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#98 少女たちと砂浜

「青い空、青い海。照りつける太陽に白く輝く砂浜」


 踏みつける足が、ザクッと音を立てる。

 ほのかに汗ばむ額に手を当てながら、ミリアは遠くを眺めながらに叫ぶ。


「海だー!」


「うーみー!」


 隣に並んだルカが、同じく遠くの沖へと向けて、元気よく叫ぶ。

 ピンク色のパレオを身に着けたミリアと、ワンピース状の水着に身を包んだルカ。仲良く横並びになって揃った格好で……といってもルカが真似しているだけではあるが、直立で腰に手を当てている様子を見る限り、随分と楽しんでいるようだった。


「元気だなぁ」


「元気ですねぇ」


 その後方から二人の様子を見つめているのは、エアハルトとテトラ。

 エアハルトも水着を身につけているが、その一方でテトラは、パーカーを着用していた。


「……テトラ、お前は行かなくていいのか?」


「いやぁ、私がああいう感じで叫んでそうなノリの人間に見えます?」


 パラソルをさしながら、その陰でにへらっと笑ったテトラがそう言う。


「まあ、無理強いはしないが、遊んでくるくらいはいいと思うぞ。荷物の管理なら俺がやってるし」


「まあ、気が向けば、ですかねぇ……」


 テトラはそう言いながら、ぎゅっと上着を抱きしめた。

 おそらくは下にキチンと水着は着ているのだろう。昨日にエアハルトがルカたちから話を聞いた限りでは買ってきているらしいので、流石に着ていないということはないと思うが。しかし、推測が交じるところではあるが、落ち着いて改めて考えてみると、肌面積の多さなどから恥ずかしさが生まれてきてしまって、こうしてパーカーで隠そう、と。そういう思考になったのかもしれない。


「人間はめんどくさいことを考えるもんだねぇ」


「ふぇっ!?」


 パッと、なにもなかったところから、突然その場に現れたゼーレに、テトラが驚いて。

 その反応に満足そうに、彼女はくひひっと笑っていた。


「いやぁ、相変わらずテトラはいい反応をするねぇ」


「もう少し穏やかに出て来る方法もあっただろう」


「ゼーレさん、その、こんにちは」


「うんうん、こんにちはこんにちは」


 人の姿で現れたゼーレに、丁寧に挨拶するテトラ。それにややからかい混じりに応対するゼーレを見て、エアハルトは大きく息をつく。


 明らかに舐められて遊ばれているのだが、おそらく彼女は気づいていないのだろうな、と。

 精霊であるとか妖精であるとか。そういった存在は一般人からも特別視されている節があるので、そういう意味でもテトラからしてみれば、おとぎ話の登場人物と話しているようなものなのだろう。


