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#91 同行者

「魔物素材!? 魔物なんて、私には無理無理無理! 無理ですよぉ! 倒せっこないですってぇ!」


「別にお前さんが自分で倒す必要はないさァね。私はあくまで、状態のいい薬用の魔物素材を持ってきてくれりゃあ考えてやるってェだけで」


「だから! その状態のいい、ってのが無理なんですって」


 テトラのその叫びは、ルカには理解できないものの、特にミリアにとってはなるほどと納得できるものだった。

 魔物素材はものにもよるが、比較的劣化が遅い。が、それはあくまで通常の使途で、という話である。

 魔物素材には魔力が多く含まれており、それが魔物の死後も一定期間も残留し続けるため、それらが素材自体の鮮度を保ち続けるのだ。

 だからこそ、討伐後の処理を多少怠ったところで、ギルドに持ち込まれる段階では十分な状態であることがほとんどになる。


 だがしかし、これが薬の素材として使うとなると話が変わる。


 魔物素材は強い薬効を持つものが多い一方で、それは素材自体の持つ魔力に起因することが多い。

 つまり、通常流通している魔物素材は残留魔力がすでに減少してしまっており、早い話が「状態として見るならよくない」のである。

 もちろん、それでもなお薬効としては通常の素材以上に優秀ではあるのだが。しかし、ルーナが指定しているのは「薬の素材として状態のいい魔物素材」であり、つまるところが一般流通の品では品質が間に合わない。


 では、どうすれば手に入るのか。それはテトラが言っているとおりであり、魔物を倒すしかない。

 倒したばかりの魔物であれば、魔力の損失はほとんどない。その状態で適切な処理を行えば、それ以上の魔力の損失を食い止めることができ、ルーナの言う「状態のいい魔物素材」が完成する。


 簡単に言っているようだが、これが非常に難しい。

 素材に関する適切な知識が必要な上に、薬に関する技術なども必要。さらには、適当な道具や薬品なども必要になってくるため、そんなものを普通の冒険者が持ち合わせているわけもなく、結果、ギルドに持ち込まれる魔物素材――もとい、一般流通しているものでは不可能になる。


 だからこそ、仮にテトラがルーナからの課題をクリアするためには、魔物が倒されたばかりのその場で、彼女自身が処理をする、ということが必要になってくる。


「そっ、そうだ! マルクス隊長! 一緒に行って討伐してくださいよぅ!」


「そうしてやりたいのはやまやまだが、さすがに海の方面となるといろいろと課題が多くなりそうだ」


 そもそもマルクスたちは警備隊なわけで。いちおう、テイとしては警備隊の中でも遊撃隊に所属するため、ある程度自由には動けるのだが、それもなにかしらの理由があればどいう話であって。

