#97 亡霊
「それはまた、奇妙な話だな」
「ええ。それも、そのまま遠ざかっていくならともかくとして、その場でパッと魔力が消えるというか」
「…………はあ!?」
エアハルトが驚いたのは、ガストンがその存在のことを亡霊、と称したその理由。
曰く、その魔法使いの魔力の検知が、突然消えてしまう、のだという。
「そんなことがあり得るのか?」
「いやぁ、本来ならあり得ない、と言いたいところなんですけど。私自身の探知魔法の結果だとそう言わざるを得ない、というか」
ガストンは困ったように眉をひそめながら。
一度や二度ならば、勘違いや探知のブレであるとか、そういう可能性を疑える。
だが、偶然も、積み重なれば必然となりうるように。幾度となくそのあり得ないと感じてしまうような結果が出ているのであれば、それ自身があり得てしまっている、と感じるほうが妥当だろう。
「なあ、これに関しては私が魔法使いについて詳しくないから聞きたいんだけど。魔法使いって飛べるのか?」
口を開いたのは、ゼーレ。小さな女の子の姿で首を傾げながらにそう尋ねる。
「飛べる。やろうと思えば飛べる。ただ、嫌いなやつのほうが多い」
「……嫌い?」
「面倒なんだよ、いろいろと。それに、効率も良くないし」
そう言いながら、エアハルトは持っていたカップに制限付き反重力をかける。
ゆっくりとふわふわ浮かび上がるそれを見せながらに、原理的にはこれと一緒だ、と。
「棒状のものならなんでもいいが、たとえば箒であるとか、そういった類のものに、これをかけた状態で跨がって、そのまま浮かび上がることで擬似的に飛ぶことができる。だから、海上に魔力検知がポツリとひっかかる、ということ自体はありえるといえばありえる」
それこそ、どこかの誰かが散歩気分で海上を飛行していれば、その状況だけは再現が可能だろう。
だが、ガストンは言った。その後、魔力検知がパタリと途絶える、と。
「この飛行に即しての魔法、欠点がいつくかあるんだが。そのうちの主なふたつとしては、要求される魔力の多さと、操作の難しさだ」
要求される魔力の多さについては文字通りそのままの意味だ。
そもそも条件付き反重力自身が結構な魔力を消費する魔法である。もちろん、持ち上げるもの自体の重さやなんかにも依存するため、軽ければそれだけマシにはなるが。それでも飛行となるとそれを長時間継続で使用するわけで、常用するとなるとちょっと多めの魔力要求でも、その差が尋常じゃないものになってくる。
その結果、飛行に即してはかなり多くの魔力を持っていることが前提になる。具体的には、今のルカではできない程度には。
「そして、操作の難しさについてはそれ以上の難点になる。なんなら、これもさっきの魔力要求の多さに繋がるところにはなるんだが。……飛行中の推進力やバランスの調整なんかについても、全部魔法でなんとかすることになる」
制限付き反重力を使用した上で、なんらか別の魔法で前に進むようにして、傾いてきた重心を元に戻すためにも魔法を使用して、と。今の状態に対して、適切に魔法を調整していく必要がある。
まあ、実際にはエアハルトが原理的には制限付き反重力と同じ、と言ったように。すでにひとつの魔法として複合化されたものを扱っているため、個別に魔法を操るよりかはいくらかやりやすくはなっているのだが、それでもなお制御が難しいことには変わりない。
「……ちなみに、自分自身を浮かせるってのはダメなのか? 跨がる棒の分の重量はいらないし、そっちのほうが重心制御とかの必要がない分、楽に見えるんだけど」
「ダメじゃないし理屈上はできる。実際それで飛んでる魔法使いもいる。だけど、めちゃくちゃに酔う」
「……ああ、なるほど」
それこそ、人によっては飛行を継続できなくなるほどに気分が悪くなる。だからこそ、原則的には他の物質を媒介にさせながら飛行魔法を行使することになる。
「だが、当たり前だけど魔法で飛んでいる以上、使っている間は魔力検知に引っかかる」
「僕がこの家の中にいる間は魔力検知に引っかからない、ってのは、この家自身に偽装の魔法をかけていることと、僕がこの中で魔法を使ってない、ってのが理由だからね」
魔法は使えばそのぶんだけ魔力の反応がある。特に飛行中はただでさえ操作が困難な都合、他のことにリソースを割くということはあり得ない。
だからこそ、検知から外れるとということはない。仮にありえるとしたら、それは魔法の使用を中断したということ。だがしかし、陸地でそれがあったならばまだしも、そこは海上。つまりは、
「仮に飛行魔法を中断したとするならば、その先に待っているのは深い海。そのままならなす術なく溺れてしまう」
ゼーレが、ここまでの話を聞いた上で、そう判断する。
エアハルトもガストンも、彼女のその考えに頷く。
「だからこそ、亡霊なんだよ」
正体不明の魔力反応、そして、仮にそれが飛行魔法などによるものなら、おそらくその人は、と。
「まあ、話を聞いている限りでは飛行魔法ではなさそうにも思えるけどな」
エアハルトは小さく息を付きながらそういった。
浮かべていたカップを手に取ると、魔法を解除して。中身に口をつける。
「さっきまでの話と、思考の筋は同じだ。一度二度ならたまたま事故ったやつがいたとも捉えられる。でも、それが繰り返し起こるのは流石に不自然だ、そもそも飛行魔法をきちんと扱える魔法使いが少ないのに」
もちろん、なんらか外的な要因があって、たとえばその区域の中では急に魔法がうまく扱えなくなってそのまま墜落してしまう、というようなケースも考えられなくはないが。それならばそれでなんらかの注意喚起があるだろうし、それについてをガストンが知らないことがやや不自然になる。……もちろん、ガストン自身があまり他の魔法使いとの交流をしていないために純粋に知らないだけという可能性もあるだが。
「しかし、そうなると本格的に原因がわからなくなってきますねぇ。……本当に亡霊だったりして」
「夏の暑さに対抗する心霊話、とでもしておきますか? ……まあ、一般相手には使えないという尋常じゃない欠点はありますが」
ガストンの冗談にエアハルトがそう返す。
なにせ、これを検知できるということはつまりそいつも魔法使い、というわけで。つまりは自分から大罪人だと自供することにほかならない。
「まあ、しばらくはここに滞在する予定なので、俺の方でも軽く調べておきます。他にやることがあるから、そっちが先に優先になりますけど」
「ありがとうねぇ。こっちもなにかわかったことがあったら、連絡するよ。宿の場所とかは決まってる?」
そんなことを話しながら、エアハルトとガストンは軽く予定などの擦り合わせをしながら、またちょっとだけ話に花が咲いたり、と。
そんなことをしているうちに、そろそろ日が暮れてしまいそうな、そんな時間になりつつあった。