「ちなみに、ゼーレは遊んでこないのか?」


 エアハルトがピッと親指でミリアとルカの様子を指差す。

 波打ち際で二人並んでキャッキャと声を出しながら、子供のように騒ぎ遊んでいる姿が目に入る。


「私? 私はどっちかっていうと、こっちの砂地のほうが面白いかねぇ」


 水遊びってだけなら、森の湖とかでもできるし、と。

 その点、このように広い砂浜はゼーレの活動範囲内からしてみればかなり珍しいものになる。なるほど、確かに彼女からしてみればこちらで遊ぶほうが非日常に近いのだろう。


「ちなみにゼーレ、気づいてるか?」


「……まあねぇ。これに気づくなって方が無理があるね」


 やや声のトーンを落として尋ねたエアハルトの声に、ゼーレがコクリと頷く。

 なんのことだかわかっていないテトラは首をコテンと傾げながらに、ただただ純粋な気持ちで「なんの話です?」と。


「まあ、そんな大した話ってわけじゃないんだけどねぇ。ちょっと昨日にエアハルトと一緒に情報収集してるときに奇妙な噂を聞きつけてね」


 ケラケラッと笑いながらにゼーレがそう言う。エアハルトが「おい」と言って制止しようとするが、それよりも先にゼーレが面白そうな表情のままで、


「この辺りの海に、亡霊が出るって噂があるみたいでね。で、エアハルトも私も、その気配を感じたってわけ」


「ふぇ? ぼ、亡霊……?」


 ぽかん、と。呆然としてしまったテトラは、壊れた機械のように何度か亡霊という言葉を逡巡させてから。


「亡霊!? お化けっ!? いやあああああっ!?」


 それはそれは甲高い声で、エアハルトとゼーレが想定した通りの絶叫を見せてくれる。


「こうなるのはわかりきってただろ」


「わかってたからこそ言ったんだよ。いやあ、本当にいい反応をしてくれる」


 エアハルトやルカはなんだかんだで常識がズレてるし、ミリアな謎に距離が近いし。

 やはりテトラあたりが一番いじりがいがある、と。ゼーレは満足そうにしていた。






「ええっと、つまり、近くの海上に魔法使いの気配がある、と?」


「そうなる。移動もしているみたいだな」


「まあ、私やエアハルトの索敵範囲だから、近いといってもかなりの距離があるけど」


 改めてエアハルトとゼーレが順を追ってテトラに事情を、もとい亡霊について説明をする。

 それによってやっと落ち着いてくれた様子のテトラだったが。「でも、もし襲ってきたらどうしましょう」と、別なところに心配を始めていた。


「安心しろ、そもそも魔法使いだって、基本的には自発的には襲ってこない。……一部そういうやつもいなくはないが」


 そういえば、と。自身の後輩の顔が一瞬よきって、言葉を少しだけ濁す。

 ただ、そういったたぐいの魔法使いも、元をたどれば迫害された過去を恨んでの行動であったりして。最初からなにもないのに襲おうだなんて考えている魔法使いはほとんどいない。


「それに、仮に襲ってきてもなんとかなる」


「なんとかって、そんな抽象的な……いや、やっぱなんでもないです」


 そういえば、自分の目の前にいる人物がどういう存在なのか、ということを思い出した彼女は、そのまま納得をしてしまった。


 エアハルト、魔法使いの中でも群を抜いてヤバいとされている大罪人だ。

 ただ、噂で聞く限りでは、魔法使い同士での争いに転じていることもあったりするらしい。そういう意味では、たしかに魔法使いが襲ってきてもなんとかできるのだろう。


 しかし、噂に聞くヤバい魔法使いという評価の程には、一緒に行動してみて、かなり優しい人物である。

 これで魔法使いでなければ、いろいろなところで活躍できたろうに、なんて。そんなことを少し思ったりするくらいには。


「まあ、亡霊については追って共有するつもりだったが。まあ、ちょうどタイミングとしてもいいか」


 エアハルトは、いちおうふたりにも近くに別な魔法使いがいることを伝えてくる、と。その場を立って海の方へと歩いていく。

 その場に残されたテトラとゼーレ。ううむと少し考え込んでいるテトラに、ゼーレはくひひっと笑いながら、


「いろいろ、今まで信じてきたものと違う、という表情をしてるね」


「……ふぇ?」


「まあ、いい勉強になったんじゃない? 思ったよりもこの世界は、きっぱりとふたつには分かれていない。それが理解できただけでも、十分な収穫だと思うよ」


 一瞬、なにを言っているのか、と。理解できなかったテトラ。そんな彼女に向けて、ゼーレは小さく息をつくと、


「もし、判断に困るのなら。自分の信じられるものを信じてみな」


 誰かから聞いた話と、今自分が見たもの。そのどちらが信用できるのか。

 そこの判断を見失わないようにね、と。


「自分の信じられるもの……」


 きゅっと手を握りしめながら、テトラはそう呟く。


「私は、私のことを信じられる……のかな」


 自分というものと、その常識を。疑いかけてしまっている、そんな存在である今の私自身を。

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