#87 街の外
ミリアのリフレッシュ、及び研修の旅行の目的地、そして大まかな日取りも決まり。
そして、これから出発しよう、と。そんな状況になって。
「なにをむくれているんだ、ゼーレ。なにか不満なことでもあったか?」
「逆に不満じゃないとでも思っているのか?」
ミリアは小さめのバックパックを背中に背負い、ルカは小さな肩掛けカバンを装備。
エアハルトはなにも持ってはいないが、格納魔法で実際にはふたりよりも随分と多い荷物を持っている。
ちなみに、今回はルカの格納の訓練も兼ねているため、見た目上では肩掛けカバンしか持ってはいないものの、実際にはミリアと同等か、それ以上の荷物を持っている。
なお、ミリアの持ちきれない荷物――勉強用の資料などはエアハルトが代理で持っている形になる。その他の荷物も持とうかと提案したのだが「さすがに服はちょっと」と断られたため、今の形になっている。
そして、ゼーレはというと。エアハルトと同じく何も手持ちが無い状態……なのだけれど。
「なんで私だけ留守番なんだよ!」
「いや、さすがにこの畑を放置して出かけるわけにも行かないし」
「そりゃあそうだろうし、私とルカのどちらが残るべきかってなったらそりゃ私だろうけど! そこの納得がいくかどうかと、気持ちの整理がつくかどうかは話が別!」
ぷくーっと、頬をいっぱいに膨らませながら、ゼーレはそう抗議する。
別に怒る必要もないだろう、と。エアハルトはそう思いながらも「もしかして気づいていないのか?」と。
エアハルトのその言葉にゼーレがはてなと首を傾げていると。彼がひとつ息をついてから。
「俺とゼーレは契約を結んでいるだろう? だから、必要に応じてお前を一時召喚すれば留守番しつつ旅行も楽しめるだろう?」
「……あっ」
一時召喚の場合、召喚された人物や物品は、召喚を解けば元の場所に戻ることになる。
本来は完全に呼び切りで召喚するよりもコストが低いからという理由で妥協で利用される手法の、そのデメリットなのだが。しかしエアハルトは、そのデメリットを逆手に取って擬似的にゼーレを連れて行こうとしているのだ。
まさか契約の召喚を、誰もそんな使い方するだなんて、思っても見なかったけど。
たしかに理論上はそういう使い方も可能だろう。
まさか誰もそんな使い方をするとは思ってもいないだろうけども。
呆れた顔をしながら。ゼーレは、きょとんとしているエアハルトの顔を見る。
つくづく、頭がいいのかバカなのかよくわからない男だ。
「まあ、その都合旅行の道程がなくなるから、そこを楽しみにしているのなら申し訳ないが」
「……いや、正直そこはめんどくさいから、なくなるほうがありがたい」
ゼーレ自身、そのあたりにも面白みがあるということは理解している一方で。面倒だとも感じていた。
特に今回は複数人での旅行であり。魔法使いであるエアハルトやルカはともかくとして、一般人のミリアまで同行している。
単独であればともかくとして、複数人でとなると高速移動での視認回避が不可能になるため、常時なんらかの魔法を維持する必要性が出てくる。
エアハルトの影響でたしかにそのあたりのコストは低くなっているが、それはそれとして面倒ということには大きく変わりはなかった。
「仕方ないわね。しょうがないから、留守番してあげるわ」
「そうか。助かる」
ゼーレがひとつため息をつきながら3人の様子を見る。
ルカは今にも出発したくてワクワクしているし、ミリアはエアハルトやルカのいる手前だからか感情を抑えているが、その表情から興奮が漏れている。
ここでエアハルトを引き止め続けるのは、このふたりにも悪いだろう。
「ちゃんと必要に応じて呼び出してくれないと怒るからね!」
「わかってる」
手をブンブンと振りながら、ゼーレは3人をそう送り出す。
ルカなんかはそれに全身で答えて、行ってきます、と。ミリアも少し控え気味ではあるものの、同じく。
「それじゃあ、行ってくる」
エアハルトはそう言うと、クルリと振り返り。ルカとミリアの方へと歩き出した。
「目的地は海ってことでいいんだよな?」
「ええ、行ったことがないってのもあるけど」
それはそうだろう、と。エアハルトはそう言う。
普通、旅行は簡単に行けるものではない。それはなによりも、街や村の外では魔物に遭遇するリスクがあるからだ。
そのため、通常は旅行に行く場合には自身の身を守れるだけの戦力を準備しておく必要があり。大抵の場合は乗り合いの馬車などを利用するか、冒険者などに護衛を依頼したりすることになる。
もちろん原則的には金銭的な都合で前者を利用することがほとんどだが、そうなると今度は自由な場所に行くということが難しくなり。ある程度近づいてから、そこから護衛を雇う、ということになったりする。
もちろん、必ずしもそうしなければならない、というわけではないものの。原則的にはそうすることが推奨されている。
それはもちろん先述の魔物に遭遇したときの対処ができない、ということもあるが。遭遇率の低い魔物以外にも――、
「ルカ。ミリアのそばにいて、守れ」
「えっ? あっ、うん!」
キョトン、としているミリアの前に、ルカがバッと立ちふさがり。その更に前にエアハルトが立つ。
「女ふたりにひょろっとした男がひとり。護衛の姿もなければ武器も持ってる様子もないし、これは狙ってくれって言ってるようなもんだよな?」
ケヒヒッと、下卑た笑い声を出しながら、数人の男が近づいてくる。
こうした、盗賊の類が襲ってくることがあるからだ。
「……これでも顔はしれている方だと思っていたが。いや、お前らも犯罪者なのだから、そもそもそんなものを見る機会がないのか」
「はあっ!? なーにブツブツ言ってやがるん――」
先頭の男がそう文句を言いかけて。しかしその言葉を吐ききるよりも先に、彼の身体は真っ直ぐに吹き飛ばされる。
周りの男たちはなにが起きた!? と、目をまんまるにして飛ばされた男を追い。そして改めてエアハルトの方をにらみつける。
「おいてめえ、いったいなにをしやがった!」
「ひとつ聞いておくが。他人のものを盗るつもりだったのだから、お前ら自身、盗られたところで文句はないよな?」
「……はあ!?」
どうやら、まだエアハルトが指名手配されている魔法使いだと気づいていないらしかった。ただまあ、そもそもエアハルトの手配書を知らないのだろうけど。
まともに取り合う必要もないだろう。エアハルトは、そう判断すると、盗賊集団を魔法で吹き飛ばす。
防御策も、そもそもの予測や対策すらなかった彼らはそのままに吹き飛ばされ、気絶。
そのまま、武器などをエアハルトが回収して、格納へ。
「……粗悪品ばっかりだが、加工に使うとすればまあ、いいか」
収集したそれらに、エアハルトはちょこっと文句を言いながら。
そんな彼の姿に、少し呆れたようにしながらミリアはルカに話しかける。
「こんなこと、前もあったの?」
「うん、たまに襲われる」
ふたりでファフマールに行っていたときも、しばしばあった。
そのたびにエアハルトがこうして倒してくれていた。
「やっぱり、思ったよりもいろいろあるのね、外って」
「うん、でも面白いこともいっぱいあるよ?」
「……そうね」
ミリアはルカの言葉に、そう答える。
それに、襲われるという行為自体はともかくとして、外にそういう危険があるということを身近に感じることができたのは、ある意味では幸運ともとれた。
実際に、街の外へと人を送り出す身として。
そこになにがあるところなのか、ということを肌で感じることができた、ということは。




