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#96 ミーナガルの魔法使い

 3人と別れたエアハルトは、ひとり影に潜みながらミーナガルの中を移動していた。


「……ファフマールでのこともあったし、念の為に、な」


 あのとき、エアハルトたちはほとんどが後手に回ってしまっていた。それでもなおあの街での一件を突破できたのは、エアハルトとルカのふたりが魔法使いだったからだ。

 ルカ自身も最低限の抵抗はできる、という見込みがあったし。――実際には、感情の昂りから、半ば暴走気味な魔法の行使による相手の想定外の火力により勝利まで収めたわけだが。ともかく、ルカ自身が魔法使いと対面して、しばらく生存できるだけの力量があったから。

 だから、エアハルトがもうひとりに相対、そしてそちらをなんとかしてからルカに合流、というような作戦を取ることができた。


 それに、この作戦には、いざとなった場合に逃げ切れるという確証があったこともある。

 エアハルトが魔法を駆使しつつ、ルカが身体強化した状態であれば、このふたりで逃げ聞けるという見込みはあった。だからこそ、後手後手だったという、圧倒的に不利な状況下から魔法使いに対抗するという選択肢が見えた。

 もちろん、他にも要因はありはするが。


「だが、今回はそうは行かない」


 エアハルトとルカだけなら、まだいい。

 だがしかし、ミリアとテトラが一緒にいるのだ。


 いちおうテトラは所属だけで言えば警備隊の所属だが、ここまでエアハルトたちと一緒に行動してきて、その過程でのことを鑑みれば、確信がある。テトラは戦えない。

 元より扱い的には救護班や衛生兵に近いものだと聞いていたし、だからこその今回の旅行への同行(正確にはルーナへと弟子入り志願に伴う諸々)なのだ。非戦闘員だということはわかってはいたが。まあ、ここまでからっきしだとも思っていなかったというのがエアハルトの率直な感想ではあった。


「もちろん、どのみちひとりで魔法使いに相対できるだなんて思ってはいなかったから、結論自体はそんなに変わりはしなかったが」


 やや極論じみた言い方にはなるが、魔法使いとそうでない人間が真っ当に相対するということは、武器を持った人間とそうじゃない人間が戦うというようなものである。

 なお、実際にはこれよりも酷いケースがありうる。なんせ、魔法使いは魔力操作による身体強化を行えるため、その分の能力差も加味しなければいけないからだ。


 エアハルトのことを追っていたマルクスも、あれはかなり腕が立つ方だが。それでもなおタイマンでは勝てる見込みがないと牽くことがほとんどだった。無論、彼であればそのへんの実力があまりない、あるいは実力を過信しているだけの魔法使いであれば最悪タイマンで勝てるかもしれないが。


 逆に言うと、それくらいの実力があって初めて魔法使いと相対できるわけで。テトラにそれを期待するわけもく。

 結果として、なにひとつ予定は狂っていない。

 まあ、彼女が仮に戦えたとしても、ミリアの存在もいるわけで。どのみち、という話ではあったが。


「さて。ここからの予定が狂わないように、しっかりと調べておかないと」


 ミーナガルは結構大きい都市である。ここの全範囲に対して魔法使いがいないかを探知魔法で探ることもできなくはないが、あまり効果的でなない。

 なにせ、待に居着く魔法使いは、原則的には隠居をしている。外からのなんらかの来襲により自身の生活が脅かされないように、なんらかの妨害魔法を仕組んでいるはずだからだ。

