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#89 少女の恩義

 ミリアがルーナの案内のとおりに移動してきて、やってきた部屋の前。エアハルトやルカは休憩ということで揃ってダイニングで休んでいるため、ちょっと怖いけれどルーナにたいして問答を自分で行わないといけない。


 扉が閉まったままだというのに、鼻をつく匂いが既にピンと立っているのが理解できた。


 過去にあるのだろうか、と。ここまで連れてきてくれていたルーナの姿に向けて、ミリアは念の為確認を取る。

 彼女は言葉での返事はしなかったものの、気になるなら開けてみるがいい、とでも言いたげな表情を彼女に返すばかりだった。


 まあ、なにはともあれ不都合なことにはならないだろう、と。それだけは間違いなく確信したミリアは、思い切ってはえいやっと、扉を開いた。


 すると、そこには薬品などで下処理をされて保存されている、様々な種類の薬の素材たちの姿が。


「……すごい」


 詳しくないミリアからしてみれば、解説不足な現状では正しく価値の類推は不可能だろう。だがしかし、幸運なことにいざとなればここにはちょっと怖いとはいえルーナがいるわけで。見た目以上の成長へのきっかけがここには存在しているということがはっきりとわかる。


「すごいでしょ、すごいでしょ? 私の自慢の部屋だぁよ」


「…………」


「あんれ? どうかしちゃった?」


 どうしてだか、ぱったりと黙り込んでしまったミリアの姿に、ルーナは首を傾げて。

 彼女の前に立って、おーいと手を振っては見たのだが、やはり反応はない。


 ルーナがううむと腕を組みながら考えていると、遅れて反応を見せるかのように、ミリアがぽつりとつぶやいた。


「その、ルーナさんは。私にこの部屋を見せてくれたのって、エアハルトの口利きがあったからですよね?」


「……うん?」

 

 まさかそんな話をされるだなんて思っていなかったルーナは思わず聞き返す。

 だがしかし、じゃあ是なのか非なのかと言われれば、圧倒的に是であった。

 先ほど彼女を交えて話していたときにも言っていたように、基本的には超高額の金を積まれたとしても、ゴーレムの核の欠片あたりを見せて追い返すだろう。便宜上は見せただろう? なんて、そんな屁理屈を言って。


 そんなルーナがこうして材料の保管部屋を紹介して。なんなら必要に応じて解説にも対応してくれているだなんてことを考えると、特別待遇にほかならない。

 そして、それがミリアにたいして用意された待遇かと言われると、おそらく違い。どちらかというと本来はエアハルトに向けての対応云々の話だろう。


「まあ、エアハルトが理由というか。あいつからの頼みだから引き受けたっていうのは間違いなくあるけど」


「けど?」


「……ふうむ、なるほど。ミリア、お前さん、さてはエアハルトに対して恩義を感じてるな?」


 ニヤリと笑いを蓄えたルーナが、ジリとミリアに近づきながらにそういう。

 パッと彼女も一歩退くが、さすがにそのあたりは家主と客人。詰め寄り方のほうが優勢で、すぐさまミリアは追い詰められてしまう。


「とって食ったり、悪いようにしたりするわけじゃあないから、素直に言ってみな? ……もちろん、エアハルトにも黙っててやるさあね」


「え、えっと……」


「大丈夫大丈夫。安心していいさね」


 ルーナの説得にたいして、まだ少し躊躇いが見られたミリアではあったものの。少しずつ、ぽつぽつと喋りだしてくれた。


「たしかに、恩義は感じてます。それも、とても大きなもの」


「返せそうにないくらいに、ってところさね?」


「……よくわかりますね」


 言われなくても顔にそう書いているから、と。ルーナはそんなふうに返しておく。実際、はっきりと確実に読み取れたわけではないが、そういうような表情に見えた。


「……もしかして、ギルド員になりたいってぇのは」


「お金がたくさんもらえるってのも事実です。けど、私がギルド員になることでエアハルトの手伝いがなにかしらできないかなって、そう思って」


 今現状では、エアハルトからの素材をミリアが代理で換金するような構造になっているが、ミリアがギルド員になれば直接、表立っては活動できないものの、換金作業を行うことができる。

 立場上、いろいろとグレーなことは多いが。しかし、間違いなく可能なことではあるだろう。


「それで、ちょっとでも受けた恩を返していきたいって思ってると」


「はい」


「でも、よくよく考えたら今回のこの場のセッティングなども、エアハルトに頼りきりで、彼の力なしでは成立し得なかったことだと再認識したと」


「……はい」


 若干俯きながらにそう言い放つミリア。そんな彼女を見て、ルーナは小さくため息をつく。

 どうやら目の前の彼女は、随分と難しく考え込んでしまっているらしい。もっと、楽に考えればいいものを。


「そうね。ミリアちゃん、ひとつだけ、いいことを教えておいてあげる」


「いいこと?」


「そう。あなたと同じく、正直返しきれないほどの恩義をエアハルトに借りているような立場の人間として。その、先輩からの意見として、ね?」


 ルーナはそう言いながら、珍しくニコッとなんらかの企みのない、純粋な笑顔を見せる。


「私と同じような、先輩としての立場?」


「そうよ? ……そのあたりの話をするとややこしいけど、私もエアハルトに助けられた立場の人間だから」


 まあ、ルーナ的にはそういった事情があるから彼の持ちかけに協力している、というよりかは、個人的に彼の性格が気に入っているために協力している、という方が正しいのだけれども。


「まあ、そういうわけで。そうしたエアハルトから受ける恩について、受け取り方の一番いい方法はね。もう、そういうものだって割り切るの」


「割り、切る?」


 首を斜めにかしげるミリアに対して、ルーナはコクコクと頷きながら。


 エアハルトは、どうせ放っておいても困ってる人間を助けてるし、エアハルト自身が自分自身の行動の結果を軽く見る傾向がある。

 だからこちらが強く感謝したところでそんなに感謝されるほどのことは、というように彼は感じているし。そういった都合、恩義をに報いるとかそんなことを逐一考えながら行動していたら、むしろこっちの身が持たない。


 なんなら、身が持たなくなったところをまたエアハルトに助けられて恩が上乗せされるまで可能性としてあるだろう。


「だからまあ、むしろ普段からエアハルトのやりたいようにさせておいて。なにか向こうから頼ってきたときに、そのときにそれじゃあと対応してやったらそれで十分さあね」


「そんな、ものなんですかね」


 納得できるような、どこか微妙なような。そんな反応を見せるミリアに、ルーナはそんなものそんなもの、と。


「なんなら、エアハルトのお節介は信じられないところにも派生してるさぁね」


「……えっ?」


「そういえば、今日はそろそろやってくるかもしれないねぇ。ついでに見ていくといい」


 クケケケッと、そんな乾いた笑い声を出しながらルーナはついてきな、と。

 ミリアは先導しながら歩いていくルーナについていくと、ちょうどその頃合いに。


「失礼する」


 と、男の人の声がして。ガラッと店の扉が開かれた音がなった。

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