#95 海で活動するために
ミーナガルで宿をふた部屋とって。部屋割りでほんの少し揉めはしたものの、然程問題はなく話は進んで。
ひとまず、全員で同じ部屋に集まって、これからどうするのかという話になった。
「まあ、今日は動くにしても時刻が遅いから、適当に街の中を見て回ることにするか」
エアハルトのその言葉に、ルカが両手を上げて喜ぶ。
ちょうど、この宿に来る前にルカがやりたがっていたことだ。
「リフレッシュ云々であるとか、あと、魔物のことについてなんかは明日以降に回す。だからまあ、3人で好きに見て回ってくるといい」
「3人で? エアは行かないの?」
いちおう、環境的には個室ではあるものの、壁自体もそんなに厚くないこともあって、あくまで“エア”呼びをするルカ。
首を傾げている彼女に、エアハルトはそれがそのまま理由だ、と。
「俺はめちゃくちゃに顔を差すからな。もちろんいろいろと対策はするが、それでもあんまり表立って行動するのは好ましくないんだよ」
「でも、ファフマールのときは一緒に行ったじゃん?」
「あのときは俺とルカしかいなかったからな。だが、今はミリアもテトラもいる。わざわざリスクを背負ってまで同行する必要もないだろう」
エアハルトの言ったその言葉に、ルカは少しむくれつつも、どうやら納得はしたようだった。
「まあ、俺も買っておかないといけないものはあるから。それだけはこっそりと、急いで買いに行くがな」
「…………それなら一緒のほうが楽しいのに」
ぷすっと、ちょっぴり不機嫌なルカに、エアハルトは小さく息を付きながら、
「まあ、俺がいないほうが話しやすいこともあるだろう。それに、買うものも買うものだしな」
「……買うもの? なにか買ってこないといけないものがあるの?」
エアハルトはコクリと頷くと、代表してミリアにある程度のお金を預ける。彼女はその額に少しギョッとしていて。
必要なものはエアハルトがこっそり買いに行く、と先程言っていたはず。なら、なにを買ってくる必要があるんだろうか。
「いや、お前ら。海で行動するんだぞ? 言い換えるなら、水中……とまでは言わないにしても、濡れる可能性の高い場所で活動するんだが」
もちろん、魔物云々のときはキチンとした装備をするが、そちらではなく、リフレッシュのときの話。
ミーナガルの海は水深の深い港湾なので、ミーナガルの中ではあまりそういう機会はないが、街から出てそれほど遠くない距離では遠浅の海になり、そこには海岸が砂浜になっている。
「せっかく海に来たのに、遊ばないのか? 遊ばないのなら構わないが」
「あっ、遊ぶっ!」
ミリアが、少し慌てつつ、そう言った。
もちろん、ここに来た目的の主体からは離れている、ということは彼女自身理解はしていた。
だがしかし、それと同時に、リフレッシュ自体も目的になっているということは彼女自体も理解しているし、それになにより、海に来ることなどほとんどあり得ないのだ。
遊んでみたい、という。湧き上がってくる感情に。随分と懐かしい、そんな感覚に。蓋をするのが惜しまれた。
「それなら、やっぱり必要だろう。その服のままで海で活動するわけにはいかないからな」
エアハルトのその言葉に、3人はあっ、と、声を出す。
普通の服は水をよく吸う。また、乾きにくい。
いちおう旅行である以上、それぞれ数枚は衣服を持ってきてはいるが、それでもこのまま海に行くというのは好ましくないだろう。
「だからこそのそのお金だ。それだけありゃ、まあそれなりのものは買えるだろう」
買ってこいよ、水着、と。エアハルトは、そう言った。
さすがに海辺の街ということもあり、また、訪れる人物の一部の目的に海辺での活動ということもあってか、水着を取り扱っている店はすぐに見つかった。
どちらかというと3人が驚いたのは、そこに並んでいる商品の多さだった。
「てっきり、サイズや品質とかでいくつかラインナップが分かれている程度のものだと思ってたんだけど」
そこにあった水着の種類で言うならば、ミリアやテトラが拠点としている城塞都市での服屋のラインナップに対抗できるくらいには様々な種類が用意されていた。
少なくとも、コルチはそこそこな大きさを誇る街である。そこのファッションラインに対抗できるくらいに、水着だけで用意されている、というのは正直面食らうところがあった。
「こうもいっぱいあると、悩むものがあるわね……」
むむむ、と。ミリアは唸りながらに商品をゆっくりと見回る。
近くではキラキラとした視線で同じく見て回っているルカがいて。同じことをしているはずなのに、随分と様子が違うものだ、と。
「ねえねえすごいよ! いっぱいあるよ!」
「でっ、ですね……」
元気いっぱい、という様子のルカに、テトラがおどおどとしながら対応をしていた。
ミリアは、というと。目の前にある水着とにらめっこをしている真っ最中であった。
(……この水着。服というか、どちらかというと下着みたいな感じじゃない。えっ、こういうのが普通なの?)
段々と熱くなってくる顔を感じながらも、しかしその水着から目が離せないでいる自分がいた。
(で、でも。こういうののほうが喜んだりする、のかな。……いや、誰がとは言わないけど。誰がとは言わないけど!)
「ミリアさん? どうかしたの?」
「ふぇっ!? あ、なんでもないわよ!?」
話しかけられて、ハッと我に返ったミリアは、アハハと笑いながらに誤魔化す。
ついでに、なにを考えていたんだ、と。自分自身の考えを咎める。
(そういえば、当たり前といえば当たり前だけど、ルカちゃんの体型って子供のそれよね……)
本来の年齢のことを考えると信じられないことだが、諸事情から子供の体型そのものの彼女。……まさかそっちの好みの可能性が?
いや、それはない。あくまで保護しているわけだし、と。そんな所在不明な考え事を煩悶とさせながら。
ふと、視線を動かすと。テトラがそこにはいて。
「…………大きいわね」
「はふぇ? な、なんのことです?」
思わず口をついて出ていた言葉に、なんのことを言われているのか全くわかっていないテトラが、相変わらずに自信無さげにしながら首を傾げる。
ミリアとて、自分のものが大きいとは思っていない。だがしかし、平均か。あるいはそれよりいくらかは大きいくらいはある、と。そうは思っていた。
だがしかし、今の今になるまで全く気にしていなかったが。目の前の彼女のそれは大きいの象徴のようだった。控えめに言って凶器である。
「…………これくらいの大きさのほうが、こういう水着は似合うのかしら」
「だからなんの話です!?!?」
ミリアはひとつため息をついて、別のものを見て回ろう、と。視線を元に戻した。
トコトコと次の棚へと進み、ルカもそれについていく。
最後に残ったのは結局なんのことについて言われていたのかが全くわからないままの、ひたすらに混乱しまくっているテトラだった。
「あっ、ふたりとも! 待ってくださいよぅ!」