 だから、広範囲の一括探知ではまず検出されない。

 面倒ではあるが、各地を回りながら、範囲を絞って妨害魔法を貫通しながら。あるいは妨害魔法自体を検知するようにしながら探す必要性がある。


「魔法使い……は居るのか」


 ルカのものではない、魔力の存在を検知した。一般人でも魔力は保有しているが、それとは魔力の状態や量が段違いで変わる。


「……来れるか、ゼーレ」


「契約の都合、無理矢理にでも呼び出せるだろう?」


 エアハルトのその問いかけに、地面に伸びた影から現れるようにしてゼーレが出てくる。人間の姿で。

 契約による、一時的な呼び出しだ。


「いや、なにかやってるのに呼んだら悪いかなって」


「お優しいことでねぇ。……それで、要件は?」


「いや、ただの保険だ。だからまあ、ダメそうならいいかな、と思っていたんだが」


 路地裏、どこかの家の目の前。

 そんな状況でエアハルトに呼び出されたゼーレは、なんとなくを感じ取って、ふうん、と鼻で納得する。


「懸念がないか、を先に確認しようってことね」


「ああ。ただの平和に暮らしたいだけの魔法使いならそれでよし。万が一にも、ああいう相手なのなら、対処が必要だ」


 まあ、対処と言っても早々にこの街から退場するというだけの話だが。ミリアとテトラを守りつつで倒すのは、さすがに確証が持てない。


「まあ、魔法使い相手なら精霊がいるってだけでも威圧になるだろうし。呼んだのは正解かもね」


 コンコンコン、と。ドアをノックすると、柔らかな男性の声がしながら、はあい、と。

 少し顔にシワが入った男性が愛想の良い笑みを浮かべながらにドアから出てきて。


「どうかされま――」


「すみませんね。ちょっとお話、大丈夫ですかね?」


「大丈夫。少なくともこちらから危害を加えようとすることはない。私も、隣のも」


 敢えて、名前や魔法使いであることをゼーレは言わなかったが、それでもなお、この相手には伝わっているだろう。

 先程までの笑顔がピシャリと止まって。緊張を孕んだ空気が流れる。


「と、とりあえず立ち話もなんですし。中の方へ」


「助かります」


 エアハルトもこの男性も、魔法使いだ。

 あまり、外で長居するのは好ましくない。


 そのまま男性の誘導に従って、エアハルトとゼーレは中に入っていった。






 結果から言うなれば、男性……ガストンは平和主義的な考え方を持っている人物だった。

 ほっとひとつ安心を腹に落としながら、ついでに、とエアハルトは彼からの情報収集もさせてもらう。


「報酬なら支払わせてもらう。満足の行く額はわからないが」


「いいや、大丈夫だよ。少なくとも、君ならね」


 ガストンのその言葉にエアハルトは首を傾げる。


「ほとんど情報網には乗らないが。君の魔法使いとしてのスタンツは知っているからね。……存外、それで助かっている魔法使いもいるのだよ」


 ファフマールで、エアハルトが「裏切り者」扱いされた、ということと同時に。

 ガストンのように穏便に、という派閥の魔法使いもいるのだ。


 そして、そういう魔法使いは大抵の場合、過激派の魔法使いよりも魔法の修練を行っていないために特に戦闘などにおいては不利をとる。

 もちろん、別の側面。隠れるなどにおいてはより強く伸びたりしているが。


 ともかく、そういった都合もあってか、穏便派の魔法使いからしてみれば、しばしばそういった相手に灸を据えているエアハルトの存在は助かる存在なのだという。


「過激派に暴れられてしまっては、ひっそりと暮らしている僕たちにも影響することがあるからね」


「魔法使いもいろいろと面倒なんだねぇ」


「ははは、精霊サマからしたら柵が多く見えるかもでくねぇ」


 ガストンは、一応人間体に変化していたゼーレのことを、見てすぐに精霊だと看破していた。

 認識阻害などの魔法はかけていなかったものの、それでもなお躊躇いもなく高位の存在だとしっかり認識できているあたり、最低限しっかりと実力のある人物なのだろう。


「それで、エアハルトくんに聞かれたことにはなるが。この街に定住している魔法使いは僕以外にはいないよ」


 もちろん、僕が探知できないほどの優秀な魔法使いがいるのなら話が別だろうけど、と。


「まあ、ときおり魔法使いが訪れることはあるけど。エアハルトくんや、それから今はもうひとりいるのかな?」


「俺の同行人です」


「そうか、それならおそらくこの街に今いる魔法使いは僕含めて3人だろうね」


 ガストンはそう笑いながら。まあ、こうやって訪れる魔法使いがほとんどだよ、と。


「……ほとんど? そうじゃない魔法使いが?」


「うん。ほとんどは観光目的とかだと思うんだけど、たまに、変な魔法使いの存在が検出されることがあるんだよ」


 まるで海を漂う亡霊かのような、遠い沖に、ときおり現れる微かな魔法使いの存在が。

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