 更に全員を俺に引き付けて。

 俺にできるだろうか。相手は野獣や魔物じゃない。

 教会の人たちを人質にされたら俺には打つ手がない。


「ロビンお姉ちゃん、僕は逃げるから、クロエと一緒に、絶対に見つからないように隠れていてね」

 ロビンにそういう事を期待することは無理だろうな、と思いながら、とりあえず俺は言った。

 唯一の望みといえば、クロエを守るという大義名分があれば大人しくするかもしれないということだ。


 俺はロビンの返事を待たずに侵入者たちの前に飛び出した。

「俺がラルフだけど、俺に何の用だ」

 精一杯ドスを効かせて奴らに言った。

「ほう、自分から出てきたか。そのくらい大人しければこういうことにならなくて済んだのにな」

 革鎧の男は俺を見て言った。

「ただ、まだ自分の立場が分かっちゃいないようだな。やっぱり痛い目にあって人生を学ばないといけないようだな」

 革鎧の男は、俺のエストックを見てニヤリと笑いながら、腰の剣を引き抜いた。

 それを見た後ろの5人も剣を手にした。


「お前たちのようなゴミに教わる人生に意味はないよ。バインド」

 俺は土魔法を発動させる。

 6人の足に、土で作った鎖が絡まる。


「ブレイク」

 革鎧の男が魔法を発動させる。

 あっさりと俺の土魔法が破壊された。

 対人戦の経験のない俺は、戸惑ってしまった。

 力任せで抜けられることは想像していたのだが、一瞬の足止めにしかならなかったことは俺の行動を一瞬遅らせた。

 男たちの脇を通り抜けて、教会の敷地外に誘導するつもりだったのだが、脇を通り抜けようとしたときに、男の剣が俺に襲い掛かった。

 ガン。

 俺は男の剣をエストックで受け止めた。

「どこに逃げようとしてるんだい。ゴミなんだろ。掃除してみたらいいんじゃないか」


 まずい。

 俺は一旦侵入者たちから距離を置く。

 教会の敷地内では思うように暴れられない。


「魔法が得意なボクちゃんのために、ファイヤーボールを撃ってあげよう」

 革鎧の男が剣を俺に向けると、魔法を発動させた。

「ファイヤーボール」

 革鎧の持つ剣の先からファイヤーボールが放たれる。

 俺の後ろには、修道女や修道士がいる。

 避ければ彼らに当たる。


 俺はエストックに魔力を纏わせ、ファイヤーボールを切り裂く。

 このまま教会の人間を背後に置いて戦うことはできない。

 やはり教会から離れなければ戦えない。

 俺はファイヤーボールを6つ発動させ、同時に侵入者に放つ、と同時に走り出した。


「ブレイク、バインド」

 革鎧の男がすべてのファイヤーボールを破壊し、更に俺の足を土魔法の鎖で掴んだ。

 当然の如く俺の顔面は地面に叩きつけられた。


「無詠唱で6つも出すとは、ただのガキとは思えない腕前だが、対人戦はまだまだ子供だな」

 俺の攻撃はすべて革鎧の男に防がれた。

 バインドで足を掴まれ倒れた俺は、近くにいた男に蹴られそうになったが、バインドを破壊し、なんとか立ち上がると同時にエストックで男の蹴りを防御した。

 しかし体制不十分での防御は、蹴りを体に当てなかっただけに終わり、俺の身体は蹴りの勢いのまま吹っ飛ばされた。


「兄貴、修道女たちを人質に取った方が早くないですか」

 侵入者の一人が、俺が最も恐れていたことを口にした。


「馬鹿野郎。お前は6歳のガキ相手に、人質を取らないと勝てないって言うのか。ジャッキークランが舐められる訳だよ」

 革鎧の男がその男を睨みつける。

 そのプライドを最後まで持っていてもらえれば、何とか俺は勝てる。


「でもお前が逃げたら、こいつらの誰かがそうするかもな」

 舌の根も乾かないうちに、俺に対して、口でけん制をする。


 やばい。

 何をしていいか分からなくなってきた。

 逃げようとしても簡単には逃がしてくれない。

 逃げたとしても、教会に迷惑が掛かる。

 こいつら6人を一気に倒さないと、教会の誰かが被害に遭うかも知れない。

 生半可な魔法だと、革鎧の男に通じない。

 剣だけの勝負は分が悪すぎる。


「そろそろその中途半端なエストックを手放したらどうだい。後ろのみんなのためにも」

 革鎧の男がニヤニヤしながら俺に投降を促す。

 投降しても、教会の人たちに被害が及ばない訳がない。

 俺がここを寝床にしたばかりに、みんなに被害が及ぶ。


 俺は『中途半端なエストック』を強く握りしめた。

 ロビンと一緒に買った、折れて短くなったエストック。

 折れたままずっと練習に使っていたエストック。

 ハイウルフ戦で硬皮を破れず、それからやっと修理したエストック。

 今の俺の武器は、これと魔法しかない。

 しかしどうやれば勝てる。

 革鎧の男の視線は、俺をその場に釘付けにしている。

 動けない。



「このシスター可愛いねえ」

 侵入者の一人が近くにいたロビンの手を掴む。

「やめて下さい」

 ロビンが叫ぶ。

 俺が矢面に立っていたことで、知らず知らず前に出ていたようだ。


 革鎧の男の目に射止められているため、俺は動けない。