 例えばエアハルトたちの魔法使いを捕縛するという体裁があれば、というものになる。さすがに、隊員の私情でというわけにはいかない。


「私的に休暇をとってということも不可能ではないが、そうなると今度は戦力に不安が残る」


 マルクスひとりでも討伐は不可能ではないだろうが、かなり手こずることになる。

 それも、テトラは最低限の護身しかできないため、マルクスがテトラのことを守りながらということになる。これではなかなか難易度が高い。

 だからといって他の隊員に頼むのも、ということになる。


「そんなお前さんらに、いいお知らせがあるのさァね」


「いい知らせ?」


「ああ、ちょうど海の方面に行こうとしてる戦力集団を知ってるのさ」


「そんな都合のいい話が――」


 マルクスがそう言おうとして、ふと、目があった気がした。

 他の誰でもない、エアハルトと。


 ちょうど彼は、嫌そうな、面倒くさそうな。そんな表情をしている。


「そいつらにとっても、まァ、悪い話じゃあないと思うんだけどねェ。なあ? エアハルト」


「……聞きたいことがある。テトラ」


「へっ? ひゃい!?」


 まさかエアハルトに声をかけれれると思っていなかったのだろう。上擦った声でテトラがそう反応する。

 しどろもどろになっている彼女に、エアハルトは少しため息を付きながら、


「魔物素材の処理や、目利き。そもそもの知識についてはどれくらいある?」


「えっ? えっと、腑分けから薬品用の処理までひとりでできる程度には。その、警備隊のみんなが狩ったときには私が解体をするので」


 知識についても、同程度。目利きはそもそも新鮮なものしか見ないので、と。彼女はそう語る。

 ……なるほど、たしかにルーナが言うとおり、悪い話ではない。


 主に、ミリアの教官として。


「いいのか、エアハルト。お前は」


「こちらにもメリットがある話だということは理解した。いちおう、他の3人にも確認を取る必要があるが、一番の問題は――」


 そう言いながら、エアハルトとマルクスはふたりして同じ人物に視線を遣る。

 当の本人はというと、ふぇ? といった様子で間の抜けた声を出しながら。

 どうやら、状況が理解できていないらしかった。


 大きく息をついたマルクスは、キョトンとしているテトラに向けて、声をかける。


「……テトラ」


「どうしましたか? 隊長」


「お前、魔法使いに同行するだけの胆力があるか?」


「……ふぇ? 魔法使いに、同行? 捕縛した魔法使いの連行ではなくって?」


 彼女は首を傾げながらにそう言う。ついでに、自分は非戦闘員なので、魔法使いの連行もあまり得手ではありませんよ、と。


「そうじゃない。魔法使いに同行。つまりは、さっきまで言っていた魔物の討伐、及び素材の入手。それを、魔法使いと一緒に行けるか、と。そう言ってる」


「…………えっ?」


 理解できない、とでも言いたげな表情で。


「ええええええええっ!? 無理無理無理! 無理ですって!?」


 そして遅れてやってきた理解に、彼女は大きく叫ぶ。


「具体的にはそこにいるエアハルトたちと一緒ということになるが」


「なにを平然と、エアハルトなら大丈夫だ、みたいな話になってるんですか!? 魔法使いの中でも屈指の大罪人ですよね!?」


「……まあ、それは否定はしないが」


 マルクスがそう答えているところに、部屋の端っこで座っていたルカが、隣にいたミリアに尋ねる。


「エアって、そんなにすごいの?」


「すごいっていうか、まあ、ついてる悪名がひどいっていうか」


 魔法使いとして名が知られすぎている。

 彼を知るものからしてみれば、それらの悪名がなんらかの理由あって起きたものであり、彼自身から誰かを害そうとしたとか、そういうわけではないのはわかりきっているのだが。だがしかし一般からしてみればそんなこと知ったことではないのも事実。


 そのため、エアハルトが人助けなどを行えば行うほどに、彼の悪名が広がっていき、そして罪が重なり重くなっていく。


「それで、どうするんだ? テトラ」


「ううっ、でも。他に方法は……」


「少なくとも私の方からは、今のところは提示できない」


「隊長はついてきてくれたりは」


「不可能ではないだろうが、さすがに厳しいものがある」


「ううう……」


 ひどく怖がっているテトラにマルクスが困っていると。ルカが立ち上がり、エアハルトに近づく。

 そしてなにかを耳打ちで相談して。エアハルトは、少し目を伏せ考えてから。自分で判断しろ、と。


 その答えに満足したルカは、そのままテトラの方へと向かう。


「あの、ね? テトラさん」


「えっと、どうしたの?」


「その、エアはそんな悪い人じゃないから、大丈夫だよ!」


 ずっと一緒にいたから、わかるの、と。


「それに、テトラさんのことなら私が守ってあげるから安心して!」


「……ありがと。ダメね、私。こんな小さい、私たちが守らないといけない子に、元気づけられるだなんて」


 そう言うと、テトラは少し笑顔になって。よーし、あなたのことは私が守ってあげるからね! と。


「大丈夫だよ、だって私、テトラさんよりもずっと強いから!」


「……ふぇ?」


 素っ頓狂な反応を、テトラは見せた。

 エアハルトは先程、ルカの提案に少し迷った。

 だが、仮にこれから一緒に行動するのなら、隠し通すのは無理だろう。


 ならば、ここで言っても構わない。あとは自己判断で、と。そう伝えた。


「だって、私もエアとおんなじで、魔法使いだもん!」


「…………えっ」


 テトラは、目をまんまるに丸めて。


「ええええええええええええっ!?」


 今日一番の、そんな叫びを出した。

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