「くっ」

 俺はエストックを強く握りしめることしかできなかった。

 ロビンを助けたくても動けない。

 不甲斐ない自分が情けない。

 今動けば、革鎧の男たちを変に刺激しそうで動けないのだ。



「痛っ」

 ロビンの手を握っていた侵入者が、ロビンの手を放す。

 よく見ると、その手にはマルコが噛みついていた。


「このクソ犬」

 侵入者は、剣を振り上げ自分の腕を噛んだまま離さないマルコを切ろうとした。



「そうか。そうだったんだな。俺には覚悟が足りなかったんだ。足りなかったというより、全くなかったんだ」

 さっきまで、強く握ることしかできなかった俺のエストックは、マルコを切ろうとしていた侵入者の手と剣を一緒に貫いていた。


「痛え」

 俺に刺された侵入者は自分の手と剣の柄が、一緒に貫かれたことに気が付いてから声を上げた。


 俺はマルコを抱きかかえ、エストックを引き抜いた。

 刺された侵入者は、しゃがんで手を抑えた。


 俺はやっと気が付いた。

 こいつらはゴミであり、俺の敵だということを。

 敵を排除するのに必要な痛みを受ける覚悟を。

『たった3年やそこらじゃ、平和ボケした俺の心が変わる訳ないよな』

 日本という平和ボケした国で暮らしてきた記憶。

 法による秩序が甘いこの世界。

 小さな村の排他的なコミュニティーにより守られていたんだ。

 そういう事をうすうす気づいてはいたが、まだ日本にいるような気分で暮らしていたんだ。


 俺の敵、つまり、こいつらを全て排除する。

 教会に被害が出るかもしれない。

 修道士や修道女に被害が出るかもしれない。

 自分ばかりではなく他人に被害が出るかもしれない。

 しかし黙ってばかりいれば、被害は大きくなるばかりだ。

 被害を恐れてばかりいて現状をきちんと見ていなかったのだ。俺は。

 ロビンやクロエが傷つくことを必要以上に恐れていたのだ。

 下手をすると失いかけていたのに。


 まず革鎧の男を倒す。

「お前はゴミだ。そして俺の敵だ」

 俺はエストックの先端を革鎧の男に向けた。

「ふうん、さっきとは雰囲気が変わったじゃないか。お前ら、何をしても構わねえ。やれ」

 革鎧の男が皆に指示した。

 俺は全てを助けることはできない。

 修道女や修道士の一部が傷つくかもしれない。

 それどころかロビンを助けきれないかもしれない。

 それがこの世界での俺の力だ。

 他人を全て救うことが出来ない、俺が持っているのはそんな、とても小さな力だけだ。



「それは私が許さない」

 門の外から声がする。

「誰だお前は」

 侵入者が誰何する。

「ゴミを片付けるゴミのような者だ。だがエルメス様の加護を受ける者でもある」

 銀の鎧を纏った騎士が突然現れた。


「もしかしてあの時の」

 俺は博打で全部巻き上げられそうになっていた騎士を思い出す。

「覚えてくれていたんだね。光栄だよ」

 銀鎧の騎士が肯定する。


「邪魔だ」

 そう言って侵入者の一人が銀鎧の騎士に切り掛かる。

 銀鎧の騎士は、自分に向けられた剣をあっさり躱すと侵入者の鳩尾に拳骨を叩きこんだ。


 あっさりと意識を失う侵入者。

「ジャッキークランは歯応えがないな」

 銀鎧の騎士がつぶやく。

 銀鎧の騎士は剣を抜く様子がない。

「次は誰だ」

 侵入者たちは、銀鎧の騎士に襲い掛かるが、剣を抜かない騎士に、拳一つで倒されていった。


「すごい」

 俺は感嘆の声を上げた。

「大したことはない。こいつらが弱いだけさ」

 銀鎧の騎士は小さな俺の声に反応し、謙遜した様子で答えた。


「お前はどうする」

 銀鎧の騎士はただ一人残った革鎧の男に声を掛ける。

「知れたことよ。お前を倒す」

 革鎧の内側に手を入れ、何かを引っ張り出す。

「ライズ」

 革鎧の男は呪文を唱えて懐から出した道具を上に投げた。

 道具が破裂し、目を突き刺すような光が辺りを覆う。

 俺は目を腕で覆ったが、数秒の間目が全く見えなくなった。


「グフッ」


 目が少し見えるようになると、革鎧の男の鳩尾に銀鎧騎士の拳が突き刺さっていた。

「逃がしはしない。エルメス様の加護を受ける者を傷つけようとした奴は許さない」

 銀鎧の騎士一人で、全ての侵入者を片付けてしまった。

 しかも素手で。

「そこの修道士、憲兵を呼んできてくれないか。私はこいつらを見張っているから」

 戦いを見て固まっていた修道士に声を掛ける銀鎧の騎士。


 修道士が壊れた門を出ると、銀鎧の騎士は、俺の前で片膝をつき、頭を下げた。

「ラルフ様、私をあなたの騎士にして下さい」

 被害を受けることを覚悟し、抵抗しようとしたその時に出てきて、あっさりと賊を退治した騎士が、俺にそんな一言を言った。

「はい!?」

 言われた俺は、なぜそう言われているのかも分からず、ただただ混乱した。

 しかし、俺の窮地を助けて貰った恩人のお願いを無下に断ることは不可能だった。


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